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医師の長時間労働をどう是正するか?医師、病院経営者、患者視点から考える

医師の長時間労働をどう是正するか?医師、病院経営者、患者視点から考える
大道 久 先生

日本大学 名誉教授、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)横浜中央病院 名誉院長

大道 久 先生

医師の過労自殺問題や、病院への労働基準監督署の立ち入り調査を機に、医師の働き方を見直そうという動きが本格化しています。たとえば、病院に待機する当直医の多くは、現実には一睡もすることなく継続的労働を行っています。今、実質上の「夜勤」を行う当直医には、深夜労働に対する割増賃金が支払われるべきであるという流れになっています。しかし、超過勤務の制約から夜間・休日診療の一部を廃止せざるを得なかった病院も出現しており、地域医療の崩壊を助長してしまうのではないかという懸念の声もあがっています。課題解決が急がれる「医師の働き方改革」について、一般社団法人日本医療経営学会理事長の大道久先生に、経営者として、医師としてのお立場からお話しいただきました。

医療機関への労働基準監督署の立ち入り調査に関する報道を機に、医師の働き方改革に向けた議論は熱を帯びています。実際に現在の医師の就業状況は、労働基準法に照らし合わせると大きな問題があるといわざるをえません。

医師の働き方や過重労働に関する問題は、既に何年も前から課題として捉えられており、とりわけ「夜勤と当直」の区別や適切な労働対価の支払いについては、実質的な決着がつかないまま今日に至りました。

夜勤とは文字通り夜間の労働であり、深夜労働に該当するため賃金も割増になります。一方、本来の当直とは夜勤のような継続的な労働とは異なる断続的労働であり、休日や休憩、労働時間などは労働基準法の適応外となります。厚生労働省労働基準局の通達(2002年)でも、当直とは「常態としてほとんど労働する必要のない勤務のみ」を指し、「一般的にみて睡眠が充分とりうるもの」と定められています。

厚生労働省労働基準局の通達

「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第 37 条に基づく割増

賃金を支払う必要があること。

http://labor.tank.jp/tuutatu/r/41-H140319-0319007.pdf (外部サイトへ移動します。)

しかしながら、当直の実態は夜勤とほとんど同様のものとなっており、特に救急医療を担う医療施設では、睡眠を充分にとることができている当直医はいないといっても過言ではないでしょう。

救急外来

しかし、すべての当直を夜勤として換算した場合に、現状の経営を維持できる医療施設は限られており、実際に労働基準監督署の調査後、休日の診療を一部廃止し、救急当直に制限をかけた病院も存在します。

病院の規模によっては当直手当のみでも支出は年間10億円を上回っており、これを夜勤に切り替える場合、かなりの財源を必要とします。

病院経営は、国民皆保険制度下で統制された経済のなかで事業を展開していく必要がある極めて特殊な分野です。

限られた経済の枠のなかで夜間の勤務すべてを夜勤として扱おうとする場合、地域の基幹的な病院でも夜間・休日の診療を休止するといった動きをとらざるを得なくなります。この動きが広がった場合、地域医療の崩壊が起こる可能性もあると懸念されています。

医師らが生き生きと病院内で働いている様子

また、医師という特殊な職務に従事する者の職業観を抜きに、時間のみで医師の働き方を縛ることは、病院勤務医の減少を助長する一因にもなり得ます。たとえば、自分の担当している患者さんの容態が不安視されるなかで、「17時だから」と帰宅や交代を強制された場合、医師としてのアイデンティティーは揺らいでしまうのではないでしょうか。患者さんの生命や健康を守りたいという思いが強い医師のなかには、病院勤務医としての働き方にやり甲斐をみいだせなくなり、開業を選択する者も出てくるでしょう。

開業という選択肢があるなかで、「病院で働く」とは一体どういうことなのか、今一度原点に立ち返り考え直すときが来ているように感じています。こういった職業的特殊性も医師の働き方に関する議論を複雑化させている要素ではありますが、決して見落とされてはいけない部分でもあります。

