Medical Noteとは

膵臓がん手術の常識を見直す−転移や合併症から膵臓がん患者を守る

  • #膵臓がん・膵がん
  • #肝臓・胆のう・すい臓の病気
  • インタビュー
  • 公開日:2017/02/08
  • 更新日:2017/02/18
膵臓がん手術の常識を見直す−転移や合併症から膵臓がん患者を守る

膵臓がんは手術をしても再発してしまうことが多く、手術後の合併症も多いため、「不治の病」と恐れられてきました。また、膵臓が胃や肝臓など主要な臓器や太くて重要な血管に囲まれていることもあり、膵臓がんは転移の可能性や、転移してしまった場合の根治の可能性が低いという特徴もあります。

名古屋大学大学院医科学系研究科消化器外科 准教授の藤井努先生は「従来の慣習にとらわれず、あらゆることに挑戦する」というポリシーのもと、合併症が多い膵臓がん手術の技術向上に努めてこられました。できるだけ合併症の少ない手術を行う傍ら、外科医でありながら手術以外の治療方法にも視野を広げ、より効果的な膵臓がん治療について熱心に研究されています。

今回は膵臓がん治療における手術の位置付けと、合併症のない手術治療を目指して藤井先生がご尽力されていることについてお話を伺いました。

膵臓がんは手術だけでは根治しない

 

膵臓の位置

私は外科医として20年近く、膵臓がんの治療に携わり研究をしてきました。その中で私が見出した結論は「膵臓がんは手術だけでは根治しない」ということです。これはいくら技術の高い先生が手術をしても同じです。

なぜなら、膵臓がんは再発率が非常に高いがんであり、たとえ手術で全てのがんを摘出することができても、再発してしまうことがしばしばあるからです。つまり手術の成功ががんの根治に結びつかないことが多いのです。

膵臓がん治療は手術一辺倒の手法から医師が協力して治療する集学的治療へ

2011年以前、名古屋大学医学部附属病院の膵臓がん治療は手術一辺倒で行われてきました。そのため手術のレベルは高く、技量は確かであるはずなのに、手術後2年以内に亡くなる患者さんがほとんどでした。手術成績の向上を試みても、膵臓がんによる生存率を大きく向上させることにはなかなか結びつかず、治療成績が伸び悩む時期が続きました。

そこで2011年に、「術前治療」という新しい試みを導入しました。術前治療とは、手術前に抗がん剤による化学治療や放射線治療でがんをしっかり弱らせてから、手術に臨む治療方法です。これは、手術後のがんの再発率を下げることができるといわれ、膵臓以外のがん治療にも用いられてきました。このように1つの手段だけでなく、あらゆる方面から治療を模索し、医師が協力して治療を行うことを「集学的治療」といいます。

そして近年、この術前治療が、膵臓がん治療において非常に有効であるということがわかってきました。(詳しくは記事2『膵臓がんは手術だけでは根治しない−さまざまな種類の治療を組み合わせた最先端の膵臓がん治療方法』へ)

現状では、集学的治療として術前治療を行なった上でよい手術を行うことが、膵臓がん治療にとって最も有効な手段であると私は感じています。

膵臓がんの手術は難しい-さまざまな合併症から患者さんを守る

 

藤井先生

前述のとおり、膵臓がんは手術だけでは根治しません。しかし、根治には必ず手術が必要です。そのため、外科医は常にその技術を磨き、研究を重ねて、より患者さんの身体に負担の少ない手術を模索し続ける必要があります。

実は膵臓がんの手術は、大腸や胃など他のがん手術と比べても、患者さんの身体への負担がとても大きく、命がけの手術といっても過言ではありません。その理由として、重い合併症を起こしやすいことが挙げられます。

膵臓がんの手術は外科医が切除範囲を広くとりすぎると、患者さんの体力が極端に衰え、術後の化学治療を行うこともできず、場合によってはがんがすぐに再発しそのまま亡くなってしまうこともあります。ですから手術を行う際は、がんをしっかり切除すること、

また、患者さんの身体を守ること、この2つのバランスを重視しなければなりません。手術時の合併症を防ぎ、患者さんの体力を残して、次の術後治療へスムーズに移行させることが外科医の使命といえるかもしれません。

合併症を減らすために-膵臓がん手術で見直したこと

手術

 

私は、膵臓がん手術による合併症を少しでも減らすために、あらゆる角度から試行錯誤を行なってきました。患者さんの命を預かる外科医が「膵臓がん手術には合併症がつきものだ」という前提で手術に臨むことは、患者さんに失礼だと思うからです。そして、合併症を防ぐために下記3つのことについて従来の方法を見直し改善しました。

