がんポータルサイトはこちら
インタビュー

膵臓がん手術の合併症から患者さんを守るために——手術の常識を見直す4つの改善策

膵臓がん手術の合併症から患者さんを守るために——手術の常識を見直す4つの改善策
藤井 努 先生

富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授

藤井 努 先生

目次
項目をクリックすると該当箇所へジャンプします。

膵臓(すいぞう)がんの手術は難易度が高く、重い合併症を伴うリスクがあります。富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授の藤井(ふじい) (つとむ)先生は“従来の慣習にとらわれず、あらゆることに挑戦する”というポリシーの下、膵臓がん手術の技術向上に努めてこられました。今回は、合併症のない膵臓がん手術治療を目指し、藤井先生が尽力されていることについてお話を伺いました。

膵臓がんの手術は、大腸や胃などほかのがん手術と比べても、患者さんの体への負担がとても大きく、命がけの手術といっても過言ではありません。その理由として、重い合併症を起こしやすいことが挙げられます。

私は、膵臓がん手術による合併症を少しでも減らすために、あらゆる角度から試行錯誤をしてきました。

なぜなら、患者さんの命を預かる外科医が、“膵臓がん手術には合併症がつきものだ”という前提で手術に臨むことは、患者さんに失礼だと思うからです。

そういった理由から、合併症を防ぐために以下の4点について従来の方法を見直し、改善を行ってきました。

まず行ったのは、胃の切除範囲を小さくすることです。従来の膵臓がん手術では、膵臓のがんと一緒に胃も半分近く切除していました(CPD)。これは胃と膵臓の位置が近いため、膵臓にがんがあれば胃の近くの組織にも転移している可能性が高いと考えられていたからです。

しかし、広範囲の胃を切除してしまうと、胃が小さくなり栄養状態が悪くなってしまうという問題がありました。またその後、今度は逆に、胃の全てから幽門輪までを残す術式が用いられていたこともあります(PPPD)。しかし、この術式では幽門輪周囲の神経や血管が無くなってしまうため、胃が正常にはたらかず、食事が十分に取れなくなったり、食事が胃の出口で詰まってしまったりする合併症が散見されるようにもなりました。

そこで幽門輪だけを切除し、胃の大部分を残す術式を開発したところ(SSPPD)、転移のリスクは大きく変わらないことが分かりました。また、食事が詰まってしまうこともなくなり、合併症も減りました。さらに、手術後も患者さんが食事をおいしくしっかり取ることができるので、その分回復も早くなり、術後治療も速やかに行えるようになりました。

次に行ったのは、“上腸間膜動脈神経叢郭清”という従来の手術方法の見直しです。

膵臓がん手術を行うと、腸の動きがコントロールできなくなり、激しい下痢を起こすことがあります。これは、先に述べた胃の切除と同様に、がんの転移を考慮し、膵臓の付近にある上腸間膜動脈の周囲の神経を手術の際に半分切除してしまうからです。

上腸間膜動脈に巻きついている神経には、腸のはたらきを調節する役割があるため、少しでも傷ついたり、切除されたりしてしまえば腸をコントロールできなくなり、食べた途端、下痢を起こしてしまいます。

手術後に食事ができなくなる、あるいは栄養を摂取できなくなれば、回復もそれだけ難しくなります。この合併症により10〜20kg体重が落ちてしまう患者さんもおり、このような事態に陥ると、術後治療を受けることが難しくなります。

そこで私は近年、必要がなければこの神経叢の郭清は行わず、なるべく神経を残して手術を行うようにしています。このようにすることで、術後の患者さんは食事がスムーズにとれるようになり、極度の下痢を起こすこともなくなります。

膵臓がん手術で起こりやすい合併症である、“膵液の漏出”を防ぐことも非常に重要です。

2011年以前は、手術後の膵液漏出の発症が多く、成績不良のときには手術全体の36%にものぼりました。しかし手術方法と術後管理の見直しを行ったことで、今では膵液の漏出がかなり少なくなり、手術全体の2.5%にまで低下しました。