ただし、医師個々人の価値観や意識の尊重という問題と、雇用者である病院による、医師の

就業状況管理の問題は、明確に分けて考えなければなりません。

記事1『専門職種の集合組織「病院」を管理運営していくために-日本医療経営学会の役割』で病院管理学(Hospital Administration)について言及しましたが、組織を構成するスタッフの就業状況の把握は、病院管理の基本中の基本といえます。

現在、研修医の就業時間管理については全国ほぼすべての施設で徹底されていますが、現場で働いている医師の就業状況は把握しきれていない施設も少なくないと思います。

過去には、「研修は就労ではなく就学である」という見解のもと、研修医が無給あるいは低い手当で実質上の医療業務(労働)を行っていました。このような不安定な労働環境下に置かれた研修医のあり方が社会問題となったことで、2004年からは現在の初期研修医制度が始まり、その実態は一定の改善をみせています。

このように、日本の医師の働き方改革は研修医から始まったという側面があり、研修を終え現場に出た医師の就労問題については今もって議論が成熟しきっていません。病院という組織が構成員である医師の就業状況を管理しきれていないという問題は日本だけが抱える課題ではありませんが、各国の状況を参考にしつつも、現行法や国民皆保険制度など、わが国独自の事情を加味しながら方向性を定め、早急に落とし所をみつけていくことが求められます。

現時点では、5年を猶予とし、高度専門職として医師の時間外労働の上限基準を明確に定め、36協定を結んだうえでその時間を遵守するという方向で話が進められています。

なぜ、高度専門職として特別な取り決めが必要なのか、その理由はここまでに述べてきたように経営者と医師、2つの異なる視点から語ることができます。

経営者の視点に立つと、夜間・休日にこれまで通り患者さんを受け入れ、限られた財源のなかから適正な労働対価を支払い、そのうえで経営を持続可能なものとするためには、新たな基準の設定が不可欠といえます。

医師法19条には、

「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」

という応召の義務が定められています。応召の義務とはすなわち、診察治療の要請があった場合、それがいつ何時であろうと応じる必要があるということです。

時間という枠組みにより労働を捉える労働基準法と、時間という枠組みを超えて診察治療を行わねばならないと定める医師法は互いに相反する部分があるため、新たな基準を設ける際には、双方を照らし合わせて医師の働き方を考える必要があります。

時計

もちろん、これは法制度上のジレンマという形式的な問題にとどまるものではありません。前の項目でも述べましたが、治療を必要とする患者さんが目の前にいるときに、ルールだからと見過ごすことのできる医師はいないでしょう。医師の基本責務は患者さんの病気や怪我を治すことであり、治療の最中に時間を理由に別の医師と交替することは、担当医にとって受け入れがたいものでもあります。

医師の働き方改革という今日の重要課題は、医師のプロフェッショナルオートノミー(専門職に就く者としての自立、自主性)という医療倫理の大原則や、医師自身の職業意識も踏まえたうえで論じられていかなければなりません。

さて、ここまでに経営者と医師2つの異なる目線から、医師の働き方改革に関する議論を発展させていくためのアプローチ方法について述べてきました。しかし、現在活性化しつつある話し合いからは、患者さんやそのご家族など、一般生活者の目線が抜け落ちているという問題点もあります。

医療を受ける患者サイドの視点に立つと、病院勤務医が「17時だから」という理由で帰宅してしまうことは、強い不安や苦痛を惹起することにもつながると考えられます。その一方で、現在のように当直・夜勤明けの医師がオペに立つのではなく、しっかりと休息をとった医師に執刀して欲しいという声も出てくるかと思われます。

今後は、雇用者である病院経営者、労働者であり職業人である医師だけでなく、医療を受ける一般生活者の視点も取り入れられるよう、国民間で医師の働き方に関する議論がなされていく必要があると考えます。

 

  • 日本大学 名誉教授、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)横浜中央病院 名誉院長

    大道 久 先生

    1970年に東京大学医学部を卒業し、その後日本大学医学部医療管理学教室教授、社会保険横浜中央病院病院長などを歴任する。現在は、日本大学名誉教授、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)横浜中央病院名誉院長、一般社団法人日本医療経営学会理事長として、日本の病院経営改革や医師の働き方改革などに豊富な経験と知識をもって取り組み続けている。