膵臓がん手術の常識を見直す−一番多い合併症は「膵液の漏出」

まず、膵臓がん手術で最も多い合併症である「膵液の漏出」を防ぐことです。2011年以前は手術後の膵液漏出の発症が多く、成績不良のときには手術全体の36%にものぼりました。しかし手術方法と術後管理の見直しを行ったことで、今では膵液の漏出がかなり少なくなり、手術全体の2.1%にまで低下しました。これは日本国内でも群を抜いてよい成績です。

縫合方法を見直す「Blumgart変法吻合」

がんを取った後の腸と膵臓をうまくつなぐことで、膵液の漏出を抑えることが可能です。そこで、私は「Blumgart変法吻合」という膵液の漏出を最大限抑える方法を開発しました。

 

Blumgart変法吻合
Blumgart変法吻合

術後管理を見直す-ドレーンを清潔に保つ

 

ドレーン

膵液の漏出を防ぐため、名古屋大学医学部附属病院では術後の管理にも気を配っています。それがドレーンの管理です。

ドレーンとは術後間もない患者さんの体内に留置しておくビニール製のチューブです。術後にトラブルがあった際、管を通して不測の事態を低侵襲で処置するために設置します。ドレーンは膵臓がん手術に限らず、腹部手術の際には大抵使われています。

膵臓がん手術では、膵臓と腸のつなぎ目が重要です。膵液が漏れ出し、体内に溜まると重篤な合併症に発展してしまいます。しかしつなぎ目に正しくドレーンを設置していれば、万一膵液の漏出が起きてしまった場合でも、チューブを通して外に排出することができます。

膵臓がん手術の場合、2011年以前は平均して術後20日間ドレーンを入れたままでしたが、最近は最短4日ほどで抜けるようになりました。これはドレーンの清潔を保ち、早めに交換するなど、厳密な管理をしているためです。このため、患者さんの苦痛は減り、より早く退院できるようになりました。

膵臓がん手術の常識を見直す−「胃の切除範囲」は極力抑える

次に胃の切除範囲を狭めることです。従来の膵臓がん手術では、膵臓のがんと一緒に胃も半分近く切除していました(cPD)。これは胃と膵臓の位置が近いため、膵臓にがんがあれば胃の近くの組織にも転移している可能性が高いと考えられていたからです。

しかし、広範囲の胃を切除してしまうと、胃が小さくなり栄養状態が悪くなってしまうという問題がありました。またその後、今度は逆に、胃の全てから幽門輪までを残す術式が流行しました(PPPD)。しかし幽門輪周囲の神経や血管が無くなってしまうため、胃が正常に働かず、食事が十分に取れなくなったり、食事が胃の出口で詰まってしまったりする合併症が散見されるようにもなりました。

そこで幽門輪だけを切除し、胃の大部分を残す術式を開発したところ(SSPPD)、転移のリスクは大きく変わらないことがわかりました。また、食事が詰まってしまうこともなくなり、合併症も減りました。さらに、手術後も患者さんが食事を美味しくしっかり摂ることができるので、その分回復も早くなり、術後治療も速やかに行えるようになりました。

 

今までの切除範囲(cPD・PPPD)と現在の切除範囲(SSPPD)
今までの切除範囲(cPD・PPPD)と現在の切除範囲(SSPPD)

膵臓がん手術の常識を見直す−激しい下痢や体重減少を引き起こす神経叢郭清

最後に「上腸間膜動脈神経叢郭清(しんけいそうかくせい)」という従来の手術方法の見直しです。膵臓がん手術を行うと、腸の動きがコントロールできなくなり、1日10回以上の激しい下痢を起こすことがあります。これは、先に述べた胃の切除と同様に、がんの転移を考慮し、膵臓の付近にある上腸間膜動脈の周囲の神経を手術の際に半分切除してしまうからです。

上腸間膜動脈に巻きついている神経には腸の働きを調節する役割があるため、少しでも傷ついたり、切除されてしまえば腸をコントロールできなくなり、食べた途端、下痢になってしまいます。

手術後に食事ができなくなれば、回復もそれだけ難しくなります。この合併症により10〜20kg体重が落ちてしまう患者さんもおり、このような事態に陥ると、術後治療を受けることが難しくなります。

そこで私は近年、必要がなければこの神経叢の郭清は行わず、なるべく神経を残して手術を行うようにしています。このようにすることで、術後患者さんは食事もスムーズに摂れるようになり、極度の下痢を起こすこともなくなります。

 

神経叢の位置
神経叢の位置

 

藤井 努

藤井 努先生

名古屋大学大学院医科学系研究科 消化器外科 准教授

名古屋大学大学院医科学系研究科消化器外科、准教授。「従来の慣習にとらわれず、あらゆることに挑戦する」というポリシーのもと、膵臓がん治療を「合併症の少ない手術」「化学治療・放射線治療を有効活用した集学的治療」という側面から向上させることに尽力

関連する記事