手術方法の見直しとして行ったことが、“Blumgart変法吻合”の開発です。これは、がんを取った後の腸と膵臓をうまくつなぐことで、膵液の漏出を最大限抑えることができる方法です。

膵液の漏出を防ぐため、術後の管理にも気を配っています。それがドレーンの管理です。

ドレーンとは、術後間もない患者さんの体内に留置しておくビニール製のチューブです。術後にトラブルがあった際、管を通して不測の事態を低侵襲で処置するために設置します。ドレーンは膵臓がん手術に限らず、腹部手術の際には大抵使われています。

膵臓がん手術では、膵臓と腸のつなぎ目が重要です。膵液が漏れ出し、体内にたまると重篤な合併症に発展してしまいます。しかし、つなぎ目に正しくドレーンを設置していれば、万一膵液の漏出が起きてしまった場合でも、チューブを通して外に排出することができます。

膵臓がん手術の場合、2011年以前は平均して術後20日間ドレーンを入れたままでしたが、最近は最短4日ほどで抜けるようになりました。これはドレーンの清潔を保ち、早めに交換するなど、厳密な管理をしているためです。このドレーン管理を行うことで、患者さんの苦痛は減り、より早く退院できるようになりました。

前記事でもお話ししたように、膵臓がんの根治を目指すためには、手術だけではなく、化学療法や放射線治療といった複数の治療を組み合わせて行う集学的治療が有用です。

確かに手術だけで根治を目指すことは難しいですが、根治には手術が必要です。そのため、私たち外科医は常にその技術を磨き、研究を重ねて、より患者さんの体に負担の少ない手術を模索し続ける必要があります。

そのうえで、それぞれの患者さんの状態に合わせた集学的治療を行うことで、膵臓がんの根治に近づくのではないかと考えています。

膵臓がんの手術は非常に専門性の高いものですので、どの病院でも行うことができる手術ではありません。少し遠くても、膵臓がんの手術に慣れた外科医のいる専門の病院で手術を受けることをおすすめします。体への負担が大きい手術ですので、最初はつらいかもしれませんが、あまり過度な心配をすることなく、膵臓がんの根治を目指して頑張りましょう。

受診について相談する
  • 富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授

    藤井 努 先生

「メディカルノート受診相談サービス」とは、メディカルノートにご協力いただいている医師への受診をサポートするサービスです。
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。
  • 受診予約の代行は含まれません。
  • 希望される医師の受診及び記事どおりの治療を保証するものではありません。
この記事は参考になりましたか?
記事内容の修正すべき点を報告
この記事は参考になりましたか?
この記事や、メディカルノートのサイトについてご意見があればお書きください。今後の記事作りの参考にさせていただきます。

なお、こちらで頂いたご意見への返信はおこなっておりません。医療相談をご要望の方はこちらからどうぞ。

    実績のある医師

    周辺で膵臓がんの実績がある医師

    東京医科大学病院 消化器内科 主任教授

    いとい たかお
    糸井先生の医療記事

    2

    内科、血液内科、リウマチ・膠原病内科、外科、心療内科、神経内科、脳神経外科、呼吸器内科、呼吸器外科、消化器内科、消化器外科、腎臓内科、心臓血管外科、小児科、小児外科、整形外科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線科、矯正歯科、歯科口腔外科、麻酔科、乳腺外科、循環器内科、糖尿病内科、代謝内科、内分泌内科

    東京都新宿区西新宿6丁目7-1

    東京メトロ丸ノ内線「西新宿」2番出口またはE5出口 徒歩1分、JR山手線「新宿」西口 その他JR複数線、小田急線小田原線、京王電鉄京王線、都営新宿線なども利用可能 徒歩10分

