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医療におけるICTの活用−遠隔集中治療とは?

医療におけるICTの活用−遠隔集中治療とは?
髙木 俊介 先生

横浜市立大学附属病院 集中治療部 部長

髙木 俊介 先生

目次
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この記事の最終更新は2018年05月30日です。

ICTとは、Information and Communication Technologyの略で、日本語では「情報通信技術」と定義されています。近年、電子カルテの導入や患者情報を共有するシステムの構築など、医療現場でもICTを活用する動きがあります。そのようななか、横浜市立大学附属病院では労務効率の改善や治療の標準化を目指して、ICTを積極的に集中治療室に導入する事を推進しています。今後、日本において「遠隔集中治療」が導入されていく事が予想され、そのための取り組みも行っています。

本記事では、医療におけるICTの活用や遠隔集中治療について、横浜市立大学麻酔科学教室 髙木俊介先生に伺いました。

ICTとは、Information and Communication Technologyの略で、日本語では、情報の通信や処理を行うための情報通信技術と定義されています。ICTは、従来国内において多用されてきたIT(Information Technology)とはほぼ同義ではあるものの、ネットワークを利用することで成立する多様なコミュニケーションの重要性をより強調する意図が含まれる点で異なるといえます。医療現場においてはコミュニケーションの重要性が高いため、ITよりICTの方が適切と言えます。

医療現場において、ICTという言葉はまだあまり浸透していないと考えられるかもしれません。しかし、実はすでに多くの病院で取り入れられている電子カルテもICTの一つです。また、日本の病院では、院内の連絡手段としてPHSを使っているところがほとんどですが、最近ではスマートフォンを導入し、通話だけでなく画像情報の共有などに利用している病院もあります。

このように情報の統一や共有、ネットワーク化という点にフォーカスし、今後も医療現場にICTを活用する事例は増加すると考えられています。

患者さんの情報をネットワークで共有するシステムの構築によって、地域で効率よく医療を行っているケースもあります。

こうした取り組みでは、病院、診療所、調剤薬局、介護福祉施設などをネットワークで結び、患者さんの情報を共有することで地域医療の質の向上が期待されます。もちろん、患者さんにとってもメリットが大きいといえるでしょう。たとえば重複検査を省略したり、病歴を共有したりすることによって患者情報の共有、コスト、時間の削減につながるのです。

医療現場へのICTの導入が進むなかで、私たち横浜市立大学附属病院では、急性期医療にICTを取り入れるための研究を行っています。

アメリカでは、2000年頃から集中治療室へICTを使った遠隔診療の導入を開始しました。これは医療需要の高まりと今後の医療需給バランスの崩壊が危惧される中でスタートした取り組みで、2018年現在、アメリカでは約20%の集中治療室が、遠隔集中治療システムによって管理されています。

「Tele-ICU」と呼ばれるこのシステムは、4〜5病院の患者さん100人程度を24時間365日、コントロールセンターにて観察し、必要に応じて現場の医療者に対して診療支援を行うというものです。100人前後の患者の重症度判定を行い、介入が必要な患者を選定しています。

まるで空港の管制塔のように、モニターやカメラを監視しながら、マニュアルによって効率的に患者さんを管理しているのです。

横浜市立大学附属病院では、将来的には遠隔集中治療へICTの導入を目指して、「重症度判定システム」の研究・開発を行っています。

医療者は、患者さんの血圧、心拍数、呼吸数、体温、酸素飽和度などの生体情報に加えて、苦悶様表情、呼吸様式、皮膚の冷汗などいくつかの情報を統合して重症度を判定しています。私たちはその第六感を可視化し、遠隔集中治療に導入するためのシステムを開発しています。米国においてコントロールセンターの看護師がカルテを見ながら重症度判定している部分を、ICTを用いて自動化する事を目標としています。それにより、少数の人員で複数施設を監視する体制が作れると感じています。

具体的には、集中治療室で一般的に計測される患者さんの生体情報に点数をつけて連続的に患者さんを評価しながら、点数に応じて治療介入のアラートを出すシステムです。現在のプロトタイプでは一般的に計測される生体情報のデータのみを点数化しますが、今後は、カメラによる表情認識技術やマイクロ波センサーによる微体動や呼吸情報も統合して、革新的な重症度判定のアルゴリズムを構築していきます。

