がんの治療法の1つである放射線治療。従来の放射線治療では、程度に差はありますが、がん細胞だけでなく正常組織にも放射線によるダメージが及ぶことが知られていました。新たに保険適用となったBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)は、これまでの放射線治療と異なり、ピンポイントでがん細胞を破壊する治療法です。治療効果とともに、正常組織への影響を限りなく抑えることに成功しています。
今回は、南東北BNCT研究センター 診療所長の廣瀬 勝己先生にBNCTの仕組みや特徴についてお話を伺いました。
がんの治療選択肢には、主に手術、放射線治療、薬物療法があります。基本的に、腫瘍がある一定の場所に限られている場合には、局所療法といって手術や放射線治療が行われます。一方、腫瘍が離れた複数の場所に広がっている場合には局所療法は困難で、全身療法である薬物療法が行われます。
放射線治療とは、放射線を患部に照射することでがん細胞のDNAにダメージを与えて、がん細胞を死滅させる治療法です。手術と比較しながら放射線治療の特徴をご説明します。
放射線治療は、外科医が腫瘍を直接肉眼的に確認しながら取り除く手術と違って、腫瘍に対してCTなどを確認しながら腫瘍が浸潤(周囲の組織を破壊しながら広がっていくこと)している可能性のある領域を含めて放射線を照射します。放射線の照射によってがん細胞を死滅させるため、一般的には腫瘍が残存する可能性は手術より高くなる傾向がありますが、しっかり条件を考慮すれば手術とほぼ同等な治療成績が得られます。治療後に腫瘍が消失するかどうかは、治療後の経過を十分確認していく必要がありますが、放射線治療は筋肉や神経などの機能を有する臓器を切り取る必要はありません。したがって、生理的な機能を温存しながら治療できる点が特徴に挙げられます。
また、手術では周囲の取りきれなかった領域にがん細胞が散らばって残ることで、術後に再発が起こるケースがあります。放射線治療では、このようながん細胞が散らばった領域に対しても治療を行うことができますので、リンパ節転移の予防にも効果を発揮することがあります。そのため、手術後にも用いられる場合もあり、これを術後照射といいます。
従来から治療に使用されてきた放射線には、主に以下のようなものが挙げられます。
X線とγ線は、光と似た性質を持つ電磁波に分類される放射線です。X線は装置から照射されると組織内に入り、標的である腫瘍に当たった後、そのまままっすぐ体を突き抜ける点が特徴です。複数の方向から照射することで、体の深い場所にある腫瘍にも線量を集中させることができますが、その特性上、周囲の正常組織への影響は大きくなりやすいといえます。
高い電圧によって加速された電子を用いる放射線治療を電子線治療といいます。体の深部までは届かず組織内を突き抜けないので、体の表面にある腫瘍の治療に用いられます。
陽子線は粒子線の1種であり、水素の原子核を加速させることでエネルギーを生み出す放射線です。体内を一定程度進んだ後に組織内で止まってしまいますが、この止まる直前で組織に大きなエネルギーを与えます。この止まる直前の大きなエネルギーをブラッグピークといいます。これによって、腫瘍への集中的な照射が可能です。腫瘍の後ろまで突き抜けないので正常組織への影響は小さくなります。
重粒子線は粒子線の1種であり、陽子線よりも重い炭素粒子を用いてエネルギーを生み出す放射線です。陽子線同様、ブラッグピークによって腫瘍への集中的な照射が可能であり、重粒子線ではなおかつ腫瘍に与える生物学的効果(がん細胞を殺す効果)が高くなります。このため、通常のX線治療に抵抗性の高い肉腫(骨、脂肪、筋肉、神経などから発生する悪性腫瘍の総称)や、低酸素状態にあって放射線への抵抗が高まっているような腫瘍への治療に有効といわれています。
上記でご紹介した放射線を用いた治療法とは仕組みや効果、正常組織への影響などの点で異なる新たな治療法が、BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)です。
