腹膜偽粘液腫とは、主に虫垂(盲腸から細く伸びた器官)にできた腫瘍が破裂し、腹腔内にゼリー状の粘液が散らばる病気です。発症初期は無症状のことも多いですが、鼠径ヘルニアや急性虫垂炎、卵巣腫瘍として見つかることがあります。進行とともに腫瘍細胞が増殖すると、お腹が張るなどの症状が現れるようになります。
発症頻度が低く、まれな病気といわれている腹膜偽粘液腫。今回は、腹膜偽粘液腫の治療に取り組んでいらっしゃる国立国際医療研究センター病院の合田 良政先生に、この病気の原因や症状についてお話しいただきました。
腹膜偽粘液腫とは、主に虫垂に、粘液をつくりだす腫瘍が生じ、その腫瘍が破裂することで、腹膜と呼ばれる薄い膜で覆われた空間である腹腔内に多量のゼリー状の粘液が散らばる病気です。粘液の中には腫瘍細胞が存在しているため、腫瘍細胞ごと腹腔内に広がります。
進行すると、徐々に腫瘍細胞が増殖していき、お腹の張りなどの症状が現れるようになります。
破裂することで腹膜偽粘液腫を引き起こすことになる腫瘍が生じる部位(原発巣)は、主に虫垂や卵巣です。ほかには、結腸、胃、胆嚢、膵臓、尿膜管などに生じる場合もあります。
日本を含むアジアでは、腹膜偽粘液腫の十分な疫学調査がいまだ実施されておらず、日本における正確な患者数は明らかになっていません(2020年3月時点)。ただし、疫学調査が実施されているイギリスでは、年間の発生頻度は、100万人あたり1人程度と報告されています。発症頻度が低く、まれな病気といえるでしょう。
腹膜偽粘液腫は、中年の女性に多いといわれています。しかし、幅広い年代の男女に発症する可能性のある病気です。当院にも、これまでに20〜80歳代まで、幅広い年代の患者さんが受診されています。
腹膜偽粘液腫をがんの一種だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、その特徴はがんとは少し異なります。
典型的な腹膜偽粘液腫の粘液に含まれる腫瘍細胞は“良悪性”といわれており、胃がんや大腸がんなど一般的ながんとは性質が異なります。悪性とは言い切れない性質を持ち、非常にゆっくりと増殖する点が特徴です。
また、一般的ながんは、がん細胞が血液に乗りほかの臓器やリンパ節に転移します。しかし、腹膜偽粘液腫の腫瘍細胞は、血液やリンパ節を通して転移することはほぼありません。
大腸や胃、肝臓などの臓器は、腹膜という薄い膜で覆われている腹腔内に存在しています。腹膜偽粘液腫では、以下の図のように腹腔内にゼリー状の粘液が貯留していきます。
腹膜偽粘液腫の原因は、いまだ明らかにはなっていません。世界中で、原因を特定しようとする研究が継続されています。当院でも遺伝子解析に取り組み、原因を解明するために症例を蓄積しています。
典型的な腹膜偽粘液腫では、発症初期の段階では無症状と考えられています。腫瘍細胞を含む粘液が腹膜内で徐々に増殖していくと、お腹が張るなどの症状が現れるでしょう。太ったと思っていたら、病気によって腹膜に粘液がたまった状態であったというケースもあります。
また、腹部や骨盤に腫瘤(こぶのこと)が現れることもあります。これらの腫瘤は、ケーキ様大網*や卵巣の腫瘤によって生じるケースがあると考えられます。
*ケーキ様大網:胃にぶらさがっている脂肪組織を主体とする腹膜の一部である大網がケーキのように硬くなること。
腹膜偽粘液腫が原因で、虫垂が腫れる急性虫垂炎や鼠径ヘルニアを発症するケースもあるといわれています。
腹膜偽粘液腫が起こると、虫垂が腫れることで、急性虫垂炎が起こるケースがあります。
実際に、急性虫垂炎を疑い、腹部を確認したら粘液が確認できたために、腹膜偽粘液腫が発見されたという例も少なくありません。
粘液がお腹の中を飛び出すことで脱腸の状態となり、足の付け根が腫れると、鼠径ヘルニアが起こることがあります。鼠径ヘルニアの手術に際し粘液が認められることで、腹膜偽粘液腫が発見されることもあります。
女性の場合には、卵巣が腫れる卵巣腫瘍をきっかけに発見されるケースも少なくありません。この場合、卵巣に腫瘍細胞を含む粘液が充満することで、卵巣が腫れた状態になります。
典型的な腹膜偽粘液腫は、非常にゆっくりと進行します。そのため、発症初期には自覚症状が現れないケースも少なくありません。なかには、発症から数年以上が経過して初めてお腹が張っていることを自覚するケースもあるといわれています。
3ページ目で詳しくお話ししますが、進行していないケースでは、粘液が広がった腹膜や臓器の切除などの治療によって根治を目指すことが可能です。しかし、診断が遅れたために病気が進行してしまった場合には、治療の選択肢が少なくなり、重症化するケースもあります。
腹膜偽粘液腫では、根治的な治療を行うことができない場合、病気の進行とともにさまざまな症状が現れるようになります。
典型的な例では、お腹が張るために食べる量が減っていき、最後は食べることができなくなります。胃の周囲にも粘液があるために胃の膨らみが悪くなり、食べられる量が減ってしまうのです。食欲や排便は通常どおりあるものの、体重が減少し低栄養が進行することで、最終的に亡くなるケースもあります。
粘液が腸を押すために腸の一部が狭くなると、腸閉塞になることがあります。腸閉塞を生じると腸がうまく働かなくなるため、さらに食事が難しくなります。
お腹が張るために呼吸が苦しくなり肺炎を起こすことがあります。
腹膜偽粘液腫では、典型的な良悪性のタイプでは、治療後5年間生存している確率は約80%で、まったく再発しない方は約60%という報告があります。しかし、細胞の悪性度が高いタイプであると、再発の可能性は、典型的なものよりも高くなると考えられます。
国立国際医療研究センター病院 外科
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