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大腸がんに対する腹腔鏡下手術の歴史と発展――より安全に手術を受けていただくために

大腸がんに対する腹腔鏡下手術の歴史と発展――より安全に手術を受けていただくために
渡邉 純 先生

関西医科大学医学部 下部消化管外科学講座 主任教授

渡邉 純 先生

目次
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大腸がんにおける腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)は、1993年に初めて日本で行われて以降、導入初期より慎重に有効性の確認と安全性の確立を進め、徐々にその適応範囲を拡大していきました。2019年現在も、大腸がんに対する腹腔鏡下手術は、さらなる発展と適応拡大を目指した研究が続けられています。患者さんにより安全に手術を受けていただくために、腹腔鏡下手術には、今後どのような発展が望まれるのでしょうか。横浜市立大学附属市民総合医療センター消化器病センター外科 准教授の渡邉純先生にお話しいただきました。

昨今の腹腔鏡下手術では、記事7で述べたようなメリットをさらに推し進めるためのさまざまな試みがなされています。たとえば、穴の数を少なくする、または、傷を小さくするための方法の検討です。傷を小さくすることで、腹腔鏡下手術におけるさらなる低侵襲化(体への負担が少ないこと)を期待することができます。

腹腔鏡下手術の標準的な方法は、おへそに1か所、周辺部位に4か所の穴を開けて行う多孔(たこう)式腹腔鏡下手術です。近年、この穴を1か所に限定する「単孔式腹腔鏡下手術」と呼ばれる方法が登場しました。単孔式腹腔鏡下手術は、おへそ1か所のみを切開して3cm程度の穴を作り、そこからカメラや鉗子(かんし)などの器具を入れる方法です。手術跡がおへそに隠れて目立たなくなるというメリットがあります。

創部(単孔式)

 
創部(単孔式)

腹腔鏡下手術には、開腹手術よりも高度な技術が必要とされます。そのなかでも単孔式腹腔鏡下手術は、1つの穴に全ての器具を入れて手術を行うため、さらに高度な技術が要求される方法です。多孔式腹腔鏡下手術と単孔式腹腔鏡下手術の手術成績については、臨床試験を行い、その結果を2019年度までの複数年に渡り追跡していました。2020年度には、5年再発率・5年生存率といった長期成績における結果が出る予定です。

日本における腹腔鏡下手術の歴史は、1993年に初めて本邦で大腸がんに腹腔鏡下手術が行われてから、2019年現在で30年弱ほどです。日本の医師たちが、腹腔鏡下手術が適応されつつあったアメリカで学んだ技術を国内に広めたことが始まりです。日本における大腸がんに対する腹腔鏡下手術は、胃や肝臓などほかの臓器に先んじて、比較的広く普及しています。

日本における大腸がん腹腔鏡下手術の歴史は、適応を少しずつ広げながら、安全性を担保し続けた歴史であるともいえます。開腹手術に比べて新しい治療法であるために、導入初期には腹腔鏡下手術の適応を早期がんやステージの低いがんに制限しつつ、有効性の確認と安全性の確立を両立させながら、徐々に適応の範囲を広げていきました。大腸がんにおける腹腔鏡下手術の適応拡大の動きは、2019年現在でも続いています。

また、消化器領域における腹腔鏡下手術はがん治療だけに留まらず、虫垂炎(盲腸)や腸閉塞(ちょうへいそく)胃穿孔(いせんこう)など緊急性の高い病気に対しても適応が期待されています。

腹腔鏡下手術のメリットは、侵襲性が低いことだけにとどまりません。2019年7月現在、当院では、大腸がんの腹腔鏡下手術にICG蛍光法という方法を利用しています。ICGと呼ばれる特殊な色素は、腹腔鏡の近赤外光カメラで観察すると蛍光観察(光って見える)することができます。

これを応用して、 腸管の血流を術中に観察する、リンパ節を蛍光観察する、リンパの流れを術中に観察することなどができます。また、術中にリアルタイムに蛍光観察することによって、手術の精度を上げたり、安全性を高めたりするような取り組みをしています。

ICG使用中

ICG使用中

ICG流血評価

ICG流血評価

ICG直腸がん側方リンパ節

ICG直腸がん側方リンパ節

ICGリンパ流

ICGリンパ流

直腸がんの手術後、人工肛門になることに対して抵抗感を抱く方はやはり多く、できる限り自分自身の肛門を残したいと希望される方も珍しくありません。そのような患者さんの希望に応えるため、当院では、がんを切除しつつ、極力肛門を温存するための手術方法を追求しています。その方法とは、経肛門的な腹腔鏡下手術と通常の腹腔鏡下手術を併用して、がんを切除しながら、肛門をできる限り温存する手術です。この手術の詳細は、記事9でお話しします。

