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インタビュー

働き盛りの銀行マンを襲った6回のがん-ニューヨークでの大腸がん闘病記

働き盛りの銀行マンを襲った6回のがん-ニューヨークでの大腸がん闘病記
関原 健夫 さん

日本対がん協会 常務理事

関原 健夫 さん

目次
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この記事の最終更新は2016年11月07日です。

健康そのものといえる生活を送っていたサラリーマンが、ある日突然がんの宣告を受ける。このような「働き盛りのがん」と闘う患者さんは決して少なくはなく、誰にとっても他人事ではありません。

みずほ信託銀行副社長、日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社取締役社長などを歴任された関原健夫さんは、39歳で大腸がんを発症し、その後5回(合計6回)にわたる手術を乗り越えた「がんサバイバー」のひとりです。ニューヨークで受けた告知、初めての手術に、関原さんはどのように対峙されたのでしょうか。1980年代と今、アメリカと日本のがん医療の違いなどを交えながら、当時のご経験をお話しいただきました。

1984年、がんに対する治療も情報も今ほどにはない時代に、私は最初のがんである大腸がんを発症しました。当時の私は39歳、日本興業銀行ニューヨーク支店の営業課長に昇進したばかりと、まさに「働き盛り」の時期にがんがみつかったのです。

告知されたときのことは、今でも鮮明に覚えています。私のがんの発見医はニューヨークでご活躍されていた新谷弘美先生。後にベストセラーとなる『病気にならない生き方』シリーズを執筆された胃腸内視鏡分野のエキスパートですが、当時はそのような名医とはつゆ知らず、長らく続いていた便秘に不安を覚え、新谷先生のオフィスを訪ねたのです。

一連の検査の後、「あなたの腸には“腫瘍”があります。ここニューヨークで手術を受けられたほうがよいのではないでしょうか。」と、ストレートにがんの告知を受けました。これは、私がもともと大腸がんを強く疑って受診したことや、動揺している素振りをみせなかったことと関係しているのかもしれません。事実、がんの宣告を受けた私は激しい動揺には襲われず、むしろ冷静に「日米どちらの病院で手術を受けるべきか。英語圏でどのように治療を受ければよいのか。」と、当面の対応ばかり心配していました。

パニックに陥らなかった理由のひとつとして、私の父が5年前に胃がんの手術を受けていたということが挙げられます。父のがんは早期のものであり、術後何年も元気に過ごしていたため、早い段階で発見したがんは手術で治せる、過剰に怖がる必要はないと、感覚的に理解していたのです。私自身もまた、遠い異国の地で平日は仕事、休日はテニスにゴルフにと、精力的に活動する日々を送っていたため、「こんなにも元気なのだから、自分のがんは早期がんに違いない。」と、ある種の確信をもって宣告を受け止めました。

それまで入院すら経験したことのなかった私は、まず父に電話をし、帰国すべきか否か、父の執刀医である京都大学の教授らに助言を求めました。医師からの回答は実に明快で、「胃がんであれば日本に帰ってきなさい。」「しかし、大腸がんは日本人に少なくアメリカ人に多いがんである。したがって、ニューヨークの一流病院であれば、治療を受けることになんら問題はありません。」というものでした。

この言葉によりアメリカで手術を受けることへの抵抗がなくなった私は、すぐに新谷先生に連絡し、その日の夕刻には執刀医となるアメリカ人の医師を紹介されました。

アメリカの病院のスケジューリングは非常に早く、10日後に入院すること、その日までに外来で必要な検査を受けることがすぐに決まりました。普段通りに出勤しながら受けた入院前の検査では、肝造影や骨シンチグラムにより肝転移や骨転移の有無が調べられ、“手術可能”との診断がくだると、トントン拍子に入院となり、あっという間に手術当日を迎えました。手術後は1週間で退院となり、10日自宅で静養し、その後は全く普通といえる生活に戻ることができました。

「検査疲れ」などという言葉が常用される日本とは異なり、アメリカ式の術前検査は患者側の負担が少ないという点で評価できます。後に日本で5回もの入院を経験した私は、このときの有難みを身をもって痛感しています。ただしこういったことが実現できるのは、アメリカでは民間医療保険と専門医が病院勤務医ではなく、独立した医師として病院と契約し、病院を使って手術する制度があるためです。

また、「インフォームドコンセント(十分な説明と患者の同意)」の概念が根付いているアメリカの医療者は、皆卓越した説明や会話のスキルを持っており、これが私の不安を随分と和らげてくれました。