    医療法人社団 藤﨑病院 理事長 院長

    ふじさき しげる
    藤﨑先生の医療記事

    1

    内科、血液内科、外科、脳神経外科、消化器外科、整形外科、皮膚科、泌尿器科、リハビリテーション科、麻酔科、乳腺外科、呼吸器内科、循環器内科、消化器内科、糖尿病内科、肝胆膵外科、肛門外科、放射線診断科

    東京都江東区南砂1丁目25-11

    都営新宿線「西大島」都営バス 門前仲町行き(都07)、葛西橋または葛西車庫行き(草28) 境川下車 徒歩3分 バス、JR中央・総武線「亀戸」都営バス 葛西駅行き(亀29)、門前仲町行き(都07)など 境川下車 徒歩3分 バス

    東京医科大学八王子医療センター 消化器外科・移植外科

    しまづ もとひで
    島津先生の医療記事

    1

    内科、血液内科、リウマチ科、外科、精神科、脳神経外科、呼吸器外科、消化器外科、腎臓内科、心臓血管外科、小児科、整形外科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、放射線科、歯科口腔外科、麻酔科、乳腺外科、呼吸器内科、循環器内科、腫瘍内科、感染症内科、消化器内科、糖尿病内科、内分泌内科、代謝内科、脳神経内科、老年内科、頭頸部外科、総合診療科、病理診断科

    東京都八王子市館町1163

    JR中央本線(東京~塩尻)「高尾」南口 京王バス 医療センター経由館ケ丘団地行き 医療センター下車  京王電鉄高尾線も利用可能 バス7分、JR横浜線「八王子みなみ野」無料シャトルバス運行 バス

    独立行政法人国立病院機構 東京医療センター 一般・消化器外科 医長

    うらかみ ひでじろう

    国立病院機構 東京医療センターー低侵襲な医療を患者さんに提供することで地域医療に貢献する

    区西南部医療圏の医療を支える東京医療センターによる、前立腺がん・子宮体がん・胃がん.大腸がん・慢性中耳炎.真珠腫性中耳炎の治療をテーマにした特集です。

    内科、アレルギー科、血液内科、リウマチ科、外科、精神科、脳神経外科、呼吸器外科、消化器外科、腎臓内科、心臓血管外科、小児科、整形外科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、歯科口腔外科、麻酔科、乳腺外科、呼吸器内科、循環器内科、緩和ケア内科、腫瘍内科、感染症内科、消化器内科、糖尿病内科、内分泌内科、膠原病内科、脳神経内科、放射線診断科、放射線治療科

    東京都目黒区東が丘2丁目5-1

    東急田園都市線「駒沢大学」 徒歩15分

    JR東京総合病院 院長

    こすげ ともお

    内科、血液内科、リウマチ科、外科、精神科、脳神経外科、呼吸器外科、消化器外科、腎臓内科、小児科、整形外科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線科、歯科口腔外科、麻酔科、乳腺外科、呼吸器内科、循環器内科、緩和ケア内科、腫瘍内科、消化器内科、糖尿病内科、内分泌内科、膠原病内科、脳神経内科、血管外科、総合診療科

    東京都渋谷区代々木2丁目1-3

    都営大江戸線「新宿」A1出口 京王新線・都営新宿線も利用可 徒歩1分、JR山手線「新宿」南改札・甲州街道改札・新南改札 徒歩5分、JR山手線「代々木」北口 徒歩5分、小田急線「新宿」南口改札 徒歩5分

    関連記事

  • もっと見る

    関連の医療相談が23件あります

    ※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。

    「膵臓がん」を登録すると、新着の情報をお知らせします

    処理が完了できませんでした。時間を空けて再度お試しください

    「受診について相談する」とは?

    まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
    現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。

    • お客様がご相談される疾患について、クリニック/診療所など他の医療機関をすでに受診されていることを前提とします。
    • 受診の際には原則、紹介状をご用意ください。

    メディカルノートをアプリで使おう

    iPhone版

    App Storeからダウンロード"
    Qr iphone

    Android版

    Google PLayで手に入れよう
    Qr android
    Img app