膵臓がんは治療が難しいがんの1つとされており、古くから治療法が模索されてきました。その中でも、近年では特に、術前の抗がん剤による化学療法が有効であることがわかってきました。膵臓がんの治療に尽力されてきた東北大学病院 肝・胆・膵外科長である海野 倫明先生は「膵臓がんの治療において術前化学療法は大きな効果が期待できる」とおっしゃいます。
課題もありますが効果のエビデンスが揃えば、今後、膵臓がん治療の主流になる可能性も高いそうです。今回は、同病院の海野 倫明先生に、膵臓がんにおける術前化学療法の効果や今後の展望をお話いただきました。
膵臓がんでは、手術が適応される場合、術後に抗がん剤による補助化学療法を併用することが現在一般的な治療になりつつあります。手術と術後の化学療法を組み合わせる治療は、すでに効果のエビデンスがあり、膵臓がんにおける治療の原則になっています。具体的には、膵臓がんの手術後には、エスワンという抗がん剤を半年間服薬することが現在のガイドラインで提唱されている治療法です。
さらに、日本やアメリカにおいて、膵臓がんの術後のみならず術前の化学療法の効果も高いことがある程度わかってきています。しかし、術前化学療法は術後の化学療法とは異なり、確実なエビデンスが揃っていないという現状があります。私は、膵臓がんにおいて、術前に化学療法を取り入れることは大きなトレンドになると思います。食道がんなど他のがんでは治療のスタンダードになっている例もあり、今後効果が立証されれば、膵臓がんでも適応が増えていくのではないでしょうか。
私たちは、360例を対象に2013〜2015年の3年間にわたり、ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)を実施しました。ランダム化比較試験とは、客観的に治療効果をはかることを目的とした研究試験の方法です。
私たちは、術前化学療法による治療後に手術をした場合と、すぐに手術を実施した場合のどちらがより膵臓がんの治療において有効か検証をおこないました。
繰り返しになりますが、術前化学療法の効果については、未だ明確なエビデンスがない状態です。試験の結果はまだ出ていませんが、もしも効果が立証されれば、今後の膵臓がんの治療において術前化学療法が治療のスタンダードになることも考えられます。
膵臓がんは、3つの領域に分類されると言われています。患者さんの症状や施設により治療方針は多少異なりますが、それぞれの領域における術前化学療法の適応は主に以下のようになっています。
基本的に、手術が適応される例が多くあります。手術によりがんの切除がすぐにできる状態ではありますが、術前に化学療法による治療を取り入れた方が、予後(病状の見通し)が良好になると予測されています。これは、あくまで予測であり、実施に関しては検証が必要です。
手術をすることは可能ですが、すぐに実施しても予後が期待できないが少なくありません。そのため、術前化学療法による治療後に手術を実施することが一般的になりつつあります。
基本的に手術ではなく、抗がん剤による化学療法などで治療をします。稀に、手術不能だったものの抗がん剤が効き状態が改善するコンバージョンと呼ばれる例があり、その場合は切除可能になることがあります。
お話したランダム化比較試験の結果はまだ出ていませんが、現状では、ボーダーラインの領域においてのみ術前化学療法が適応されることが多くあります。
膵臓がんにおける術前化学療法による治療には、主に2つの効果が期待できます。まず、手術前の方が抗がん剤を十分に投与しやすいというメリットがあります。術前は、投与すべき抗がん剤の量がほぼ100%近く入ると言われていますが、術後は薬が入りづらいという特徴があります。また、術前治療をしている間に進行してしまうようなアグレッシブな腫瘍を抗がん剤によりふるい落すことができ、それだけ手術成績が良くなることも予測されています。
近年、膵臓がんにおいては高い効果が期待できる抗がん剤がいくつか登場しています。パクリタキセルという薬剤がその1つです。また、FOLFIRINOXという抗がん剤の組み合わせも膵臓がんに有効であるという論文が既に発表されています。このように、膵臓がんにおいては効果的な抗がん剤が揃ってきているため、化学療法による治療が期待されています。
お話したように、膵臓がんにおいて化学療法は有効ですが、術前化学療法を確立するためにはいくつか課題が残されています。まず、膵臓がんの術前化学療法の効果がきちんとしたデータとともに立証される必要があります。
また、最近では抗がん剤の感受性を予測できないかという議論をしています。感受性を予測できれば、抗がん剤が効く患者さんには化学療法が適応できます。さらに、どの抗がん剤が最も効果的か予測することができれば、適切な薬剤を選択することにつながります。現在、そのような術前診断ができないかと検討しています。
術前治療の期間も課題の1つです。ランダム化比較試験では6週間で実施しましたが、本当に6週間が妥当かどうかは、わかっていません。実は12週くらいの方が有効ではないかなど、まだ議論の余地があります。適切な期間についても今後研究の必要があるでしょう。
途中で術前化学療法ができなくなる場合はあるか
術前化学療法が治療の途中で継続できなくなる患者さんは、現状では少ないと言われています。
実際に術前治療の間に肝転移が確認されることはほとんどありませんが、ゼロではありません。現状では、すぐに手術をしていたとしても肝転移はあったとする考え方もあり、不必要な手術を回避することにつながるという意見もあります。これはあくまで予測の範囲内であり、今後研究が進めば定まっていくでしょう。
術前の放射線治療に関しては様々な意見があります。術前において放射線治療が実施される場合、主に化学放射線治療が適応されます。これは、放射線療法と抗がん剤による化学療法を併用するものです。がんの局所のコントロールにおいては、放射線による治療は有効であると考えられます。しかし、膵臓がんには肝臓への転移など局所を超えた全身のコントロールが必要となる場合が多く、放射線治療の効果の是非が問われています。放射線治療に関してはエビデンスが十分ではなく、施設によっても判断が異なります。私は、局所を縮小させなければ手術を実施することが難しい場合には有効だと考えています。ですが、放射線には副作用とともに全身転移への抵抗力が弱まる危険性もあり、実施には十分な検討が必要となるでしょう。
私が医師になった頃、膵臓がんで5年生存する患者さんは数名しかいませんでした。膵臓がんは、元々、それほど生存率が低い危険な疾患でした。記事2『膵臓がんの生存率を高めるために-診断を受けても諦めないでほしい』において詳しくお話ししますが、膵臓がんは早期で発見されること自体珍しく、がんの切除が可能な方でも昔は5年生存することが非常に困難でした。手術を受けても予後が悪く、再発してしまう例が多かったからです。
しかし、治療法の進化により、膵臓がんの治療成績は向上しています。現在では、5年生存している患者さんがたくさんいらっしゃいます。今後、お話したような術前化学療法の効果が立証されれば、さらなる向上も期待できるでしょう。膵臓がんは世界中で治療法の研究が続けられています。お話したように、効果が期待できる抗がん剤もわかってきましたし、遺伝子解析や臨床試験も進められています。これらの結果が揃えば、膵臓がんの治療法の大きな進歩が期待できるのではないでしょうか。
東北大学 大学院医学系研究科 消化器外科学分野教授、東北大学病院 肝・胆・膵外科長
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