ICT(情報通信技術)は加速的に進歩を遂げ、いまやあらゆる組織の運営において、テクノロジーの活用は欠かせないものとなりました。SNSの登場により、私人同士もより広く「つながる」ことのできる社会となっています。ところが、医療分野におけるIoT化は遅れをとっており、医療機関同士の通信技術を用いた連携もいまだ不十分であるといわれています。
国立病院機構・東京医療センターは、時代に先んじてICTの活用を開始し、リアルタイムに空床情報を消防署に対して開示し救急車の効率的な運用を助け、外部の診療所が紹介をした患者さんが承諾した場合は、その電子カルテにアクセスできるシステムを構築してきました。これらの取り組みを院長として主導され、現在は東京医療センター名誉院長と内閣官房・次世代医療ICT基盤協議会の構成員を務める松本純夫先生に、医療分野におけるICTの活用事例についてお話しいただきました。
ICT技術は大きく進歩し、日本でもあらゆるモノがインターネットでつながる世界が構築されつつあります。医療・介護分野においても、いち早く最新の技術やデバイスをキャッチアップし、IoT化を推し進めていくべきでしょう。
※IoTとは:Internet of Things、モノのインターネット。ICTを活用することにより、モノ同士がインターネットのように繋がる仕組みを指す。
東京医療センターは、患者さんの紹介元である地域の連携登録医が、インターネットを介して患者さんのデータにアクセスできるシステムを構築し、情報の共有を行っています。医療分野におけるICTの活用の一例として、本システムについて詳しくお話しましょう。
当院を受診された患者さんの電子カルテ情報や画像データは、当院のサーバーに蓄積されていきます。しかし、これらの要配慮情報のなかには患者さんの住所や電話番号など、外部に共有すべきではない個人情報も含まれます。
そこで、当院のサーバーに蓄積されたデータのなかから、検査結果やバイタル変動など参照しても支障の少ないのデータのみを、ファイアウォール(※)を隔てた参照サーバーへと移行します。
(※ファイアウォールとは:自己のネットワークを外部のネットワークによる攻撃などから守るためのソフトウェアやハードウェアのこと)
たとえば、電子カルテに記載された診療情報やCT検査による画像データなどが、共有してよい質のデータに該当します。
紹介元のクリニックの医師など、閲覧権限を与えられている連携登録医は、インターネットを介して参照サーバーの患者データにアクセスすることができます。患者さんの情報にアクセスする際には、情報漏えいや不正アクセスなどを防ぐため、2段階のユーザー認証を経る必要があります。もちろん、参照サーバーと外部のインターネットの間も、強固なファイアウォールにより隔てられています。
前項で紹介した当院のシステムは、2008年頃に導入したものです。しかし、約10年の歳月が経過し、技術が飛躍的な進化を遂げた現在においても、インターネットを活用した地域連携を行っている病院はそう増えたわけではありません。
開明的な若い医師や病院スタッフが増えているにも関わらず、医療介護分野においてIoT化が進まない理由としては、病院と地域のクリニック双方の意思決定者が施設間のリンクに消極的であることや、インターネット世代ではないことなどが挙げられます。病院のトップと呼ばれる人のなかには、患者データを外部に開示しないことが、患者の流出を防ぐと捉えている方も存在します。しかし、安全な地域包括ケアシステムの構築が推し進められるなかで、医療情報が地域で共有すべきではないでしょうか。
地域のなかで、各医療機関が役割を分担しながら相互的に機能し、提供する医療の質を向上させていくためには、正確かつ迅速な情報共有が不可欠です。
そのためには、一定の権限を持つ立場にある人たちが、時代のニーズや現場の声を素早くキャッチアップすることが重要です。このような考えから、私はこの10年間、藤沢市や地域医師会、各病院の院長など各所に向けて、当院のノウハウやIoT化の必要性をお話しし続けています。
救急搬送患者のたらい回しが社会問題となった2010年頃、東京医療センターは施設の空床情報を、地域の消防署にリアルタイムで開示するためのシステムを導入しました。救急車の要請を受けたとき、救急隊員は職場のPCにエントリーキーを入力するだけで、即座に当院の救急ベッドが何床空いているのか確認することができるというものです。
このようなシステムを、三次救急を担うすべての施設が導入すれば、救急車を持つ消防署ではただちに患者さんの搬送先を決定することができるようになります。
