口腔がんや咽頭がん、喉頭がんなどが含まれる頭頸部がん。その主な治療法には、手術、放射線治療、薬物療法があります。これらの治療法に加えて、頭頸部がんに対する新たな治療法としてBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)が保険適用となりました。BNCTとは、どのような治療法なのでしょうか。
今回は、大阪医科薬科大学 関西BNCT共同医療センター副センター長補佐・専門教授の粟飯原 輝人先生に、頭頸部がんの治療法とともに、BNCTの仕組みや特徴についてお話を伺いました。
頭頸部がんとは、頭蓋底から鎖骨上までの頭頸部という場所に発生するがんの総称です。
頭頸部がんは、発生した部位に応じて、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、甲状腺がんなどに分けられます。
また、さまざまな組織型(がんの組織状態に基づく分類)に分類されます。中でも大半を占める組織型は扁平上皮がんです。扁平上皮がんとは、体の表面、あるいは内部が空洞になっている食道などの臓器の内側にある上皮組織から発生するがんを指します。
頭頸部がんは、発生する部位によって、味覚や嗅覚、聴覚、発声や呼吸などの機能にダメージを与えることで、生活の質(QOL)に影響を与える点が特徴です。また、顔面の変形など見た目に影響を及ぼすこともあります。
頭頸部がんの治療の選択肢には、主に手術、放射線治療、薬物療法があります。頭頸部がんの標準治療は、これらの治療法単独で、あるいはいくつかの治療法を組み合わせて行われます。
頭頸部がんの治療では、まずは全例に腫瘍を取り除く手術を検討します。手術は根治につながる一方で、がんの進行度や発生場所、腫瘍の大きさによっては、手術後に機能障害や見た目の変化が起こることがあります。たとえば、喉頭がんを摘出するために喉頭全摘を行った場合には、発声機能が失われます。あるいは、発生した場所によっては腫瘍を切除することで、顔の形が変わることがあります。
近年は、術式や手術器具の進歩によって、より体の負担が少ない手術方法も登場しています。
機能温存を目指す症例や、進行がんの中でも腫瘍の発生場所や大きさによって手術が難しい症例に対して、放射線を照射することでがん細胞を死滅させる放射線治療を行うことがあります。また、治療効果を高めるために、抗がん剤による薬物療法を組み合わせる化学放射線療法を行うこともあります。
放射線治療は手術と比べて機能の温存が期待できますが、正常組織にも放射線が照射されることで有害事象が発生するリスクを考慮しなければなりません。たとえば、首全体に放射線を照射すると、飲み込み機能が低下し、肺疾患を持つ方の場合には誤嚥性肺炎を起こすことがあります。このため、放射線治療は全身状態を確認したうえで適応を判断することが重要です。
薬物療法は、その効果が全身に行きわたる点が特徴です。手術が困難な進行がん、あるいは患者さんが機能温存を希望されている場合には、放射線治療と抗がん剤による薬物療法を併用した化学放射線療法を行うことがあります。さらに、手術や放射線治療後に再発のリスクを抑えるために薬物療法を行うこともあるでしょう。抗がん剤を用いた薬物療法では、栄養状態が悪いと治療後に重篤な有害事象が現れるケースがあります。
上記でご紹介した標準治療に加えて、頭頸部がんに対する新たな治療法が登場しました。それが、保険適用が認められたBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)です。
BNCTは、ホウ素薬剤と、中性子線という放射線を用いて行う治療法です。がん細胞には、細胞分裂のためにタンパク質を合成する能力が高くなるという特性があります。この特性があるために、タンパク質を構成するアミノ酸の一種のフェニルアラニンとホウ素の化合物であるホウ素薬剤を投与すると、ホウ素薬剤が正常細胞に比べて多くがん細胞に取り込まれます。
ホウ素を取り込んだがん細胞に向かって中性子線を照射すると、ホウ素化合物を取り込んだ細胞内で中性子とホウ素の核反応が起こります。その核反応によって発生した放射線の一種であるα線とLi核が、細胞を選択的に破壊します。取り込まれたホウ素化合物の濃度比で治療効果が決まるため、結果的にがん細胞が正常細胞に比べて強いダメージを受けることになります。
放射線治療では、いかに正常組織への影響を小さくするかが課題となってきました。正常組織にも放射線の影響が及ぶと、重篤な有害事象につながることがあるからです。
従来の放射線治療では、程度の差はありますが、腫瘍周辺など正常組織へのダメージを避けることはできませんでした。一方、BNCTはホウ素を取り込んだ細胞を選択的に破壊するため、より多くのホウ素を取り込んだがん細胞が強く障害され、結果的に正常組織への影響を限りなく抑えることに成功しています。
