ますます高齢化が進む日本。この日本の社会を今後も持続可能なものにするにはいかにしてロコモを予防していくかが非常に重要になってくるのではないでしょうか。
北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科および大学院医療系研究科整形外科学教授 高平尚伸先生はロコモの啓発を行うと同時に、ロボットを活用したロコモ予防について研究されています。ロボットを使うことで、どのような展望が見えてくるのでしょうか。先生が実際に行なっているロボットを使ったロコモ対策の運動療法についてお話いただきました。
これまで述べてきたことで、ロコモは運動療法によって大きく改善することが見込まれますが、患者さんに運動療法を正しく継続してもらうことは難しく、医師や理学療法士の立場からしてもそこに100%のサポートはできかねるということがご理解いただけたかと思います。現在は運動療法に関する患者さん向けの本も非常に内容のよいものが出ているのは確かです。
しかしながら、実際にそれを精読し運動をきちんと行えているか、あるいはDVDをきちんと見て動きを確認しながら行えているかは、正直なところわかりません。そのため、整形外科医や理学療法士など、その道のプロがレクチャーするのが理想的だと思います。
しかし現在、日本の人口ピラミッドをみてみると、「団塊の世代」と呼ばれる人口の多い層がこれからどんどん高齢化していくことがわかります。その反面、若い方の人口は減り、2050年頃にはグラフが逆三角形のような形状になることが予想されます。
高齢者を支えることを考えると一番理想的な形状は、高齢者が少なく、支えることのできる若い方の層が多い、1950年代のようないわゆるピラミッド型ですが、今の日本には程遠い構図です。このままでは将来的に高齢者を支える人がいなくなってしまうことが懸念されます。そこで私はこの人手不足をロボットで補えるのではないかと思い、近年研究を進めています。
その中でとりわけ興味深いと思うアイデアがありました。ロシアでソチオリンピックの時期に行われていたキャンペーンで、地下鉄の駅の切符売り場にカメラを設置し、その前で2分間に30回のスクワットを行うと地下鉄の切符が無料になるというものです。このキャンペーンに参加すると地下鉄の運賃が30ルーブルなので、日本円に換算して約90円分得をしたことになります。
またカメラで監視していますので、もちろんズルをすることはできません。私はこの企画を知り、カメラで動きを捉え人の運動を確認するこのシステムを、ロボットに応用できないだろうかと考えました。ここから正しい動作で何回運動できているかをロボットに見てもらい、ロボットが指導するというアイデアにたどり着きました。
そこで私は2015年に「高齢化社会を見据えたロコモ対策ヘルスケア運動補助装置」というものを発案し、株式会社シャンティと共同開発という形をとりました。これはイノベーションジャパンという科学技術振興機構(JST)が行なっているイベントでも採択されたほか、神奈川県のロボット実証実験支援事業でも採択されています。
このシステムは近年公共施設でもよく見かける人型ロボットPepperと人型ロボットNAOという2体のロボット、そしてジェスチャー入力デバイスKinectの協力によって行われます。まず、日本整形外科学会の作成したロコモ25から、例えば「休まずどの程度歩き続けられるか」の項目について、Pepperが被験者に問診し、ロコモティブシンドロームの程度を測定します。
引き続きPepperがその結果に準ずる適切な体操を画面上で示し、NAOが実際に体操動作を行うのに合わせて、被験者にも体操を実際に行ってもらいます。対象者の体操をKinectがセンサーで解析し、体操が適正に実施されているかを判定します。
正しい動きでないときは、人型ロボットがリアルタイムでフィードバックして口頭指示を出し、レクチャーをする仕組みです。実用化はこれからですが、2016年の11月24日と25日にはこれを用いた実証実験を行いました。
実際にロボットによる運動療法の指導が本当に効果的か検証するため、本・DVD・ロボット・理学療法士という4つの媒体ごとにロコモ対策運動を正しく継続的に行えているかについて、実証実験を行いました。ただし、この実証実験での理学療法士とは大学の理学療法学専攻4年生の学生でした。
その結果、本を見て行う運動が最も正確に行われておらず、次にDVD、そして、理学療法士による指導とロボットによる指導は統計学的に有意差がなく共に同じくらい正確に運動が行われることがわかりました。
高齢者のいる家を医師や理学療法士が1軒1軒回って運動療法を指導することは、先に述べたように少子高齢化の社会ではなかなか難しいですが、同じだけの成果をロボットが提供できるならば、まずは病院やクリニック、さらに施設から始めて、最終的にはロボットが在宅し、各自が自宅で手軽に正しく運動を行えるようになるのではないでしょうか。
ロボットが高価であることもあり、このような装置がすぐに実用化できるかはわかりませんが、今回の実験がそのきっかけになることを私は望んでいます。
いつまでもいきいきと自分の足で歩くためには、人と出会い、さまざまな経験をすることが必要です。そのような上質な人生を送るためには、丈夫な運動器をいつまでも持っていることが極めて重要です。
私が医師になった1990年代は、運動器は命に関係がないからと後回しにされる傾向がありました。しかし、個人の意思の実現・社会を築く基盤には「移動」が必要不可欠です。運動器が土台となり、自分の意思で動き、移動してこその人間ではないでしょうか。高齢者の運動器の健康はこれからの未来・社会を変え、支えていくものになると私は思います。
ロシアがソチオリンピックをきっかけに行なった、地下鉄の切符がスクワット30回で無料になるキャンペーンのように、日本でも2020年の東京オリンピックを活用し、何らかの形でロコモをより広め、それぞれのライフスタイルを意識し直すきっかけを作りたいと考えています。
北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授、北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授
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