かつては5年後生存率が20%以下だった膵臓がん。最も治りにくく、手術でしか根治できない膵臓がんに「門脈カテーテルバイパス法」「Mesenteric approach」という2つの新しい手術方法をもたらした外科医が、名古屋セントラル病院 院長の中尾昭公(なかお あきまさ)先生です。門脈カテーテルバイパス法とMesenteric approachとはいったいどんな手術なのか、中尾昭公先生に解説していただきました。
膵臓がんとは主に膵管の細胞にできるがんで、特に50歳以上の高齢の男性に起きやすいがんです。膵臓がんの死亡数は年間3万人程度で、これは膵臓がんの罹患数とあまり変わりません。つまり、膵臓がんは見つかると非常に治りにくいがんなのです。
膵臓がんには特徴的な症状がありません。自覚症状が比較的少ないことも、膵臓がんの発見の遅れと高い死亡率につながっています。何となく腹痛がする、食欲がない、体重が減るといった症状が起こりますが、これは膵臓がん特有のものではなく他の病気でもよくみられる症状のため、早期発見が難しいです。それに加え膵臓は胃の裏側という体の奥にある臓器のため検査が困難なことも、早期発見を難しくしています。
膵臓がんを根治させるには、手術しかありません。膵臓がんは進行の早いがんのため、発見され手術が可能と判断されたら、早期に手術に踏み切ることが大切です。膵臓がんのステージがⅠ〜Ⅲ、Ⅳaの一部において手術が実施されます。
膵臓がんの多くは膵頭部という膵臓の先が丸く膨らんでいる部分にできます。この膵頭部にできたがんを取る手術が、膵頭十二指腸切除術です。
膵頭十二指腸切除術は膵頭と一緒に十二指腸や胆管・胆のうを切除します。がんが胃の近くまで広がっている場合は胃の一部も切除することがあります。がんは時により血管まで浸潤していることもあるため、その際には血管ごと切除して血管再建術を行います。
膵臓がんは進行が早く、血管に浸潤していることが少なくありません。特に門脈という腸から大量の血液が送られる太い静脈に浸潤すると、従来は手術不可能だといわれていました。もし門脈にまで及んだ膵臓がんを切除しようすれば門脈から大出血を起こし、患者さんの命を危険にさらしてしまう可能性があるからです。
しかし私は「門脈に及んだ膵臓がんも技術力で安全に取れる方法があるはずだ」と試行錯誤を重ねました。そして門脈の血液を特殊なチューブで迂回(うかい)させることで門脈の血流を止め、門脈からの出血のリスクなく手術できる「門脈カテーテルバイパス法」を開発し、1981年に1例目の臨床を行いました。門脈カテーテルバイパス法によって膵臓がんを門脈と一緒に取れるようになり、門脈にまで浸潤した膵臓がんの患者さんの手術も可能になりました。膵臓がんの切除率は平均30%程度ですが、この門脈カテーテルバイパス法を用いた私の手術では、切除率は65%まで向上しました。
門脈カテーテルバイパス法は膵臓がんの門脈合併切除のために開発した術式ですが、肝移植や胆管がん、肝臓がんの切除にも使用することができます。
たとえば肝臓がんが下大静脈に浸潤した際に門脈カテーテルバイパス法を用いて下大静脈の血液を心臓に送ることで血液を止め、下大静脈ごと肝臓がんを切除する、などといったように応用できます。
がんの手術においては、がんに触ったときにがん細胞が血液やリンパ節に乗って飛散しないために入ってくる血液と出て行く血液をすべて止めてから、なるべくがんに触らないで手術をするのが理想だといわれています。これを「ノンタッチ・アイソレーション」と呼びます。しかしながら実際、膵臓がんは体の奥深くにあり多数の臓器に囲まれているため、膵臓をつかんで起こさないと手術ができません。そのためノンタッチ・アイソレーションは不可能ではないかといわれていました。
膵臓がんの手術において膵臓の病変に到達するには、膵頭部を後腹膜から持ち上げて手で握りながら手術をすること(Kocherのマニーバー)が通常です。これではがんを触ってしまいますから、私は膵臓に触ることなく膵臓がんに到達する方法を考えました。それが今から説明するMesenteric approachです。
Mesenteric approachはトライツ靭帯から十二指腸下行脚下縁に向かって腸間膜根部に横切開し郭清(かくせい・周辺のリンパ節を切除すること)していくことによって上腸間膜動脈と上腸間膜静脈、中結腸動脈を露出しながら郭清します。そして周囲の血管を縛り、血液の流れを止めます。
がん細胞はリンパ節に転移しやすいため、郭清することによってがんを根治・予防します。がんではないところから郭清し、がんのない手術領域を確保することで膵臓がんに触れることなく安全にがんに到達、切除できるのです。
門脈カテーテルバイパス法とMesenteric approachにより、がんに触ることなく安全に膵臓に到達でき、そして門脈カテーテルバイパス法を用いて門脈の血液を止めることで、切除が難しいとされる膵臓がんの切除率は大幅に向上しました。併せてテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤やパクリタキセル(アルブミン懸濁型)、ゲムシタビン塩酸塩などの抗がん剤による化学療法を利用し、今では膵臓がん切除例の5年生存率は40%にまで上がっています。一昔前の膵臓がん切除例の5年生存率が10〜20%だったことを考えると、これは飛躍的な伸びだと思います。
もちろん化学療法の発展が生存率の向上に寄与しているのは確かです。しかしそれ以上に門脈カテーテルバイパス法とMesenteric approachによって限りなく出血を抑え患者さんの体の負担を極力少なくしたことも、膵臓がんの生存率向上に寄与したのではないかと私は考えています。
実際、私のもとには世界中から医師が手術見学に訪れます。非常に技術力を要する手術ですから、門脈カテーテルバイパス法とMesenteric approachの手術手技を獲得するのは容易なことではありません。それでも多くの膵臓がんの患者さんにこの手術を受けてもらうために、これからも門脈カテーテルバイパス法とMesenteric approachの手術手技を伝えていきたいと考えています。
名古屋大学 名誉教授、名古屋セントラル病院 院長
日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器病学会 消化器病指導医・消化器病専門医日本肝臓学会 肝臓専門医日本内視鏡外科学会 会員日本交通医学会 会員日本肝胆膵外科学会 肝胆膵外科高度技能指導医
膵臓がん治療の進歩に寄与
自覚症状が乏しく、早期発見が難しいとされていた膵臓がんに対し、名古屋大学医学部第二外科にて、「門脈カテーテルバイパス法」および「Mesenteric approach」という2つの手術方法を開発。後進への手術技術の指導に尽力し、膵臓がん治療の進歩に寄与している。
中尾 昭公 先生の所属医療機関
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