がんの放射線治療が進歩した現在でもなお、食道がんに対する治療法は「手術しかない」と広く認識されています。しかし、一般的な食道がんの手術では食道を切除し、その代わりの食道を作るのに胃を使うため、術後のQOL(生活の質)の低下が懸念されます。果たして本当に食道がんに放射線治療は効かないのでしょうか。食道がんに対する放射線治療と手術の治療成績と術後の合併症発症率の差を、高邦会高木病院放射線治療センター長の早渕尚文先生にお話しいただきました。
冒頭でも述べたように、一般的には食道がんに対する治療法は「手術しかない」とされる傾向があります。しかし、私が以前勤務していた久留米大学病院に、大きな食道がんにより水しか飲めない状態になり、それでも他院での手術を拒んで来院された患者さんがいました。放射線治療によりこの患者さんの食道がんはほぼ完治させることができ、治療前と同じ仕事で社会復帰も果たされました。このように、放射線治療は手術と同等の効果があります。ただし、「肺がんに対する手術と定位放射線治療の成績の比較」と同じくこちらも後ろ向き試験だけで「手術と変わらない」と断定してしまうことはできません。次項では、東北大学病院で行われた、放射線治療と手術成績を比較する前向き試験についてお伝えします。(Ariga H , et al Int J Radiat Oncol Biol Phys 2009)
手術可能な食道がん患者を患者の希望で放射線治療+抗がん剤51名と手術48名に振り分け治療する。
前向き試験の結果、驚くべきことに放射線の方が治療成績がよいという結果が出ました。
内容について簡単にご説明しましょう。局所及び広い範囲のリンパ節の郭清まで含めて手術を受けたグループの方は、手術を行った範囲内からの再発は少なかったのですが、遠隔転移再発が放射線治療を受けたグル-プに比べ圧倒的に多かったのです。これは私の考えですが、食道がんの手術は長時間を要する「生きるか死ぬか」というほどの大手術ですから、それだけ免疫力や抵抗力も落ちてしまいます。これにより遠隔転移が生じやすくなり、それが死因となってしまったのではないかと考えています。
QOL(生活の質)の比較
化学放射線療法群
手術群
食道温存例
救済手術施行例
総合健康状態
79.0
59.8
65.8
役割機能
社会的機能
90.7
91.7
66.7
74.2
78.3
80.9
<合併症>
疲労感
疼痛
嘔気、嘔吐
下痢
21.9
2.8
2.4
11.1
6.5
43.3
10.6
7.6
21.2
33.3
32.5
12.1
9.9
26.2
27.0
※化学放射線療法=抗がん剤を併用した放射線治療
上の表中の「救済手術(サルベージ手術)」とは、放射線治療後にがんの残存や再発が見つかった際に行う手術のことです。救済手術が必要になった症例は化学放射線療法群のうち、およそ3分の1ありました。
しかし、合併症の欄を見ていただければわかるように、「下痢」を訴える患者の割合は、手術群や救済手術施行群の方が圧倒的に高くなっています。これは、食道がんの手術では食道を切除し、胃を使って食道を再建する(すなわち、胃の働きをする臓器がなくなる)ことにより「ダンピング症候群」が起こってしまったからであると考えられます。ダンピング症候群とは、胃の切除手術後の食事の際に食べ物が胃にとどまらず腸へと落ちてしまうことで、下痢や嘔吐、腹痛などの症状が引き起こされる疾患です。また、疼痛や嘔気、嘔吐なども、手術のほうが高い確率で起きています。
一方、術後の総合的な健康状態や役割機能は、化学放射線治療を受けたグループの方がよいものとなっています。
これほどまでに手術成績と術後のQOL(生活の質)の差があるならば、最初から手術を選択するのではなく、まず化学放射線治療を選択し、必要に応じて救済手術を施行するという方法を考慮してもよいのではないでしょうか。
高邦会高木病院 放射線治療センタ-長
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