東京歯科大学市川総合病院副院長の松井淳一先生は、膵・胆道領域における外科手術のトップランナーとして、難しい膵臓がんの手術においても根治性と安全性の両立を追求し、手術後の臓器、特に膵機能の温存に注力されています。今回は松井先生が膵臓がんの手術において工夫されている点についてお話をうかがいました。
膵臓がんは、早期発見が難しく治りにくいがんのひとつです。この難しいがんをいかに治すかということが最優先に考えられて、手術後の患者さんの生活の質や社会復帰が二の次になってしまうのは、ある程度やむを得ないことでもありました。しかし私たち医師の側も、本当にそれでいいのかということを常に考え、追求してきました。これまでの患者さん方を振り返って、患者さんのために少しでも機能を残せるところはなかったのかということを検討し、ひとつずつ工夫をしていくべきであると考えます。
がんを治すために切り取るべき部分については控えることはできませんので、そこはしっかりと切除します。これはすなわち根治性と呼ばれる部分です。その代わりに他のところ―安全性や機能性の部分で、少しでも患者さんのために良いことをできないかというコンセプトで改良を重ねてきました。
膵臓がんの手術には、切除する範囲などによっていくつかの方法があります。膵臓がんが膵臓全体に大きく拡がっているような場合には、膵臓をすべて摘出してしまう膵全摘術が行われます。こうなると、膵臓の機能がすべて失われてしまうことになるのはお分かりいただけると思います。
膵臓を少しでも残して切除し根治性を高める手術の方法(術式と言います)として、大きく二つに分けられます。一つは膵頭部を切除する術式、そして二つ目は膵体尾部を切除する術式です。
まず、膵頭部にできたがんを切除する術式が膵頭十二指腸切除術です。私たちが工夫している幽門輪(ゆうもんりん)温存膵頭十二指腸切除術についてご説明します。
膵臓がん全体の6割以上を占める膵頭部のがんでは、膵頭部と胆嚢・胆管、十二指腸、そして胃の半分から3分の2程度を一緒に摘出し、膵臓の残った部分を小腸とつないで、膵液が小腸に流れるようにする手術が従来から行われてきました。これが膵頭十二指腸切除術です。
これに対して幽門輪温存膵頭十二指腸切除術(PPPD:Pylorus-Preserving Pancreaticoduodenectomy)は、胃の出口に当たる幽門輪を取らずに温存する方法です。幽門輪を残すということは、必然的に胃を取らずに全部残すということになります。したがって、全胃温存膵頭十二指腸切除術という言い方もあります。
これまでのさまざまな症例を検討してきた結果、胃を切らずに温存しても胃のまわりにがんが再発することはなく、根治性を損なう心配がほとんどないということが分かってきました。また、胃を残した場合に小腸などに潰瘍ができるということも、治療を工夫することによって乗り越えることができるようになりました。
胃を残したことによって、患者さんの予後がどの程度良くなるのかという医学的なデータが十分揃っているわけではありません。しかし、患者さんにとっては、切らずに済むのであれば胃がすべて残っていた方が良いということは言うまでもありません。実際に患者さんのその後の様子を見ていても、胃を残した方が良い結果になっていると感じます。
もうひとつ重要な点は、がんのできた膵頭部を切り取った後、残った膵臓を大切にすることです。膵臓が機能を果たすためには、膵液が流れている膵管を腸につなぐ必要があります。その際、膵管の出口を腸に縫い合わせた部分が塞がることなく開存(かいぞん:管が閉塞せずに通じていること)していなければなりません。膵管が閉塞してしまうと膵液が流れなくなり膵炎を起こしたり、膵臓の外分泌機能(消化機能)が弱くなるだけではなく、内分泌機能も衰えることになり糖尿病につながってしまいます。
膵頭部の膵臓がんに膵頭十二指腸切除術を行うにしても、胃(幽門輪)を残すこと、そして膵頭部を切除して残った膵臓の機能を活かすこと。この2つが重要な点です。
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