BNCTは、ホウ素薬剤と中性子を組み合わせて行う治療法です。点滴によってホウ素薬剤を投与すると、ホウ素化合物ががん細胞に取り込まれます。そこに中性子を照射すると、がん細胞内で中性子とホウ素の核反応が起こります。その核反応によって発生したエネルギーがピンポイントでがん細胞を破壊することで、腫瘍の縮小や消失につながる治療法です。
なお、ホウ素や中性子そのものが、腫瘍や正常組織にダメージを与えることはほとんどありません。
BNCTは日本が世界をリードして開発・発展させた治療法です。もともとはアメリカで研究が進められていましたが、良質なホウ素薬剤と中性子を用いることができなかったことで、良好な治療成績を残せずに研究が中断されていました。
その後、アメリカでBNCTについて学んだ日本人の研究者が、帰国後に原子炉を使ったBNCTの研究をスタートしたことで日本でも開発が始まり、実用化が進められるようになったのです。日本の各地で研究や必要な薬剤の検討などが進められ、2001年に初めて頭頸部がんに対してBNCTが行われました。そのときの成績が極めて良好だったためにさらに開発が加速し、現在にまで至っています。
BNCTは、1度の治療でがん細胞が消失するといった、高い治療効果が報告されている治療法です。また、正常組織への影響が小さい点も特徴です。通常、放射線治療を行う際には、がん細胞が浸潤している可能性のある範囲や治療中の体動を考慮して、腫瘍の周りにのりしろをつけて照射を行います。その結果、正常組織にも放射線のダメージが及んでしまいます。一方、BNCTはホウ素薬剤を取り込んだ細胞だけにピンポイントでダメージを与えるため、がん細胞を選択的に破壊し、正常組織への影響を限りなく抑えることができます。
デメリットとしては、次のような点が挙げられます。まず、中性子は人体の深いところには届かないため、9~10 cm以上の深いところにある腫瘍には治療を行うことができません。また、ホウ素薬剤をあまり取り込まない腫瘍では効果が期待できません。逆に、正常細胞でも積極的にホウ素薬剤を取り込む細胞があり副作用はゼロにはできません。がんは手強い病気ですので、副作用が耐えしのげる範囲で、できるだけ強い治療を行います。したがって決して副作用がなくてすむ治療ということではありませんので、ご注意ください。
お話ししたように、BNCTは中性子と原子核の反応を利用した治療法です。“中性子”や“核反応”と聞くと、治療に危険性がないか不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ホウ素と中性子の核反応は、ホウ素が取り込まれたがん細胞の中でしか起こりません。核爆発のような中性子の連鎖反応が起こることはありませんので、安全性という面で心配はいりません。
命にかかわる重大な副作用としては、これまでに行われたBNCTの臨床試験では、脳膿瘍(頭蓋内に膿がたまる感染症)が確認されています。ただし、これは治療そのものから発生した副作用ではなく、治療によって腫瘍が縮小した結果起こった有害事象です。頭蓋内まで腫瘍が及んでいる場合、BNCTによって腫瘍が消失すると、腫瘍があった場所は穴が開いたような状態になります。そこに細菌が入り、感染症が発生することがあります。脳膿瘍は死に至ることもあるため、できる限り避けなければなりません。また、腫瘍が頸動脈などの大きな動脈に浸潤している場合も同様で、治療によって腫瘍が縮小したことにより動脈破裂を生じたケースが過去に報告されています。
南東北BNCT研究センターでは、頭蓋内に腫瘍が侵入している場合には、治療を断念するか、脳膿瘍の発生を想定して耳鼻咽喉科や脳神経外科などの医師と連携しながら、発生時の対応を検討したうえで治療を行います。頸動脈への影響がある場合は治療を断念せざるを得ませんので、ほかの治療についてご提案させていただくことになります。また、これらの重大な副作用が起こりうるリスクについては、患者さんへ事前にしっかりとご説明させていただきます。
一般的に頭頸部がんの標準治療は手術、放射線治療、薬物療法です。現状では、これらの標準治療と比べてBNCTのほうが有効であるという根拠は示されていません。このため、最初にがんが見つかったときはBNCTではなく標準治療が検討されます。
