手術支援ロボット「ダヴィンチ」の最新バージョンXiに搭載された蛍光カメラによって、前立腺からのリンパの流れを視覚的にとらえることが可能になりました。帝京大学医学部附属病院では、臨床試験として現在この手法によるリンパ節郭清術を実施しています。臨床試験によって得られるデータは前立腺がんの治療にどのように生かされていくのでしょうか。帝京大学医学部附属病院泌尿器科教授の山口雷藏先生にお話をうかがいました。
記事1 「前立腺がんの治療-ダヴィンチXiによる最新のロボット手術」でご説明したように、ダヴィンチXiの蛍光カメラを用いて観察すると、前立腺の骨盤内でのリンパの流れを視覚的に捉えることができます。もちろんこれは単純にリンパの流れを示しているだけですので、そこに100%がんがあるわけではありません。しかし、やみくもに郭清するよりは、本当に転移のあるリンパ節が出てくる確率が高くなります。
現在、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層撮影)によって、術前にある程度転移の可能性のあるリンパ節の位置を確認することができます。このような手法と我々がやっている術中のリンパ節郭清ナビゲーションを組み合わせることによって、PETで染まっているリンパ節をダヴィンチで確実に取っていけば、本当にがん細胞が転移しているリンパ節を取れる確率がより高くなります。
そうなれば、高リスクの前立腺がんの手術成績を上げることができますし、今までは手術を希望されていてもホルモン治療併用の放射線照射を勧めていたような患者さんにとって、手術が放射線治療に取って代わる治療になりうる可能性があります。
現在、ダヴィンチの最新機種Xiを導入している施設であっても、ICGという蛍光色素をこのような目的で使うことは保険適用になっていないため、臨床試験を組んでいなければできません。よって、帝京大学病院は臨床試験によってこの手術を行っています。
前立腺がんにおけるダヴィンチ手術のメリットはすでにさまざまなところで語られていますが、それはあくまでも低から中リスクの前立腺がんに対して行われていたものが中心でした。しかし我々はそうではなく、微小なリンパ節転移があるかもしれない、いわゆる高リスクの前立腺がんに対してダヴィンチ手術を行うメリットを追求しています。
なぜなら、低リスクの前立腺がんの中には直ちに治療をしなくても済むような症例も多く、そういったものは今後Active Surveillance(待機療法)の対象となっていくため、これまでのように何でも前立腺がんを直ちに手術するということにはならないだろうと考えられるからです。
したがって前立腺がんの手術の方向性としては、特に若年者であって中リスクのものに対してはできるだけ勃起神経を温存し、また高リスクのものに対してはできるだけPSA failureが起きないよう根治性を高めるという方向に今後向かっていくでしょう。その中で高リスクに対する鍵となるテクノロジーはこの蛍光カメラとICGを用いたダヴィンチ手術になってくると考えています。
術後のPSA failure、つまりPSA値の再上昇についてはいくつかデータがありますが、コンセンサスミーティングでも、センチネルリンパ節としてしっかり郭清した方が、術後のPSA failureが少ないというデーターが示されました。今後こういったデータを蓄積していくと、どのリンパ節を郭清していくのがよいのかというデータも積み重なって、リンパ節郭清の精度が上がっていきます。また、PSA failureがOS(全生存期間)と直接結びつくかどうかということについては、これから長期的なデータの蓄積が必要となりますが、少なくともPSAが再上昇する率を下げることは可能です。
我々が行っている臨床試験は2016年4月から始まったところです。夏までに10例程度、来年までに20例程度の症例を蓄積し、そのデータを出そうと考えています。
ダヴィンチXiの蛍光カメラはもともと血流を見るために搭載されたものですので、当初は腎臓の部分切除などで使われていました。我々はそれを前立腺のリンパの流れを見るために適用したというわけです。しかし血流を見るときと違って、どれくらいの濃度のICGを注射すればよいのか、あるいはどれくらいの時間が経過してから蛍光が見えるのかといった条件が異なりますので、それを見つけるまでにはかなりの試行錯誤がありました。
