2018年6月28日(木)〜29日(金)、石川県立音楽堂にて第68回日本病院学会が開催されました。本学会のテーマは「医療制度ルネサンス―未来を見据え、今を創新する―」と題され、今後の医療について多くの講演やシンポジウムが行われました。
本記事では、有賀徹先生(災害医療対策委員会 委員長、独立行政法人労働者健康安全機構 理事長)が座長を務めましたシンポジウム11「病院における自主防災管理の実際」の内容をお伝えします。今、病院のBCP*が重要視され、病院火災への対応は、病院のBCPというテーマの「イロハのイ」ともいわれています。
BCP…Business Continuity Planの略で事業存続計画という意味。日本医療機能は「病院機能存続計画」としている
戸田中央医科グループ医療法人横浜柏堤会の災害対策特別顧問を務める野口英一先生からは、「病院等における実践的防災訓練ガイドライン」についてお話がありました。以下、野口英一先生の講演内容です。
防災の基本は火災対応であり、防災対策の入り口は、火災対応について検討することです。
火災の一番の原因は「放火」です。放火はいつ起こるか予測できませんが、どの病院にも起こる可能性はあります。そのため、日々の対策が非常に重要です。
火災を発見したら、まずは通報して初期消火や避難誘導を行う必要があります。そのときに使用する目的で防火訓練ガイドラインを作成いたしました。また本ガイドラインは、全国消防長会から推薦もいただきました。
死者が発生した過去の病院火災を振り返ってみると、死者が出てしまった原因として以下のようなことが挙げられています。
これらの理由から、火災発生時に消防計画に定めた通りの対応がなされていなかったことがわかります。しかしながら、病院の職員に対して、消防職員と同じような判断力や技術力を求めるのは不可能でしょう。
そのため、実践的な活動計画を作成する際には、「火災対応者は、消防のプロではない」ということを意識する必要があります。
また、職員の対応力の限界を想定することも大切です。この限界を補填するために、病院の建物自体に火災対策がなされています。これを理解して、活用する必要があります。
このように人的・物的な資源を含めて対応をすることで、実践的な活動計画が成り立つのです。
病院火災の対策として、建築基準法には、大きく分けて3つの対策があります。
などが挙げられます。
病院火災の対応は、1人で頑張るのではなく、設備をうまく使いながら行いましょう。
また、災害発生時の体制として、専門の自衛消防隊を作ることは、指揮命令系統が難しいため、推奨できません。
部署や病棟単位の上下関係など、元々備わっている組織を使って、体制を作っていくことをお勧めします。たとえば、課長が指揮者、係長がサブの指揮者、係員が班員というチーム体制です。普段から一緒に仕事をしているチームであれば、呼吸を合わせやすいですし、信頼関係も築けているため、スムーズに災害対応を行うことができると考えます。
済生会松阪総合病院総務課の主任を務める茂木健人先生からは、南海トラフ地震を想定した災害対策についてお話がありました。以下、茂木健人先生の講演内容です。
済生会松阪総合病院は、三重県松阪市にある病床数430床の急性期病院です。2012年に災害拠点病院に指定されました。
三重県では、南海トラフ地震の発生が予測されています。この地震が発生した場合、三重県内の震度は最大クラスである震度7と想定されています。松阪市では、最大で死者3,400名、重症者が2,300名となると想定されています。これは、松阪市民の約2%の方が亡くなり、6%の方が死亡もしくは負傷するという統計です。松阪市には、災害拠点病院が当院を含めて3病院ありますが、明らかに許容範囲を超えてしまいます。
当院では、毎年南海トラフ地震を想定した災害訓練を行っています。病院単独で行う場合や、内閣府や地域の訓練に合わせて行うこともあります。今回は2013年より初めて実施した、地域と連携した防災訓練「松阪市地域連携防災訓練」について紹介します。
この訓練では、南海トラフ地震を想定して「訓練で失敗し、本番で成功しよう」をテーマに訓練を行いました。訓練に参加したのは、松阪市、小中学校、消防署、消防団、地域住民などですが、訓練の企画は行政主導ではなく、地元の自治会を中心に行いました。約1,000人が参加する大規模な訓練になりました。
本訓練の良かった点については、以下のようなことが挙げられます。
CSCA…Command & control(指揮・統制)Safety(安全)Communication(情報伝達)Assessment(評価)の頭文字をとったもの。災害時に適切な対処を行うための基本事項。
当院は、津波一時避難ビルに指定されています。そのため、訓練では当院に地域住民の方々が避難をされました。病院に来た中学生は、患者役として参加しました。
参加した中学生は、災害医療体験やテントの設営、避難所運営のボランティアなどで大活躍していただきました。このように、地域の将来を担う若い方たちが訓練に参加することで防災災害医療に興味を持っていただければ、地域の防災力の底上げにつながると考えます。
また、災害対策には多くの課題もあります。実際の災害時には、訓練のときのように職員が多くいるとは限りません。夜間や休日を想定して、職員が少ないときの動きを想定したり、使用できる部屋を制限したりして、今後病院のBCPを踏まえて検証していく必要があります。
一番重要なことは、自分自身と患者さんの命を守ることです。そのためには、正しい知識をしっかりと身につける必要があります。
私たちは、医療に関してはプロでも、消火活動に関しては素人です。初期消火も大事ですが、消火活動に重きを置きすぎて避難が遅れるよりは、思い切って逃げることも大切なのではないでしょうか。
私たちは、災害拠点病院として、「地域を守る」という大きな使命感をもって行動していかなくてはいけません。地域全体で防災を考えることで、病院も地域の一員として訓練を重ね、関係機関と連携してこそ、地域を守ることができると思っています。
