東京歯科大学 市川総合病院は、2023年9月に新たに薬物療法室を開設しました。“心地よさ”“リラックス”“安心感”をコンセプトに、患者さんに快適に過ごしてもらうための心遣いが随所に散りばめられ、患者さんが安心して前向きな気持ちで治療を受けられる施設となっています。今回はこの新薬物療法室プロジェクトの責任者である東京歯科大学 副学長・外科教授の松井 淳一先生に、薬物療法室の開設にあたり工夫されたポイント、患者さんへの思いなど、じっくりお話を伺いました。
東京歯科大学 市川総合病院は国から地域がん診療連携拠点病院に指定されており、手術、薬物療法(抗がん薬治療)、放射線治療というがんの三大治療を提供しています。これまでは、手狭で古い13の治療ブースがある不十分な環境の外来薬物療法室で治療が行われていました。しかし、薬物療法は近年著しく進歩しがん治療における比重が高まる中で、当院でも薬物療法を受ける患者さんが年々増加しており、薬物療法の治療環境の拡充・整備が急務となっていました。
一方、当院では歯科・口腔外科外来を拡充するために移転することとなり、その跡地をいかに活用するか、病院全体で検討を重ねていました。跡地スペースは外来2階の中央に位置し、当院の将来構想に関わる大きなテーマでしたが、薬物療法室の整備を優先すべきと結論され、そのスペースに薬物療法室を移転・拡充することとなりました。
地域がん診療連携拠点病院としてより質の高いがんの集学的治療*の実施を目指し、がん患者さんにこれまで以上に安心して薬物療法を受けていただける安全で快適な環境の薬物療法室にしたいと、薬物療法科教授・外来薬物療法室 室長の和田 徳昭先生と一緒に知恵を絞り、アイデアを出し合い、工夫を重ねて新たな薬物療法室を完成させたのです。
*集学的治療:手術、薬物療法、放射線治療などを組み合わせ、より高い効果を目指す治療
がんの薬物療法は、時間がかかり繰り返し受けなくてはならないつらい治療です。患者さんに前向きに取り組んでいただくには、居心地のよい環境で過ごしていただくことも大切でしょう。そこで、新しい薬物療法室では最新のリクライニングチェアを採用して台数も増やし、広くてゆとりがありプライバシーにも配慮したブースになるように配置して、患者さんに快適に過ごしていただけるよう工夫しました。
あわせて、患者さんをお待たせしないようにできる限りタイムロスを減らすための業務改善も進めています。たとえば、患者さんは血液検査と外来診察を受けてから薬物療法室にいらっしゃるのですが、血液検査の結果を早く出せるような体制を構築しました。また、薬剤の調剤のためのミキシングルームが併設されており、そこで薬剤師が調剤した薬剤が薬物療法室の患者のもとに届けられて速やかに投与が始まるような体制を整えてあります。
ほかにも今回の移転、開設のタイミングに合わせて、多くの業務改善や安全管理のためのマニュアルの整備などを、患者さん目線で行いました。
これらの取り組みによって患者さんの来院から薬剤の投与までの流れがスムーズになり、待ち時間が短縮されました。患者さんには、安全で安心して快適に治療を受けられるようになったと感じていただければ、大変にうれしく思います。
薬物療法室には、室長の和田先生をはじめ、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医の資格を持つ医師が複数名在籍しており、この日本臨床腫瘍学会認定研修施設に認定されています。その他に日本がん治療認定医機構によるがん治療認定医、そして歯科大学の病院ですからがん治療認定医(歯科口腔外科)も在籍しています。また、外来がん治療認定薬剤師やがん化学療法看護認定看護師を中心とした経験のある専門の医療スタッフがそろっております(2023年9月時点)。
こういった医師、薬剤師、看護師のチームが、確実で安全な薬物療法に努めることはもちろん、心身のケアや支持療法*、そして副作用が万一起きた場合でも正確な対応を迅速に行うように心がけています。すなわち当院の薬物療法室では、知識と経験のある専門の医療スタッフが、がん患者さんに寄り添いながら治療とケアを行っていますから、患者さんには安心、信頼して治療を受けていただければと思います。
*支持療法:がんの症状や薬の副作用による症状を軽くするための予防、治療およびケア。
