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インタビュー

一人でも多くの肝臓がん患者を救うために。「世界の幕内」が語る外科医としての信念

一人でも多くの肝臓がん患者を救うために。「世界の幕内」が語る外科医としての信念
幕内 雅敏 先生

江東病院 元院長、日本赤十字社医療センター 名誉院長、東京大学 名誉教授

幕内 雅敏 先生

この記事の最終更新は2017年01月01日です。

血流に富む肝臓は、臓器内や多臓器の転移性がんが広がりやすいという、難しい性質を持っています。「世界の幕内」、「レジェンド」と呼ばれる日本赤十字社医療センター長、幕内雅敏先生は、100個近くの転移性がんの摘出術や5kgを超える肝臓がんの切除術、さらには50時間を超える生体肝移植など、まさに限界を極める肝臓手術の数々を成功させてきました。

難しい肝疾患を抱える患者さんの命を繋ぎ続けてきた幕内先生の「信念」とは何か、これまでのご経験を交えながらお話しいただきました。

私が肝臓外科医としてスタートを切った1970年代の主たる肝疾患は、B型肝炎でした。その後、国を挙げて母子感染予防対策がとられ、1981年にはB型肝炎のワクチンが開発されたことで、母子感染によるB型肝炎は急速に減少しました。

1988年には、アメリカでC型肝炎ウイルスが同定され、1990年代に入ると、C型肝炎の治療薬としてインターフェロンとリバビリンが登場し、併用療法が行われるようになりました。

近年では新薬も認可され、C型肝炎の治癒率は9割を超えるまでになっています。

過去には肝臓がんの主要な原因は、B型肝炎とC型肝炎でしたが、今から3年ほど前に、私達の手術例のB型肝炎及びC型肝炎が原因で生じる肝臓がんが、その他の原因による肝臓がんを下回ったのです。これは、肝疾患の歴史において、非常に大きな変化といえます。

日本酒

現在肝臓がんの原因として増えているのは、アルコール性、もしくはメタボリック症候群などが引き起こす非アルコール性の脂肪肝です。

内臓脂肪が溜まると、アディポサイトカインが産生され、それが門脈から肝臓に入り込んで炎症を起こします。現時点では、このようなメカニズムによって肝臓がんが引き起こされると推測されています。太り過ぎないことは肝癌の予防にも大変重要です。

「お酒を飲みすぎないこと」も肝疾患の予防のために大切です。

日本肝臓学会が掲げる1日に飲んでよいアルコールの目安量は、純粋なアルコールで20CCです。これを基準として考えると、日本酒ならば1日1合程度、ワインであれば1日200ml(グラス2~3杯)程度、ビールは1日400ml程度にとどめたほうがよいといえます。私自身も時々ビールのレギュラー缶(350ml)を飲むことがありますが、アルコール度数が5%のものの場合、1缶だけであれば健康に大きく影響を与えることはないでしょう。

お酒を飲む方は、この数字をみてあっという間に飲んでしまう量だと驚かれたかもしれませんが、飲み過ぎには注意して「適度」に嗜んでいただきたいとお伝えしたいです。

1990年、私は肝移植に挑むため、国立がんセンターから信州大学へと移りました。当時は「都落ち」などと揶揄されたものですが、実際には日本に古くから根付く「山にこもって修行をする」という概念を実践することができ、医師として非常に充実した日々を送ることができました。

自然に囲まれた信州では、他事に惑わされることなく患者さんと向き合うことができます。だからこそ、信州大学において、世界で初めての成人間生体肝移植にも成功したのだと考えます。

難しい手術に臨む前には、何か月もかけ練習と論文を読んで勉強を徹底します。信州大学での生体肝移植手術の前にも動物を用いて練習をしました。私が生体肝移植を行ったブタは、当時近隣の動物園に展示され、信州の皆さんに元気な姿をみせていたようです。

成人間生体肝移植を成功させたのちに移った東京大学では、手術に細かな改良を加え、それらの多くを論文にまとめました。ある医学書の出版社がワールドランキングを作成しており、私は生体肝移植や肝切除術など、4つの分野で一位となりました。しかし、ある程度のポジションにつくと、手術は後進に任せ論文執筆に傾倒する医師もいます。

外科医の本分とは、患者さんにとってより有益な手術を開発し、一人でも多くの患者さんを救うことです。臨床において、自らの手と頭を使って患者さんの役に立つことは何かを考え、新たな手術を工夫して作り出し、成功させた先に論文があります。外科医とは手術及びその関連した処置によって論文を書くべきであり、基礎的な論文が多い医師は、臨床家になるべきではないと考えます。

前項で、ある程度の立場になるとオペ室に入らなくなる医師もいると述べました。現実に、教授に就任すると、手術を行わなくなるという方もいます。しかし、これは「外科医をやめたようなもの(surgical suicide)」といえるのではないでしょうか。

私の信念は、患者さんを殺さないことであり、そのために見落としがないよう時間をかけて患者さんをみます。

現在は院長業も担っているため、若い医師に管理をお願いすることが主となっています。有能な若い医師に支えられ、また自身も週に3日はオペ室に立っており、土日も病棟に行って回診をしています。私たちの仕事は、オペ室で手術をし、患者さんが元気に歩いて帰宅されるのを見届けることですから、時間をかけて患者さんご自身のこと、また多様性のある肝疾患を個別具体的にみることは、当然のことだと考えています。私と一緒に働いて来た手術の上手なスタッフはすでに7人も教授になって活躍しています。

私がこれまでに執刀してきた手術の中には、限界を極めるような手術も何件もありました。かつて取材を受けたテレビ番組では、「最後の砦」という言葉が使われたこともあります。たとえば、5.5kgの原発性のがん、97個の大腸がんの転移性がん、185個の神経内分泌腫瘍など、1回の手術でおそらく誰もやり遂げたことがないであろう腫瘍の切除を行ったこともあります。こういった時間のかかる手術は、チームワークが非常に重要になります。

しかし、敵は病気ですから、自分が手術を行ったからといって100%助けられるわけではありません。自分が救えない肝疾患は誰も救えない、このような状況下でプレッシャーや限界を感じることももちろんあります。それを乗り越えるには、やはり勉強し続け、「どうすればうまくいくか」、考え抜くしかありません。

難しい症例の手術は、ある種「祈りの世界」といえる部分もあります。その点でいうと、私は「ツイている」と思われます。

なんとか助かって欲しいという想いを持ち、術前に時間と体力の限りを尽くして懸命に考えると、手術室で自然と体がスムーズに動くのです。

もちろん、運や勉強だけではなく、スルスルとしなやかに動く器用な「手」も必要であり、訓練は欠かせません。私は外科医の父を持ち、子どもの頃から夜や休日、父に手術の練習をさせられたものです。また、男3人兄弟の次男として喧嘩もしながら育ったためか、負けん気の強いところもあり、その気質に支えられて、前人未到の手術に挑んでこられたようにも考えます。

幕内先生

今後期待される治療とはどのようなものか、肝臓外科治療のさらなる発展には何が必要か、こういった質問を受ける機会は非常に多いものですが、私は決まって次のように答えています。

「そんなものがわかっていたら、今すぐ俺がやるよ!」

私にとって、「これから」とは、期待をして到来を待つものではなく、自ら作るものです。自分の頭で考え、自分の手でやり遂げる、それが私のスタンスであり、事実そのようにして今日まで肝臓外科の道を作ってきました。

治療向上のために今何ができるのか、常に頭を動かし続け、今後も自身の手で肝疾患の治療を少しでも進歩させ続けるために努力していきます。

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