肝臓は「沈黙の臓器」ともいわれ自覚症状に乏しく、肝臓がんが見つかったときにはステージⅢ以上と進行していることも多くあります。肝臓がんの根治には肝切除が最善の選択ですが、高度進行肝臓がんでは肝切除ができない例も少なくありません。そこで近年取り組まれていることが、肝臓がんを化学療法などで小さくして肝切除ができる状態にまでもっていく「ダウンステージング」です。肝臓がんのダウンステージングとはいったい何か、ダウンステージング後に肝切除を行った場合の生存率などについて、戸畑共立病院 外科顧問、消化器外科部長の奥田康司先生にうかがいました。
肝臓がんには、ラジオ波焼灼術などの局所療法、手術による肝切除で完治することができるものと、そうでないものがあります。局所療法、肝切除で治療することができない多発性の肝臓がんや大きな肝臓がん、門脈、下大静脈などの大血管にまで浸潤した肝臓がんのことを合わせて高度進行肝臓がんと呼びます。
これらの高度進行肝臓がんは従来化学療法などで進行を食い止めることしかできませんでした。そこで肝切除や肝移植といった手術ができるようにまずは化学療法などを駆使してがんを小さくしようという試みが「ダウンステージング」という概念です。
ダウンステージングを行う肝臓がんは、多発性のがんや巨大ながん、血管に浸潤したがんなど切除や局所療法が適用でないものに対して行われます。そしてダウンステージングでがんの縮小が認められれば肝切除に踏み切って根治を目指します。ダウンステージングでがんが小さくなると、その後の治療は肝機能が悪い例では局所療法や肝移植なども条件によっては選択肢となります。
以前は減量手術といって、巨大ながんでたとえすべて取りきれなくてもできるだけ手術をしてがんを取るということを行っていました。なかには長期にわたり生存される方もおられましたが、がんを体内に残しておくと術後早期に亡くなる方も多くみられました。せっかく患者さんの体に負担をかけて手術を行っても早期に亡くなってしまう状況があまり好ましくないというのは皆さんも感じることでしょう。ですから、ダウンステージング後の肝切除はがんをすべて取りきる、かつ5年後生存率が40%を超えるような場合のみという方針で実施しています。
ある病院からの紹介例で検討すると、UICC分類ステージⅢ(径5cm以上の多発、あるいは大血管に浸潤した肝がん)の高度進行肝臓がん55例のうち、はじめから切除ができたのが4例、残りの51例のうち1回目の治療でダウンステージングが確認でき肝切除が可能になった例が計7例、1回目だけでは十分な効果が得られず、2回目の治療でダウンステージングが見られ肝切除が可能になった例が2例でした。つまり、全体で51人の当初は切除ができなかった肝臓がんの患者さんのうち、ダウンステージングによって肝切除ができた例は合計9例で、割合として約18%となっています。
現在は18%ですが最近はより有効な化学療法も導入され、さらに様々な治療法を組み合わせていけば、今後ダウンステージングでの肝切除はもっと高い割合で可能になっていくと思います。実際にNew FP療法という大型の肝臓がんに効果のある治療法が新たに開発されています。
次章では肝臓がんのダウンステージングで用いられる治療法について詳しく説明します。
肝臓がんのダウンステージングのための治療には、肝動注化学療法(HAIC)や肝動脈塞栓術(TACE/TAE)のほか、分子標的薬が使われています。
肝動注化学療法は肝臓がんに有効な薬(抗がん剤)を、カテーテルを用いて肝動脈から直接肝臓に注入する方法です。肝臓に直接薬を流すためがんに到達する抗がん剤の量が多く、また全身に流れる抗がん剤は少なくて済みます。そのため副作用が少なくて済みます。
この治療を行うにはカテーテルやリザーバー(薬をカテーテルに流す装置)を体の中に埋め込む必要があります。
肝動注化学療法と同じく肝動脈にカテーテルを入れ、肝動注化学療法よりもよりがんの近くまでカテーテルを通したのちに大量の抗がん剤と血管を塞ぐ作用のある薬を注入する方法です。正常な肝細胞は門脈(腸からの血液を肝臓に流し込む太い静脈)と肝動脈の両方から酸素や養分を受け取り、肝臓がんのがん細胞は肝動脈からのみ酸素を得ているため、肝動脈を塞栓することでがん細胞のみを選択的に死滅させることができます。さらに抗がん剤を同時に投与することでがん細胞の死滅効果を高めます。
抗がん剤と血管を塞ぐ薬を両方投与する肝動脈塞栓術を「TACE」、抗がん剤を投与せずに血管を塞ぐ薬のみを注入する方法を「TAE」といいます。
肝動注化学療法と違い、カテーテルを体内に埋め込んだままということはありません。
分子標的薬はがん細胞を増殖・転移させる働きを持つ物質のみに作用する薬です。抗がん剤と違い正常な細胞へのダメージが少ないため、抗がん剤のように重い副作用が出るリスクを下げることができます。
肝臓がんで主に使われる分子標的薬はソラフェニブトシル酸塩です。ソラフェニブトシル酸塩はがん細胞の増殖を抑制したり、血管新生(がん細胞に酸素や栄養を与える血管を新たに作ろうとする働き)を阻害するため、がんの進行・転移を抑えたりすることができます。
巨大ながん、多発性のがん、血管に浸潤しているがんの患者さんを、ダウンステージングを行ってから肝切除した例とダウンステージングを行わずに肝切除した例とにわけて生存率を調査した結果が以下のグラフです。
最初から切除した患者さんは、5年後の生存率は16.5%、一方ダウンステージングを行ってから肝切除した患者さんの5年後生存率は61.3%と大きく差が開いています。同じ肝切除をしたにもかかわらずここまで差が出るということは、ダウンステージング治療は患者さんの生存期間延長に寄与しているといえるでしょう。
このように高度進行肝臓がん切除におけるダウンステージング治療は有用であるにもかかわらず、ダウンステージング治療はまだ一般的ではありません。担当医師がダウンステージング治療の考えや治療選択肢を持たないために生存期間が大きく変わってしまう肝臓がんの患者さんも多くおられると思います。
高度進行肝臓がんにおいては、一つの治療法にこだわらずに他科とも連携しながらさまざまな治療法を適切に組み合わせる集学的治療が重要と考えています。たとえ当初は外科治療ができなくても化学療法などを併用して諦めずに集学的治療を続けていくことが、高度進行肝臓がん根治の最善の道といえるでしょう。
戸畑共立病院 外科顧問、消化器外科部長
戸畑共立病院 外科顧問、消化器外科部長
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本肝胆膵外科学会 肝胆膵外科高度技能指導医
久留米大学肝胆膵部門 教授を退官後、戸畑共立病院 外科顧問ならびに消化器外科部長として勤務。全国平均を大きく上回る肝臓がんの治療成績を残し、日本の肝臓がん治療を支えている。「世界に冠たる日本の肝臓がん治療に携わっていることを光栄に感じています。25年以上進行肝臓がんに対する治療を行ってきましたが、最近の治療成績の向上には目を見張るものがあります。進行がんであっても諦めないことが大事。」
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