大阪医科薬科大学 関西BNCT共同医療センターでは、切除不能な局所進行あるいは局所再発の頭頸部がんの患者さんというように、標準治療では効果が期待できない症例をBNCTの対象にしています。さらに、中性子線を照射できる範囲に腫瘍がある場合に、BNCTを適応することができます。具体的には、腫瘍の位置が皮膚表面から7cm以内の深さであることに加えて、直径15cm以内の範囲に腫瘍が収まっていることが条件です。
これらの適応基準を基本としながら、BNCTを専門とする医師が患者さんごとに慎重な適応判断を行う必要があります。患者さんによっては、治療によって重篤な有害事象が発生するリスクがあるからです。たとえば、腫瘍が頸動脈に及んでいたり全周で取り囲んでいたりする場合には、治療後に腫瘍が急速に縮小することで、頸動脈が破裂してしまうことがあります。このようなリスクがある場合には、治療を行わない決定をしなければなりません。
治療によって発生し得るリスクをきちんと評価したうえで、治療適応の判断を行うのが、我々BNCTに専門的に携わる医師の役割だと考えています。
お話ししたような重篤な有害事象のリスクがある症例のほかに、治療が難しい患者さんの例をご紹介します。たとえば、体にペースメーカーが埋め込まれている方の場合は、中性子線を照射することでペースメーカーが乱れてしまいますので治療することができません。また、照射中に救命を要する異常があったとしても、被曝の観点からすぐに照射室に医師が入ることはできません。このため心臓に持病がある場合には、治療中の不測の事態に救命が難しくなる可能性があるため、場合によっては適応外となります。
そのほか、現状ではフェニルケトン尿症*にかかっている方や小児の患者さんも、BNCTの治療を受けることが難しいでしょう(2021年11月時点)。
*フェニルケトン尿症:必須アミノ酸であるフェニルアラニンを、別のアミノ酸であるチロシンに変える酵素のはたらきが弱いために、体にフェニルアラニンが蓄積するとともに、チロシンが少なくなる生まれつきの病気。神経症状や、皮膚や髪の毛の色が薄くなるなどの症状が現れる。
頭頸部がんの治療では、生命予後と機能の維持の両立が課題となります。どちらかを選択せざるを得ない場合には、がんが発生した部位、進行度(ステージ)や組織型に加えて、患者さんのご希望やライフスタイルなども考慮して治療を選択する必要があると考えています。
たとえば、喉頭がんの患者さんに対する治療を例にお話しします。生命予後を考慮すると手術による喉頭全摘が有効であったとしても、患者さんが声を使うお仕事をしていたら、治療後の生活を考えて手術による全摘は希望されないかもしれません。機能の温存につながるほかの治療法を選択することが、この患者さんには適している可能性があります。
これは一例ですが、頭頸部がんの治療では、生命予後を重視しながらも、ご希望やライフスタイルなども考慮して治療法を選択することが重要といえます。
患者さんに納得して治療を受けていただくためには、治療選択の際に十分に時間を取って医師と話し合うことが重要だと考えています。それぞれの治療のメリットとデメリットをしっかりと理解したうえで、納得して治療を受けていただきたいからです。
当センターでは、事前に患者さんと治療のメリットやデメリット、ご希望などについてしっかりと話し合う時間を設けています。さらに、医師の診察の後に看護師が患者さんに聞き取りを行い、診察時に医師と共有できなかったことをキャッチアップするよう工夫しています。
当センターでは、まずは患者さんの主治医の先生から診療情報を共有してもらい、遠隔転移がないかなどを確認します。そのうえで、提供してもらった画像検査の結果を線量計画ソフトに取り込み、腫瘍に対する放射線量を計算します。その結果から、BNCTの治療が有効であると判断したら、主治医の先生を通じてBNCTを適応できる可能性があることをお伝えします。
そして、患者さんに当センターの外来を受診いただき、遠隔転移がないかなど腫瘍や全身の状態をあらためて確認します。まれなケースではありますが、ご紹介から一定期間が経過していると、外来を受診されたタイミングで遠隔転移が起こっている例もあるからです。遠隔転移が認められた場合には、その時点でBNCT の適応は難しくなります。
また、全身状態を確認し、頸動脈破裂などのリスクがないかを慎重に判断します。全身状態に問題がなく、重篤な有害事象が発生する可能性が低ければ、治療に向けて前向きに準備を進めていきます。具体的には、腫瘍に対して効果的に照射することができるように、患者さんの姿勢を決定します。さらに、照射中の姿勢を固定するための固定具を作成するとともに、治療計画を立てるためにCT検査も実施します。
当センターでは、治療前日までに入院していただきます。治療当日は、採血を行い、最終的な照射線量を確認します。そして、約2時間かけてホウ素薬剤の点滴を投与した後に、薬剤の投与を継続しながら中性子線を照射します。