ただし、現在は地域の消防署でも実際に、エントリーキーを入力して当院の空床情報を見ることは少ないようです。自分たちが構築した応需可能診療科を表示するシステムを使っているようです。
一分一秒を争う救急医療をよりよいものとするためには、病院側がシステムを導入するだけでなく、各消防署がリアルタイムに空将情報を提供している施設のシステムにアクセスすることも重要です。
私は現在内閣官房・次世代医療ICT基盤協議会のメンバーを務めていますが、その背景には、上記のように地域医療連携のためのシステム構築と普及活動を行っていたという経緯があるのです。
ここまで、当院の取り組みについてご紹介してきましたが、2000年代初頭から全国100以上の地域で、何らかのICTを活用した医療連携が試みられていました。これは総務省や通商産業省(当時)の「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業」によるものです。
しかし、残念ながら100以上の地域のうち約9割は、補助金の交付期間が終了するとシステムの運用ができない。金銭的な理由から事業停止に至っています。
私が知る地域医療連携ネットワークのなかで、その運営が2017年現在に至るまで最も上手くなされているのは、鳥取地域の「おしどりネット3」、長崎地域の「あじさいネット」、岩手県宮古地域の「みやこサーモンケアネット」などです。
たとえば、鳥取では複数の異なるICT企業の持つ電子カルテが共通言語により結ばれており、情報共有が密になされています。
比較的小規模な地域に成功事例が多くみられる理由には、予算規模や通信費の規模などが小さいこと、人口減少地域であり行政が住民サービスに積極的であることなどが挙げられます。これらの取り組みを全国規模へと拡大していくためには、都市部におけるコストの算定や取り扱い、共通言語を用いたネットワークの設計など、様々な課題を検討していく必要があります。
私は、全国規模の地域医療連携ネットワークのカギとして、既に国民全員に交付されているマイナンバーを活用すべきと考えます。具体的には、遠方に引っ越した際などに、マイナンバーをエントリーキーとして提示することで、これまで通院していた病院に蓄積された診療データを新たな病院が参照できるようになるという仕組みを考えています。
このようなシステムが実現すれば、いずれは世界中のどこにいてもマイナンバーと本人の同意により、日本の医療データにアクセスできる世の中ができあがるかもしれません。日本で受けた診療データが開示され、翻訳ボタンひとつでその地域の言語に変換される仕組みが構築されれば、海外赴任や旅行の際に、より適切な医療を受けることも可能になるでしょう。
セキュリティ上の観点から、マイナンバーと医療分野のIDは分けるべきとする意見もありますが、新たなシステム構築にも膨大なコストがかかるため、何をエントリーキーとするかは今後、国民目線での議論が必要です。
先に述べた通商産業省による「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業」の実施から10年以上の歳月が経過し、わが国のICT技術は、当時とは比較にならないほど大きく進歩しました。
過去には大半が事業停止に終わってしまった地域医療連携ネットワークですが、今一度仕切り直しをして、現在の技術によるネットワークの構築と検証、国民間のディスカッションがなされるべきときが来ていると考えます。
独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 名誉院長
独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 名誉院長
日本外科学会 指導医・外科専門医日本消化器外科学会 消化器外科指導医・消化器外科専門医日本大腸肛門病学会 大腸肛門病専門医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)
慶應義塾大学医学部を卒業後、藤田保健衛生大学で教授、同大学第二教育病院・病院長などを務め、現在は独立行政法人国立病院機構東京医療センター名誉院長を務める。東京医療センターの病院長時代には、病院と地域登録医や消防署をつなぐシステム構築に注力した。内閣官房・次世代ICT基盤協議会委員や官民データ活用推進基本計画実行委員会委員として、国をあげた医療連携ネットワークを実現させるための基盤構築を牽引し続けている。
松本 純夫 先生の所属医療機関
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