近年大幅に増えているがんの代表として前立腺がんが挙げられます。前立腺がんでは放射線治療を希望される方が増加しており、その理由は手術の重大な後遺症として尿漏れやインポテンツ(ED)が挙げられるからです。放射線治療ではこれらの後遺症をどの程度防ぐことができるのでしょうか。前立腺がんに対する放射線治療と手術の比較試験結果を、高邦会高木病院放射線治療センター長の早渕尚文先生にお話しいただきました。
前立腺がんで放射線治療を希望される患者さんは非常に増えています。この理由は、手術によりインポテンツ(ED)や尿失禁(尿漏れ)の後遺症が起こる可能性を懸念される方が多いからでしょう。高齢者の方に多いがんなので、特に後者の尿失禁を不安視される方が多く見受けられます。
このような機能障害が起こりやすい理由は、前立腺がんが膀胱の入り口付近に生じるがんだからです。手術をすることで、排尿をコントロールする膀胱括約筋(ぼうこうかつやくきん)を傷つけてしまい、結果的に尿失禁などの機能障害が残ってしまうというわけです。
ただし、放射線治療においても気を付けねばならない点は存在します。前立腺がんに放射線を照射する際に、そのすぐ後ろにある直腸にまで放射線が大量にあたってしまうと、直腸粘膜が障害されてしまいます。実際に、従来の照射方法では各角度から均一な線量での放射線照射しかできなかったため、周囲にまで多量の放射線をあてて障害を起こす危険性が存在しました。これを防ぐために、高木病院では照射角度によって照射する範囲と強度を変えることができる「IMRT(強度変調放射線治療)」を導入しています。
ただし、便秘やガスで直腸が張っていたり尿量により膀胱の大きさが異なっていたりすると、そのわずか5mm程度の差により、直腸に放射線を過大に照射してしまう危険が生じてしまいます。ですから、IGRT(イメージガイド下放射線治療)で正確に前立腺の位置を確認しながら治療にあたる必要があります。場合によっては、治療前に慎重に直腸からガス抜きをすることもあります。このような理由で、IMRT(強度変調放射線治療)は放射線治療スタッフの充実した病院でのみ行われています。
このほか、低線量率密封小線源治療も、前立腺がんの治療においては有用です。この治療は、半減期の短い少量の低いエネルギ-の放射線を出すI(ヨ-ド)125の小さなカプセルを、前立腺内に永久に挿入しておく治療法です。周囲に与える放射線量はごくわずかで、たとえばお孫さんをだっこするなど、人と普段通り接しても全く悪影響はありません。次項では、密封小線源治療と手術の治療成績を比較するために実施された前向き試験の結果をお伝えします。(Crook, JM et al. J Clin Oocol 2011)
悪性度が低く、死にいたる可能性が低い低リスク群の前立腺癌の密封小線源治療と根治手術との比較では、尿漏れの後遺症が残る頻度は圧倒的に前者のほうが低いという結果が出ました。手術を受けたグループは、1週間に1回以上、特に1日2回以上尿漏れを起こしてしまう方の割合が有意に高くなっています。
また、インポテンツについても同様に密封小線源治療の方が少ないということがデータで示されました。しかし、密封小線源治療のほうが明らかに合併症は少ないとしても、手術のほうが長期生存例が多ければ、やはり手術を選択するべきということになるでしょう。そこで、死に至る危険性もある前立腺がんの高リスク群に対する長期的治療成績を調査したところ、「放射線治療のほうが悪い」とは決していえない結果が出ました。このような試験結果から、高リスク群の前立腺がんの治療においても、放射線治療は非常に益のあるものであるということがいえます。
高邦会高木病院 放射線治療センタ-長
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