中性子線の照射前には、準備室と呼ばれる照射室の隣の部屋で、頭部用の固定具を使って固定します。30分程かけて治療時の姿勢の準備を行ったら照射室へ移動し、照射口に向けた患部へ照射を行います。照射時間は40分程です。準備から照射終了まで合計で1時間30分程、固定された姿勢を維持していただきます。
当センターでは、基本的に治療後48時間の入院をしていただきます。これは、急性の有害事象が落ち着くのが48時間程であることを考慮してのことです。ほとんどの方が治療の2日後に退院されますが、中には放射線宿酔と呼ばれる放射線酔いのような状態になり、気持ちが悪くなったり吐き気が起こったりするケースがあります。あるいは、治療によって持病が悪化する方もいらっしゃいます。このような場合には、入院期間を延長することもあります。
治療後のフォローアップでは、有害事象につながるささいな兆候を見逃さないことを心がけています。たとえば、BNCTの治療後に耳だれ(耳から出る液体、もしくは液体が出てくる状態)が増えたと話してくれた患者さんがいらっしゃいました。照射後に耳だれが増えるのはよくあることなのですが、きちんと検査をしたら感染を起こしていたことが分かったのです。このとき、「よくあることだから問題ない」と判断して、きちんと検査しなかったら重症化していたでしょう。
このように、治療後は、患者さんのささいな変化を見逃さないよう細心の注意を払っています。
BNCTの治療費の総額は、ホウ素薬剤や照射にかかる費用などを合わせて約400~500万円です。保険適用であるため、患者さんは1~3割の自己負担で治療を受けることができます(2021年11月時点)。
また、自己負担の上限額を超えた場合に、申請によってその差額が払い戻される高額療養費制度を利用することが可能です。なお、その上限額は年齢や所得によって異なります。
BNCTの治療後は粘膜が荒れるため、2週間程で粘膜炎(口内炎など)が起こることが多いです。口腔内に粘膜炎が起こると、食べにくい、飲みにくいといった状態になります。また、照射を受けた場所には脱毛が起こりますが、少し時間がかかっても再び生えてくることがほとんどです。
治療後の生活に制限は特にありませんが、低刺激の食事をしていただき、辛いものや柑橘類など刺激物は控えるようにしてください。
当センターでは、退院の翌週に受診いただき、有害事象が起こっていないか確認するための検査を行います。そこから治療後1年間は、基本的に月に1度の頻度で受診いただきます。画像検査は、治療後半年までは、1か月後、3か月後、半年後という頻度で行います。治療後は、時間の経過とともに腫瘍が縮小していくケースが多いので、定期的に経過を確認していきます。
遠方の患者さんの中には、当センターに通うことが難しい方もいらっしゃいます。そのような場合には、主治医の先生と連携しながら経過観察を行うなど、臨機応変な対応を取るようにしています。
BNCTをさらに広めていくための現状の課題の1つは、人材の不足です。まだまだBNCTを専門にする医師が少ないという現状があります(2021年11月時点)。このため、今後は医師への啓発なども検討していく必要があると考えています。
特に、BNCTの治療を成功させるためには、治療前後のフォローアップが重要です。BNCTの治療をしたら終わりというわけではありません。治療後に起こり得るリスクや、治療後の患者さんの生活も含めてフォローしていく必要があります。今後はBNCTの治療前後のフォローアップの重要性やその方法も含めて、医師への啓発が重要になるでしょう。
BNCTを知ったのは、医学生の頃でした。授業で原子炉を用いた臨床研究の1例としてメラノーマ*に対するBNCTの症例を知り、「こんなにがんがきれいに治る治療法があるのか」と驚いたことを覚えています。
医師になりBNCTに本格的に携わるようになってからも、その治療効果を実感する機会が度々ありました。たとえば、ほかの病院で有効な治療法がないと告げられた40歳代の女性のがんが、BNCTによってきれいに治ったことがありました。患者さんと一緒に、とても感動したことを思い出します。同じように、BNCTによって効果が期待できる患者さんがいれば、この治療によって治したいという思いで、現在もBNCTに取り組んでいます。
とはいえ、BNCTは頭頸部がんの治療法の1つに過ぎません。どの治療法がその患者さんに適しているかは、患者さんのご希望やライフスタイルなどによっても変わってきます。患者さん自身が納得のうえで治療を受けられていない限り、どんな治療を受けても満足することはできません。治療選択の際には、納得されるまでしっかりと医師と話し合っていただきたいと思います。
*メラノーマ:皮膚の色素を作るメラニンという色素細胞ががん化したもの。悪性黒色腫とも呼ばれる。
大阪医科薬科大学 関西BNCT共同医療センター 特務教員(専門教授)
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