ダヴィンチのカメラとは別に内視鏡で蛍光が見られるカメラを横から挿入して、ダヴィンチで前立腺の手術をしながら別の蛍光カメラで見るという方法があります。日本でもこの方法で手術を始めている病院がいくつかありますが、中リスク〜高リスクの前立腺がんのリンパ節郭清を行った結果、20%弱にリンパ節転移があったということがわかってきています。
かつて私が国立がんセンター(現・国立がん研究センター)にいた当時、前立腺がんの手術では閉鎖節領域のリンパ節郭清をほぼ全例に対して行っていましたが、数百例のうち転移があったのはわずか数例でした。つまり、実際には内腸骨領域や内外分岐の股の間など、今までしっかりと郭清されていなかったところに転移が多いということがわかってきたのです。そういった意味では、蛍光カメラを使ったリンパ節郭清によって、転移・再発を防ぐことができる確率は高くなっているといえます。
患者さんが高齢になればなるほど、低リスクの症例はActive Surveillance(待機療法)に傾いていきますが、一方で現在は若年者の前立腺がんも多数見つかるようになってきています。若い方は期待余命が長いため、その間ハイリスクのがんが再発・転移していずれまた命を脅かすがんになるリスクも高くなります。
そのような症例に対していかに根治的な治療を提供していくかという点において、やはり従来の手技だけではなくプラスアルファの手技がなければ治療成績の改善は難しく、蛍光カメラを用いたリンパ節郭清はそのための手術のひとつの方法論であると考えています。
放射線治療と手術のそれぞれのメリットを考えると、手術のデメリットであった尿失禁などの合併症はダヴィンチによって非常に少なくなりました。さらに手術ではがんそのものを取ってくるので、がんが前立腺から外に出てきている、あるいはリンパ節に転移しているといったことが病理結果からわかります。そうするとその次のステップの治療計画も立てやすくなります。
放射線治療では、より高い線量を照射するほどがんを死滅させられるということはわかっていますが、完全にがん細胞が死んでいるかどうかを確かめることはできません。残ったがん細胞が将来的に活性化して再発するリスクも当然あります。それに対して手術の場合は、そこにがんがとどまっている限り、それを取り除いてしまえば100%がんが体の中からなくなるといえますので、患者さんにとっては理解しやすい治療なのです。
また、放射線治療の副作用は二峰性といわれています。まず照射した直後に頻尿・下痢・肛門痛など炎症性の副作用が起こり、その数年後に血尿・血便など晩期の合併症が出てきます。一方で手術の場合にはほとんどの合併症が手術直後に起こりますが、後になって新しい合併症が出てくるということは少ないです。そのことは患者さんの期待余命が長ければ長いほど大きなメリットになります。
昔の開腹手術では手術中の出血量も多く、術後の尿失禁など患者さんの負担が大きかったため、そういった侵襲の大きな手術に対するものとして放射線治療を行うことにも一定の意味があったのですが、ダヴィンチが導入されたことで手術における問題はかなり少なくなりました。なおかつそこにプラスする形でしっかりとリンパ節郭清ができる手技が確立すれば、高リスクの前立腺がんに対する治療として手術は決して放射線治療に劣るものではないといえるのです。
ですから、患者さんが若ければ若いほど、高リスクであればあるほどこのダヴィンチ手術の適応になると考えています。たとえば70歳を超えるような方に対して積極的にリンパ節郭清をすることはあまりないでしょう。しかし、50〜60代前半の方たちにとってはメリットがあると考えています。
重要なのは、この手術の適応となる患者さんはどのような方たちなのかということをもっと絞り込み、適応適応をしっかりと考えるということです。そのためには多数の症例蓄積が必要で、現在多施設共同の臨床試験を検討しています。
従来のように低リスクの方に対してどんどんダヴィンチ手術を勧めるのではなく、患者さんのリスクと利益を考えた上で、適応のある方に対しては我々の最新治療を提供していくということが望ましいと思っています。
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元 帝京大学医学部附属病院 泌尿器科・前立腺センター 科長代行/教授
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