当センターでは、切除不能な局所進行頭頸部がんならびに、これらの標準治療を受けた後に局所再発を生じた患者さんに対してBNCTの適応を検討します。また、腫瘍全体に対して十分な線量を与えることができるかどうかも適応の基準となります。腫瘍が大きかったり(腫瘍の部位に応じて適応となる腫瘍のサイズは異なります)、腫瘍が離れた複数箇所にあったりする場合などは適応になりにくいといえます。
BNCTでは、広範囲に腫瘍が広がっていたり散らばっていたりする場合には、適応が難しくなります。このため、遠隔転移がある場合には、現状では薬物療法などほかの治療を検討します。また、腫瘍の場所によっては照射装置への体の固定が難しく、治療自体困難なケースもあります。照射中は固定が必須であるため、閉所恐怖症や認知症などを有していて同じ姿勢を保つことができない患者さんでは治療が難しい場合があります。
このようにBNCTの適応は、腫瘍の大きさや場所、患者さんの全身の状態なども考慮しなければなりません。BNCTの知識や経験を持つ医師による慎重な判断が必要といえます。
BNCTの適応となる頭頸部がんとは、頭蓋底から鎖骨上までの頭頸部と呼ばれる場所に発生するがんの総称です。がんが発生する場所によって、舌がん、口腔がん、喉頭がん、咽頭がん、甲状腺がんなどに分けられます。
ただし、甲状腺がんは病気特有の治療戦略がありますので、BNCTの適応となるケースはごく限られます。また、図に示される頸部食道は食道がんの扱いになることや、中性子が届きにくいことからBNCTの適応とはならないことがあります。
頭頸部がんの特徴は、腫瘍が発生する場所によって発声や嚥下(食べ物や飲み物を飲み込むこと)、呼吸など生きていくうえで欠かせない機能に影響を与える点です。また、コミュニケーションを取るうえで欠かせない外見や表情といった見た目にも影響するため、治療後のQOL(生活の質)の低下にもつながりかねないがんといえます。
頭頸部がんの治療は、このような機能面や見た目への影響も考慮して選択することが重要です。
治療前の検査として、CTやMRIなどの画像検査で腫瘍の状態をしっかりと確認します。さらに、腫瘍の活動性の程度や遠隔転移がないかを確認するためにFDG-PET検査を行います。またBNCTでの特別な検査として、ホウ素薬剤が腫瘍にどれだけ集まるかを事前に評価するためにFBPA-PET検査*(薬剤を体内に投与し画像化する検査)を行います。
検査結果を基に治療プランを立て、治療の際に患者さんに取ってもらう姿勢を決定します。そして、姿勢を固定するためのプラスチックのマスクを作製します。
* FBPA-PET検査は保険適用外の検査となります。この検査では、ごく微量の放射線を表出するフッ素の“放射性同位元素”をくっつけた薬剤FBPAを体内に注射し、PETカメラという装置を用いて薬剤の全身分布を撮影します。体重60 kgの方でおよそ5.7 mSv程度の全身被曝を生じますが、大きな副作用の報告はありません。当センターでは、BNCTを行う患者さんのみを対象に臨床研究として行っており、費用はかかりません(2021年11月時点)。
当センターでは、治療の前日に入院していただきます。治療当日は、照射の2時間前からホウ素薬剤の点滴をスタートします。
照射のおよそ1時間前には治療台に乗っていただき、30分程かけて固定用のマスクやクッションを用いて治療時の姿勢に固定します。照射口に密接するように患部を固定する必要があるため、固定される姿勢は腫瘍の部位によってさまざまですが、治療中は楽な姿勢にはなれません。
照射の直前に採血を行い、血中のホウ素の量を測定し、その測定値に応じて照射時間を決定します。照射時間は患者さんによって異なりますが、40分~1時間程と考えていただければよいでしょう。照射中は特に何も起こらず、治療自体で痛みを感じることは基本的にありませんが、姿勢によって苦痛を感じるかもしれません。
治療後はすぐに病棟に戻ることが可能です。病棟に戻ってから2~3時間程で照射を受けた部位が大きく腫れることがあります。痛みが出たり、吐き気が現れたりする場合もあるので、入院しながら経過観察を行います。これらの症状は数日で治ることが多いため、当センターでは治療後の入院期間は1週間程設けています。症状が軽い方では1週間を待たずに退院される方もいらっしゃいます。
また、治療後は体内にたまっているホウ素薬剤を尿から効率的に排泄させるため、当センターでは翌々日の朝まで持続的に点滴を行います。