また、災害といっても地震だけではなく、火災や洪水、大事故などさまざまで、それぞれの知識の習得も必要です。確かに南海トラフ地震は、甚大な被害が予想されますが、身近に起こりえる火災の対応についても、しっかりと考えて訓練していくことが必要だと考えます。
前橋赤十字病院の院長を務める中野実先生からは、災害発生時における多数傷病者受入対応の要点についてお話がありました。以下、中野実先生の講演内容です。
災害時は、病院規模に関係なく、近くの病院に患者さんが殺到します。また、病院被災の有無に関係なく多数の傷病者が搬送されます。災害拠点病院ではない小さな病院でも、明日突然、多数の傷病者が訪れる可能性はあるということです。そのため、平時から災害に対して院内システムの構築をしなければなりません。
地震であれば院内ですぐ気付くことができますが、交通事故や少し離れた場所での災害は、なかなかわからないということが実際です。すなわち医療機関においては、近隣災害は消防や警察など他組織からの通報がないと覚知できないという性質があります。
群馬県では、災害が起こると全病院にメールが発信されます。このような行政のシステムがあるのであれば、それを利用するのもひとつの方法でしょう。また、大きな病院であれば、消防や警察から情報を早く入れてもらうためのルートを作れるかもしれません。小さな病院では、テレビをつけておく、SNSを見るなどの対策でも早く覚知できると思います。
近くで発災したことがわかったら、まずは情報収集です。消防や警察、行政などに問い合わせたり、メディア(TV、SNSなど)を利用したりして情報を得ます。問題は、情報収集を誰が行うかです。
当院では、災害の早期覚知ができたら、まずは情報収集チームを立ち上げます。当院の場合は、救急科医師、当直看護師長、当直事務の3人で行います。情報収集チームの役割は、情報収集をしたうえで、本格的に受け入れ体制をとる必要があるか判断をすることです。
全国どの病院にも、電話による連絡網があるかもしれません。しかし、実際に電話で連絡を取ろうと思っても難しいことがあるでしょう。当院では、職員に対してメールの一斉送信をしています。しかし、メールを見ない人もいるため、災害時にはメールが回ってこなくても、集まれる風土・文化が作れることが理想です。
関西ろうさい病院看護部の平井三重子看護部長からは、自主防災管理についてお話がありました。以下、平井三重子看護部長の講演内容です。
関西ろうさい病院は、病床数642床の高度急性期医療を担う基幹病院です。新大阪と新神戸の間にある兵庫県尼崎市に位置しています。これまでに、阪神・淡路大震災(1995年)やJR福知山線脱線事故(2005年)、大阪府北部地震(2018年)などさまざまな災害に対応してきました。
近年、地震の切迫性が指摘されている中で、医療機関で消防・防災体制を強化するために、自衛消防組織の設置と防災管理制度を導入する動きが起こっています。
当院では、JR福知山線脱線事故以来、院内災害対策マニュアルをいくつか改定をしてきました。また、大規模災害訓練を尼崎市と合同で2年に1回実施しています。
現在は、病院・医療業務の継続に重点をおいたBCPに基づく院内災害対策マニュアルを策定し、災害シミュレーションの開発を行うべく、あらたな院内災害対策システムを構築しようと取り組んでいます。
2017年の8月22日、当院で起こった火災についてお話しします。当院は地上10階、地下1階建て構造です。火災は最上階の10階で発生しました。
・17:28 火災発生、火災報知器が鳴る
北10階病棟の4床室の天井のクーラーから出火しました。
・17:29 初期消火開始
看護師がすぐに現場に向かい初期消火を行いました。煙で視界は悪い状態でした。
・17:31 消防からの逆信(呼び出し)
・17:34 尼崎西消防隊到着
・17:48 鎮火
・17:50 館内放送で鎮火を周知。患者さんに安心してもらえるよう放送。
・19:45 本部解散
・20:10 患者さんは病棟へ戻る
火災のとき、10階の病棟には患者さんは47人いました。そのうち、垂直避難は27人、水平避難は12人、ベッドで他病棟に移動したのは6人でした。そのほか、処置中の患者さんが1人と外出中が1人でした。
垂直避難をしている患者さんが多かったことから、「下へいかなければいけない」と考える職員が多かったことがわかります。人的被害は、体調不良が7人、物的被害は特にありませんでした。
火災後に職員にアンケートを取ったところ、火災報知器のアナウンスを「誤報」だと思っていた部署が大半でした。災害に対する意識づけを行うと同時に、自衛消防組織の編成と役割を明確にすることが必要だと考えました。
消防用設備等について、職員に周知が必要なことがわかりました。ほとんどの職員が、防災設備の場所はわかっていても、どのような用途でどのような機能をしているのかを知らなかったのです。
そのため、この火災以降、排煙設備や防火区画、防火シャッターの機能などについて職員に教育を強化しています。
また、下へ下へと垂直避難するのではなく、水平避難ができることも周知していく必要があります。消防隊員が来るまで、いかに安全かつ短時間で防火区画に患者さんを連れて行くかを教育する必要があります。
防災訓練は、病院全体で行うものと、部署ごとで行うものを適切に組み合わせる必要があります。これは部署がある場所(階数)によって患者さんの避難方法は異なるためです。災害は、思わぬところで起こるため、日頃からの訓練が非常に重要であると実感しました。
各演者の講演後に行われたディスカッションでは、活発な議論が行われました。火災の際の初期対応、訓練に関する課題、消防団との連携の重要性などについて話し合われました。
有賀 徹 先生の所属医療機関
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。