大腸がんの腹膜播種は、大腸がんのステージIVにあたり、抗がん剤治療を行っても根治することは難しいとされてきました。しかし、中には、腹膜切除や術中腹腔内温熱化学療法(HIPEC)という治療により改善できる可能性がある患者さんもいらっしゃるため、治療法の適応は慎重に検討するべきなのだと、合田 良政先生は言います。
今回は、大腸がんの腹膜播種の治療方法について、国立国際医療研究センター病院の合田先生にお話を伺いました。
大腸がんの腹膜播種、肝転移、肺転移などの遠隔転移に関する標準治療は、抗がん剤治療となっています。従来、大腸がんに対する抗がん剤の投与は効果がないとされてきましたが、オキサリプラチンをはじめとした新しい抗がん剤や分子標的薬剤*の登場により、切除不能の進行・再発大腸がん**の成績は、著しく改善してきています。近年では、遺伝子解析も併用されるようになりました。
ただし、抗がん剤治療で根本的に治療ができるケースは限られており、抗がん剤治療で病状をコントロールできるのは2年程度だといわれています。
*分子標的薬剤:病気の原因となっているたんぱく質などを標的にして作用する薬剤。
**切除不能の進行・再発大腸がん:手術で取りきれないほど進行した大腸がんや、手術後に再発した大腸がん。
大腸がんが肛門に近い場所に発生していて肛門を温存するのが難しい場合や、腹膜播種が進行して腸閉塞になっている場合、人工肛門が必要になる場合があります。患者さんの生活の質が低下しないよう、どうしても必要な場合にのみ、人工肛門の造設を検討します。
大腸がんの腹膜播種は、手術によって切除できる場合は“腹膜切除”を検討すべきだと、私は考えています。
大腸がんには、ほかの消化器がんと異なる特性があります。すなわち、大腸がんは遠隔転移があっても転移巣を切除できれば治癒が可能ながんだということです。
〈切除後5年生存率〉
(『大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版』より)
これらのデータは、ランダム化比較試験ではなく、日本の医師が経験した症例の蓄積により出されたデータですが、ステージIVの場合にも切除できれば成績が上がるといわれています。
このような「遠隔転移があっても切除できれば治癒し得る」という概念は、肺や肝臓に転移した場合だけでなく、腹膜播種に対しても適用となるのではないかと考えています。ただし、腹膜播種は手術で取り除くことが難しいため、肺や肝臓への転移と比べると研究が進んでいないことが現状です。
近年では、主に欧米において、大腸がんの腹膜播種に対して積極的に手術が行われるようになっています。
標準治療はあくまでも抗がん剤治療です。しかし、抗がん剤治療で治癒し得る可能性は数パーセントとされています。『大腸がんの腹膜播種に対する治療のトピックス』で述べる条件を満たす患者さんは、切除により治癒し得る可能性があります。ただし、切除は患者さんの体への負担が大きく、合併症の可能性もある大がかりな手術となるため、適応については慎重に検討します。
大腸がんの腹膜切除は、米国ワシントンがんセンターのシュガーベーカー博士が開発・発展させた手術法です。アメリカ・イギリス・ドイツ・オランダ・ベルギー・フランス・イタリア・スペインなど世界各国の主要な施設で行われています。この治療法では、がんが発生している部分(大腸)のほかに、がん細胞がばら撒かれている臓器(脾臓、胆嚢など)や腹膜の切除まで徹底的に行い、肉眼でがん細胞を確認できる部分(少なくとも2.5mm以上)を全て切除します。
当院における腹膜切除の平均手術時間はおよそ8時間です。腹膜切除では、がん細胞がばら撒かれている臓器の臓側腹膜や壁側腹膜の範囲に合わせて、手術術式のいくつかを組み合わせることが一般的です。その際、多くの場合は複数の臓器を切除することになるため、「これだけ多くの臓器を切除しても大丈夫なのか」と不安に思われる患者さんもいらっしゃるかと思います。しかし、切除するのは病気がある部分のみです。
ばら撒かれているがん細胞(播種)が少ない場合は、それだけ切除する臓器が少なくなり、手術時間も短くなります。
腹膜は、壁側と臓側の腹膜により構成されています。壁側腹膜は特殊な技術を用いて切除しますが、臓側腹膜は臓器を一緒に切除することで摘出するため、いくつかの臓器を犠牲にすることになります。ただし、これらは切除しても生きていくことができる臓器です。
大腸がんの腹膜播種に対して行われる腹膜切除の術式は、以下のとおりです。これらを組み合わせることで、術者に見える限りは徹底的に播種を取りきることになります。誤解しないでいただきたいのは、これらの全ての臓器を切除するということではなく、播種がある所だけを切除するということです。つまり、播種の程度が軽ければ切除する臓器は少なくなります。
小腸だけは、切除すると水分や栄養を吸収できなくなることから、全てを切除すると命に関わります。そのため、小腸に播種が多い場合には、腹膜切除にて播種を取りきることは難しくなります。
『大腸がんの腹膜播種とは? 進行と症状について』でご説明したように、Peritoneal Cancer Index(PCI) scoreという分類方法で小腸だけを独立させ、さらに4か所に分けて分類しているのも、小腸が特に重要な臓器だからです。よって、当院では、腹腔鏡を用いて小腸に播種があるかどうかをしっかりと確認することを心がけています。
ただし、小腸は4mほどの長さがある臓器です。半分以上切除することは難しいものの、一部であれば切除することが可能です。
術中腹腔内温熱化学療法(Hyperthermic Intraperitoneal Chemotherapy : HIPEC)とは、抗がん剤治療の1つです。抗がん剤を溶かした生理食塩水を42℃程度に温めて、お腹の中に直接投与します。約1時間かけて抗がん剤をお腹の中に循環させた後、最終的にお腹を縫って閉じます。
腹膜切除にて徹底的にがんの切除を行っても、肉眼での確認が難しい2.5mm未満の微小ながんを取り除くことはできないかもしれません。そのため、腹膜切除を行っても取りきれなかった腫瘍を死滅させるために、HIPECを行います。この合わせ技で全ての腫瘍細胞を死滅させ、治癒(腫瘍を全て取り除き再発を防止すること)を目指しています。
ただし、HIPECを行う場合、治療は保険適用外となり、自己負担額は10割負担の自由診療となります。また、『大腸がんの腹膜播種に対する治療のトピックス』で述べるように、腹膜切除とHIPECを組み合わせた治療効果はまだ証明されておらず、現在、当院では大腸がんの腹膜播種に対するHIPECを実施していません(2020年3月時点)。
腹膜切除は大がかりな手術のため、術後にすぐ回復するということはありませんが、腹膜切除を行った後は3か月程度で通常の生活に戻ることが期待できます。手術の規模や合併症の有無などにより個人差はありますが、術後、寝たきりになるような手術ではありません。また、直腸を切除した場合は、一時的に人工肛門が必要となる患者さんもいらっしゃいます。約3か月後に人工肛門をなくす手術をするので、最終的には人工肛門はなくなります。
腹膜切除は、患者さんにとって体への負担が大きい治療法であるため、全ての方に適応となるわけではありません。したがって、まずは治療実績がある医療機関にてセカンドオピニオンの受診をおすすめいたします。その際には、主治医の先生にご相談のうえ、患者さんの診療情報をセカンドオピニオン先の病院へご送付ください。セカンドオピニオン受診時には、患者さんの経過やCT検査の結果などをもとに、腹膜切除をご案内する場合があります。
国立国際医療研究センター病院 外科
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