遠隔集中治療を導入することのメリットとして、まず治療が標準化されるということが挙げられます。複数の医療施設をネットワークで繋いで一括管理するには、治療のプロトコルやガイドライン遵守が必要となります。今まで個々の病院で独自のやり方をしていた事が一定のルールに沿って管理する事になるため、治療の標準化に繋がります。また、同じルールにより管理された患者さんのデータを収集してビッグデータ解析をする事で、新たな知見が得られる事が期待されます。私たちが研究・開発に取り組んでいる「重症度判定の自動化」もデータベース化により、アルゴリズム構築が可能となってきます。現在の技術では、複数の医療機器を統合して患者さんのデータを途切れることなく共有し、膨大なデータを蓄積する事が可能です。そのため医療者の知識や経験からくる認知バイアスによらない判断のプロセスをつくることができると考えます。つまり患者さんに対して誰でも同じ判断をすることができるような、治療を標準化できる仕組みであるといえます。

また、患者さんの重症度を自動判定することで、少ない医療者によって多くの患者さんを効率よく継続的に管理できるというメリットも生み出します。ICTと遠隔集中治療の導入は、労務効率の改善という点においても大きな役割を担うと考えられるのです。

一方、日本で遠隔集中治療を導入するにあたり、いくつか課題があります。その一つとして各種医療機器情報の統合という点が挙げられるでしょう。

アメリカでは、少数の企業によって遠隔集中治療のシステムが構築され、運用が行われています。しかし日本の場合は、さまざまな企業の電子カルテやモニターなどを使用しています。そして、それらの規格は企業や病院毎に統一されていないためデータの統合が難しく、遠隔集中治療システム構築の大きな障壁となっているのです。そのため、日本でも規格統一を目指して、新しい仕様のデータ統合システムを開発しようとする動きがあります。

また院外と患者情報の共有を行うためには個人情報を匿名化することが必要ですが、セキュリティを担保したシステムを運用するにあたって、誰がどのように匿名化するか?コストを誰が負担していくか?情報が漏洩した際の責任の所在は?などいくつかの課題があります。継続して運用できるような、セキュリティが担保された安価なシステムの開発が待たれるところです。平成30年5月に個人情報の匿名化に関する次世代医療基盤法という法律が施行されています。それにより、セキュリティを確保し、患者さんの情報が安全に管理される仕組みが出来てきていますので、今まで以上に医療のネットワーク化が進むと思われます。

医療ICTや遠隔集中治療を普及させるために重要なのが、システムを利用する立場である医療者の教育です。

ICTの導入が進むと、なんでも自動化され、医療者の仕事がなくなるのではないかと思われるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。事務作業のような部分は効率化・省力化できても、機械ではわからないような感覚や患者さんの気持ちを汲み取ることができるのは人間なのです。私は医療者が、システムの利用法やメリットについて正しく理解するということだけでなく、医療者対患者、そして医療者同士のコミュニケーションスキルを伸ばしていくことも大切であると考えます。

高木先生

医療現場にICTを導入するにあたって最終的な目標は、医療者が患者さんと向き合う時間を増やし、個々の患者さんの希望に合わせた治療方針を立てられるようになることです。遠隔集中治療システムについても、そのためのツールという考え方で開発を進めていきたいと考えています。

前述したように、ICTの導入によってなんでも自動化されるという認識には注意が必要であり、医療者一人ひとりがどのようにICTを医療に取り入れ、活用していくのかを考えていかなければなりません。実際に医療現場にICTが根付くためにはまだまだ課題がありますが、まずはICT普及の目的が広く理解されることを願っています。現在、日本集中治療医学会においてad hoc遠隔ICU委員会(ad hoc: 遠隔ICUを構築する事を目的とした委員会)を立ち上げ、活動を開始したところです。今後、日本の急性期医療において、ICTや遠隔ICUは必ず必要になってくるシステムであり、学会が主導してルール作りをしていく事を考えています。

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