医師や看護師、病院職員に至るまで、医療者が説明のあとには必ず「何か疑問はありませんか?質問は患者の権利ですから遠慮なく。」とこちらからの質問を促してくれたため、大きな心配事を抱えることもなく、初めての手術にもスムーズに臨むことができたのです。

もちろん、インフォームドコンセントとは、訴訟の回避など、医療者側のリスクヘッジという意味合いも含んでいます。しかしながら、当時の日本には「医者のいうことは絶対」という風土が残っており、患者への説明はほとんど行われていなかったため、私はアメリカの医療者たちの会話力に大いに助けられ、また感心させられたものです。

こういった会話の力は、メディカルスクールに進む前に、4年間一般教養課程を履修するという、アメリカの教育課程により身につくのでしょうし、ビジネスの世界でも共通します。

日本の医師は、6年間にわたり医学部という同じ道を進む者たちのみが集う環境の中で育ちます。外の世界をみる機会の乏しい日本の医学部教育が続く限り、日本の医療者が「患者への説明」においてアメリカの医療者に追いつくことは容易ではありません。

とはいえ、ここまでに述べたアメリカの高度な医療は、国民誰もが一様に享受できるものではありません。
アメリカには日本のような国民皆保険制度は存在せず、医療費が極端に高いため、高度ながん手術を受けられるのは、経済的に余裕がある人に限られます。
詳しくは記事2でお話ししますが、私はこの後日本に帰国し、転移がんに対する5回の手術を日本で受けることとなります。

また今日までに、心臓バイパス手術をはじめとする心疾患の手術も複数回経験しています。このように、高度な医療を安い医療費で誰もが受けられる制度が整っている国は日本しかありません。
強固な国民皆保険制度により生じる医療従事者の方々の負担に支えられながら生きているのだと、日々実感しています。

前項で述べた通り、突然のがん宣告であり、私は医療者からの説明が十分であると感じられたため、自身の病気に関し、情報が不足していると思うことはありませんでした。さらにいえば、当時は医師の説明が充足しているかどうかを確かめるための外部リソースが、ほとんどなかったのです。私は外来で術前検査を受けている期間、ニューヨークの紀伊国屋書店に足を運びましたが、そこにあった日本語のがんに関する書籍はたった1冊、『ビタミンCでがんと闘う』というものだけでした。帰国後一般人向けのがん情報は『家庭の医学』だけで、目を通しましたが、各臓器の疾病として、がんに関する言及はわずか一項目のみ、私が治療を受けたのはそのような時代だったのです。

ですから、情報過多といわれる現代の患者さんのほうが、「今、自分にとって本当に必要な情報とは何か?」と、情報の取捨選択に迷う機会は多いのではないかと考えます。

横溢する情報に困惑しておられる患者さんに対しいえることは、「あなた自身の病気を最もよく知っているのは、主治医である。」ということです。確かに、雑誌や新聞、インターネットには特定のがんや疾患に関する一般的な情報が多々掲載されています。しかし、「大腸がん」ひとつをとってみても、そのがんは患者さん一人ひとりによって異なります。実際に検査をし、その病変を自身の目で観察していない私たち非医療者が病気について調べたとしても、自分のがんがどのようなものか具体的にはわかりません。ですから、医師との信頼関係を築き、主治医を信じて治療に望まれるのがよいかと考えます。

ただし、がん宣告を受けたときの対処の方法として、「基本的なこと」は理解しておいたほうがよいでしょう。ここでいう基本的なこととは、繰り返し述べてきているように「がんは多様な疾患である」ということです。

先日ピンクリボン運動の一環で講演をする機会がありましたので、乳がんを例に挙げてお話しします。現在、ある芸能人の方の深刻な乳がんの報道により、世間の乳がんに対する意識は高まっています。啓発啓蒙や検診という面からみると利点もありますが、一人の患者さんのがんにのみ焦点をあてた報道ばかりでは、受け手は「乳がん=非常に怖い病気」と誤解してしまいかねません。確かにがんは、「転移したら」、「進行したら」、命をも左右する怖い疾患です。しかし事実として、乳がんの大半は、マンモグラフィ検査やエコー検査により一般病院で発見されており、手術後に化学療法など様々な治療を組み合わせることで治っています。その後は健康な方と同じように、元気に生活することができます。このように乳がんは極めて予後のよいがんという基本的な情報を抜きにして、特殊で深刻な例を一般的な例のように報道してしまうことは、乳がんに対する正しい理解を阻むため、私は問題があると感じています。

さて、がんは「転移したら怖い」と述べました。実際に私は長い闘病生活のなかで、転移により亡くなってしまわれた多くのがん仲間をみてきています。次の記事では、転移したがんとの闘いと、働きながらの治療についてお話しします。

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