退院後は当センターと紹介元の病院とで経過観察を行います。退院後数日してから口内炎が強く現れることが多いので、退院時にうがいや疼痛時の鎮痛薬を処方します。ただし、症状の変化に合わせての治療が必要となるため、退院後1週間程のうちに紹介元の病院も受診して診察を受けていただきます。
まずは1か月ごとに治療後3か月まで画像による経過観察を行い、3か月目に抗腫瘍効果の評価を行います。その後は3か月ないし6か月ごとの頻度で当センターを受診いただき、再発がないかを確認するようにしています。治療後は2年を目安に定期的に受診していただきます。
BNCTは保険適用となるため、患者さんは1~3割の自己負担で治療を受けることができます(2021年11月時点)。なお、高額療養費制度を利用すれば、実際に患者さんにご負担いただく費用は、事前の検査費用・入院費用なども合わせて15~20万円程(ベッド差額代や食事代は別)が目安となります。
高額療養費制度とは、1か月間の医療費が定められた自己負担の上限額を超えた場合に、申請によって差額分が払い戻される制度です。ただし、年齢や所得によって上限額は異なるため、詳細については加入している健康保険組合や自治体などにお問い合わせください。
BNCTの治療後には口内炎が特に問題になります。また、味覚が低下したり、口が乾いたりすることもみられます。口腔内の症状に伴い食欲低下がみられることが多く、栄養補助剤を利用することもあります。
患者さんによって異なりますが、治療後に元どおりの生活に戻れる目安は、治療後2~3か月程と考えていただくとよいと思います。口内炎は治療後1か月程、味覚の低下は2か月半程で治ることが多いです。
BNCTの治療後に生活の制限はありません。体力をつける意味でも、散歩や運動、スポーツ、畑仕事などで積極的に体を動かしていただきたいと思います。
ただし、食事においては辛いものや熱いものなど刺激物には注意していただきたいです。また、頭頸部がんの再発を防止するために、飲酒や喫煙は絶対に控えるようにしてください。特に、喫煙は再発のリスクを高めてしまいますので、禁煙は徹底していただきたいです。ただし飲酒は、治療後3か月が経過し口内炎が治っていれば、アルコール濃度がごく低いものを年に数回、特別な日に限って少量楽しむ程度は大目に見たいと個人的に思います。
BNCTの適応を拡大するため、現在さまざまな臨床試験が行われています(2021年11月時点)。たとえば、すでに終了している再発悪性神経膠腫*患者に対する第二相試験**では良好な治療成績が示されましたので、早期の適応拡大が期待されます。
また、再発高悪性度髄膜腫***患者に対する第二相試験も実施されています****。髄膜腫は一般的な腫瘍よりもホウ素薬剤をかなり取り込みやすく、効果が期待できます。皮膚がんに対するBNCTの臨床試験も行われています。現在は皮膚血管肉腫とメラノーマを対象としており、その結果が待ち遠しいところです。
私は、中性子が届く範囲のがんでホウ素薬剤が集まる腫瘍であれば、基本的には適応拡大ができると考えています。今後は、頭頸部がん以外への適応拡大がどんどん進むことが期待されます。
*神経膠腫:悪性の脳腫瘍の1つであり、神経膠細胞から発生する。グリオーマとも呼ばれている。
**第二相試験:患者さんに協力してもらい、薬や医療機器の安全性や有効性などを確認する試験。安全性を検討する第一相試験の後に行われる。
***髄膜腫:脳を覆う膜から発生する悪性の脳腫瘍の1つ
****本試験の患者登録はすでに完了しています。
がんの治療には、きちんとした順番があります。病気の状態やご希望など、患者さんによって適した治療法は異なるため、必ずしも全ての方にBNCTが適しているとは限りません。
BNCTに興味があり話を聞いてみたいという場合には、主治医の先生ともよく話し合ったうえで当センターへご相談ください。BNCTの適応の判断には医療情報が必要となりますので、主治医の先生を通して相談いただくことが必要です。その方にとってよりよい治療法は何か、BNCTやそれ以外の治療法も含めて検討・アドバイスさせていただきます。
南東北BNCT研究センター 診療所長、弘前大学大学院医学研究科 招聘准教授
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