薬物療法室では、がん患者さんの抗がん薬や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などの治療のほか、リウマチ・膠原病に対する生物学的製剤*の投与も行っています。
抗がん薬治療では、副作用として起こりやすい口腔内トラブルに対応するため、歯科大学附属病院としてのメリットを生かし、口腔ケアにも丁寧に積極的に取り組んでいます。また、副作用で脱毛が起こり、外見(アピアランス)の変化に悩む患者さんには、医療用ウィッグなどの相談にもお応えしています。
*生物学的製剤:生物が生み出す物質をもとにつくられた薬。
新たな薬物療法室の設計とデザインは、国立新美術館のデザインにも携わった担当者に監修してもらいながら決めていきました。“穏やかに寄り添う心地よい部屋”“リラックスできる空間”“高度なサービスを受けられる安心感”の3つを基本コンセプトとしてデザインされています。室内の壁や天井などの色は、色彩が心に与える効果や影響も考慮して選んでいます。治療ブースの後ろの壁にはリラックス感をもたらすティファニーブルー、スタッフステーションの天井には温かな人間関係をつくり出すといわれる、トキの羽の色をイメージしたジェントルペールピンクを配しています。薬物療法室の自動ドアを入ってエントランスに立つと、この2色の上品で落ち着く配色が目に入り、これまでの薬物療法室にはなかった新たな雰囲気を感じられます。
治療ブースは、チェア17、ベッド1の合計18あり、薬物療法を受ける患者さんが座る治療用リクライニングチェアにはレモンイエロー、ベージュ、ライトブラウンのやわらかな3色が使われています。また、ブースの間のパーティションとカーテンの素材と配色にも工夫を凝らして、全体のカラーコーディネートが考えられています。患者さんに、軽やかさ、すがすがしさを感じて過ごしていただきながら、前向きな気持ちで治療を受けていただければと思っています。
このように明るい環境で患者さんに優しく快適な薬物療法室であれば、ここで働く医療スタッフも温かい気持ちになり、より優しく患者さんに寄り添ったケアができることにつながると思い、働くスタッフにも思いを寄せてこの薬物療法室をつくり上げました。
全18の治療ブースにはオリジナルで特注製作したサイドワゴンを配置しています。治療中、中段には飲み物や携帯電話などを、下段にはバッグやコートなどの荷物を置いていただけます。各治療ブースはスタッフが機能的に動けるように機器類の配置やコンセントの位置なども工夫し、働きやすい環境を実現しています。
また、治療ブースで患者さんが治療中にスタッフコールを押すと天井に取り付けられたブース番号のサインが点灯し、ナーススタッフがすぐに患者さんのもとへ向かいます。
トイレは、男女共用のほか、女性専用、車いすの患者さんも入れてオストメイト対応も備えた多目的トイレの3つを設置しています。点滴中の患者さんが、左右どちらの手でもドアを開閉しやすい設計になっています。
また、薬剤師が抗がん薬などの薬剤を正確に調剤するミキシングルームが薬物療法室に直結して併設されており、治療薬剤の待ち時間を短くして速やかに患者さんに投与できるよう体制を整えています。
新しい薬物療法室を開設して1か月が経ちました(2023年10月20日現在)。治療を受けていただく患者さんに大変好評をいただいています。
この部屋は、先ほど述べた“心地よさ”“リラックス”“安心感”の3つの基本コンセプトを軸に、がん患者さんが抗がん薬の薬物療法に心穏やかかつ前向きに取り組んでいただける環境づくりを追求して完成させました。設備や機器・器材にも工夫を加えて一新いたしました。
この部屋で、専門の医師、薬剤師、看護師が一人ひとりの患者さんに寄り添った医療を提供していきたいと考えています。抗がん薬治療はいろいろなつらさや不安が付き物です。生活や仕事のことなど、さまざまな心配事もあるでしょう。私たち医療スタッフは、患者さんの不安を和らげ、安心して治療を受けていただけるよう精いっぱいサポートしていきます。どのようなことでもお気軽にご相談ください。
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