
近年、がん治療には手術や抗がん剤治療以外にも、さまざまな選択肢が生まれています。患者さんは、ご自身のライフスタイルや就業状況など、ご自分の置かれる環境に応じて治療法を選択することができる時代になりつつあります。今回はがん治療の中でも近年急速に発展している「陽子線治療」について、筑波大学附属病院陽子線治療センター部長の櫻井英幸先生にお話をうかがいます。

一般的に「放射線治療」という場合、99パーセントはX線治療を指します。X線の特徴は、エネルギーのみで構成されており「重さ」がない点にあります。X線は検査や診断にも使われますが、体の中を通り抜けるような性質を持っています。そのため、ある特定の場所を照射したい場合、あらゆる方向から狙い撃ちや挟み撃ちにしなければなりません。放射線治療は体の特定の部分だけを狙うことが目的であるのに、照射の際に体を通り抜けるため狙った部分以外にもX線がかかってしまうのがひとつの欠点です。
一方、陽子線は原子の一種です。そのため、+の電子を持っていて「重さ」があります。陽子線はX線のように通り抜けず、途中で停止する性質を持っています。高エネルギーで照射すれば深い所まで届いて停止し、低いエネルギーで照射すれば浅い所で停止するのです。
つまりエネルギーの強さをコントロールすれば、陽子線の停止位置を操作することができるといえます。陽子線治療は、この原理を利用した治療法です。「放射線が体を通り抜けずに停止する」ということは、放射線ががん細胞以外の正常な組織に当たりにくくなるということです。
たとえば、X線と陽子線を同じ分だけ照射すると仮定した場合、陽子線のほうが周囲への放射線量が少ないため副作用も少なくなります。これは「副作用が出るまでの許容範囲が広い」ということです。したがって、陽子線治療ではX線治療よりも病巣に対して多い放射線の量を使うことができ、結果として治癒率を上げることにつながります。陽子線は治療効果や安全性を確保しながら病気を治療できる方法といえます。
X線が発見されたのは1895年ですが、その数年後にはがん治療に使われていたという記録が残っています。しかし、そこから数十年間はがんの根治治療と呼べるほどの技術はなく、X線治療は主に痛みの緩和やわずかな延命を目的としていました。
1980年代に入ると、コバルト照射装置に換わって病院で使えるようなX線を加速する機器(直線加速器)が普及するようになり、放射線治療は本格的に、病気の根治治療のために使われるようになりました。このように考えると、放射線が本格的にがん医療に導入されたのは1980年代といえるでしょう。
放射線治療の高精度化は21世紀に入り急速に進歩しているといえます。従来は、体の中で放射線がどの程度照射されているかの計算がうまくできませんでした。しかし、CTの登場によって、3次元の断層上でがんの正確な位置を確認することが可能になりました。また、放射線の照射量も正確にシミュレーションできるようになりました。
現在では治療の正確性が増し、治療計画もより効率的に立てられるようになっています。さらに照射装置の精度も上がり、呼吸に合わせて照射する方法(呼吸同期照射法)や、非常に小さい場所をピンポイントで照射する方法などが普及しています。

近年の高齢化の流れを受けて、合併症を持っている患者さんががん治療を受けるケースが非常に多いのが現状です。そのため、ガイドライン(標準で決められた方法)通りに治療ができない患者さんも大勢いらっしゃいます。このような高齢の患者さんをどのように治療するか、QOL(生活の質)をいかに保つかを考えながら、なるべく体に負担のない治療法をつくっていくことが今後の医療の課題になるでしょう。
筑波大学附属病院陽子線治療センターでは、特に肝臓がんの治療を得意としています。これは、つくば市に物理研究用に開発された高エネルギーの陽子線加速器が元々あったことが関係します。
開発当初の陽子線装置では、重さのある陽子を体の深部まで送り届けることができませんでした。そのため、陽子線治療が始まった当初は、主に体の表面から近い眼の治療に使われていました。しかし、「物理研究用の高エネルギーの加速器であれば体の深部にある腫瘍の治療に陽子線が利用できるのではないか」という考えがきっかけになり、肝臓がん、肺がん、脳腫瘍などの治療研究が発展したという背景があります。現在、筑波大学附属病院陽子線治療センターにおける肝臓がんの陽子線治療照射の実績は約1,400例であり、これは世界でも最多です。
小児がんは、近年陽子線治療の高い有用性が認められ、保険適用になりました。
子どもの頃にがんを発症した場合、将来的な影響を十分に考慮して治療をすすめなければなりません。陽子線治療は、成長や発達、生殖機能に影響を及ぼさないように、放射線が当たる場所を最小限にできます。小児がんの場合、放射線が当たった場所から将来的にがんが再発する(二次がん)リスクなどもあるため、放射線が当たる場所が少ないに越したことはないのです。
陽子線治療は、放射線が効きにくいとされる頭蓋底腫瘍(耳鼻科のがんを含む)、骨軟部腫瘍(肉腫の一種)への有効性も期待されています。これらの腫瘍は従来の放射線よりも強い照射量が必要とされるため、X線よりも陽子線のほうが、高い治療効果があると考えられます。
治りづらいとされる肺がんや食道がんにおいては、現在「化学放射線療法」という抗がん剤と放射線を併用する治療法が標準的です。この方法では、強い抗がん剤と強い放射線を用いることによって合併症も多くなってしまいます。陽子線治療によって、その合併症が少なくなります。
前立腺がんにおいては、放射線を出す粒を前立腺の中に埋め込む小線源治療や、照射方向ごとに線量を調節できるIMRT治療(強度変調照射法)が発達し、その治癒率は上がっています。そのため、前立腺がんに対する陽子線治療は、それらの治療法と比較して「どの程度」「どのようなケースにおいて」有効性が高いのかを検証している段階です。3~5年後の発表を目安に、研究データを積み重ねています。

日本では、肝臓がんを発症する方のほとんどが、肝硬変からがんを発症しています。肝臓は非常に大きな臓器ですが、肝硬変は肝臓全体がB型肝炎やC型肝炎ウイルスに感染することによって起こります。つまり、もともと健康な状態ではない場所に、さらにがんができてしまうのです。そのため、放射線治療をする場合、照射する放射線をできるだけ健康ではない部分に当たらないようにする必要があります。健康ではない部分に放射線が当たると、当たった部分の機能がさらに落ちてしまうからです。狙った場所で停止させることのできる陽子線治療が肝臓がんに適しているのは、こういった肝臓がんの発症要因に大きく関わっています。
陽子線治療は主に先進医療として実施されるため、患者さんがご自分の病気の特性や陽子線治療のしくみを勉強して、「陽子線治療を受けたい」というご希望を持っていらっしゃる場合がほとんどです。その場合、陽子線治療がその方にとって本当に有効性があるかどうかを説明し、納得いただいたうえで、治療を受けるかどうか考えていただくようにしています。
陽子線治療に長く携わっているなかで、「この治療がなければ救命できなかった」という症例にいくつか出会いました。たとえば、心臓にできる非常に稀な腫瘍などは、放射線量も必要ですし、X線で治療を行うと確実にほかの臓器へ影響が出ます。このようなほかに選択肢がない非常に稀な疾患を治療できた実績は、今後の陽子線治療の発展に期待を寄せずにはいられなかった経験だと思っています。
筑波大学 医学医療系 放射線腫瘍学 教授、筑波大学附属病院 副病院長・陽子線治療センター部長
櫻井 英幸 先生の所属医療機関
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