また、下部直腸がんの16~23%には側方リンパ節転移が存在するため、直腸がんに対しては、側方リンパ節郭清が推奨されています。従来の方法では、側方郭清を行うにあたり開腹する必要がありますが、当院では腹腔鏡下で側方郭清を実施しています。

近年では、30歳代で大腸がんを発症するケースも増えており、将来的に妊娠・出産を検討している女性が大腸がんを発症することもまれではありません。

たとえば、大腸がんの手術後、仮に人工肛門になった場合でも、術後の妊娠・出産は可能です。ただし、ほとんどの患者さんは、がん治療中に妊孕性(にんようせい)の温存について考える余裕がないのが現状です。なかにはがんと分かった瞬間に、妊娠や出産をあきらめてしまう患者さんもいらっしゃいます。

補助化学療法を受ける場合は、治療後の妊娠の安全性が担保されません。男性の場合も、手術後に補助化学療法を受ける場合は性機能障害の合併症を生じるリスクがあります。このため当院では、将来的な妊娠・出産を検討している大腸がんの患者さんに対して、生殖医療センターにて精子・卵子の凍結保存を行っています*。がん治療によって妊娠・出産の機能に影響が及ぶ前に精子・卵子を凍結保存しておくことで、がん治療後に患者さんが安心して妊娠・出産できることを目指します。

*精子・卵子凍結保存に関する詳細は以下の記事をご参照ください。

妊孕性温存療法とは?男性・女性それぞれの治療法について

技術的にクリアしなければならない課題はありますが、腹腔鏡下手術はさまざまな点でメリットがある治療方法であることを、記事7および本記事で述べてきました。今後は、このメリットをさらに顕在化させるため、単孔式腹腔鏡下手術のような、より創部の目立ちにくい手法の考案が期待されます。

また、「体壁*の破壊を最小限に」と考えると、もともと体に開いている穴だけを手術に使う方法に行き着きます。おへそのほか、鉗子(かんし)(物をつかんだり引っ張ったりするための手術器具の一種)の数本を(ちつ)から入れて行う手術はすでに実践されています。

ロボット技術の導入による単孔()式手術の応用と発展

がんの手術において、ロボットの技術が続々と導入されています。

今後は大腸がんに対する腹腔鏡下手術も、ロボットを用いた手術へとシフトしていくであろうと考えています。これは一例ですが、たとえば手術用ロボットに自動車の自動ブレーキのような機能が実装されれば、将来的により安全性の高い手術ができるようになっていくのではないでしょうか。

本記事でご紹介した単孔式腹腔鏡下手術に、ロボットの技術が加われば、傷の大きさや数を最小限に抑えるとともに、手術の正確性や安全性の向上を目指すことが可能となるでしょう。

*体壁:内臓を守るように囲んでいる皮膚・筋肉。

腹腔鏡下手術は、外科医のあり方やキャリアにも影響を与えていると考えます。

腹腔鏡下手術では、術中の様子や術者の術野を腹腔鏡についているカメラで撮影し、記録することが可能です。手術の様子を映像資料として保管することにより、執刀医自身や助手をはじめ、腹腔鏡下手術の知識を得たい外科医が、いつでもその手術を後で見返すことができます。

実際に腹腔鏡下手術を行い、経験値を積むと同時に、映像資料を活用して知識を深めたり、復習を重ねたりすることで、よりいっそう外科医としての技術を磨くことが可能になると考えます。

とはいえ、腹腔鏡下手術に習熟した外科医はまだまだ不足しており、全国各地で腹腔鏡下手術を受けられるわけではないのが現状です。

そのような状況を改善するために、当院では神奈川県内の関連施設と連携し、若手外科医の育成に積極的に取り組んでいます。

大腸がんに対する治療では、「このステージならこの治療方法」というように、ガイドラインに則した治療方針が展開されています。確かに、標準治療を設定することはもちろん、ガイドラインに即した治療を行うことも重要です。しかし、治療を受ける患者さんが持つ背景は一人ひとり異なります。

たとえば、腹部の手術跡をなるべく残したくないと単孔式腹腔鏡下手術を望む方もいらっしゃいますし、安全性を重視し、単孔式腹腔鏡下手術に比べて実績が多い多孔式腹腔鏡下手術を望む方もいらっしゃいます。個々の患者さんに見合った治療方法を可能な範囲で提案し、実行することが大切です。

標準的治療としての位置付けに加え、オーダーメイドのように患者さんが選択できる方法として腹腔鏡下手術が進展していけば、これまで以上の役割を果たすことになるのではないでしょうか。

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    渡邉 純 先生

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