前立腺がんの治療方法は、がんの悪性度や患者さんの健康状態、年齢などによって、幅広い選択肢があります。手術・放射腺治療・薬物療法のほかに、すぐに治療せずに経過をみていく監視療法も存在します。よりよい選択のためには、ご自身の生活スタイルなども含めて医師と話し合い、納得のいく治療方針を決めていくことが大切です。
今回は、前立腺がんの治療方針や治療選択肢、治療選択の際に知っておくべきことについて、国立国際医療研究センター病院 病院長であり、泌尿器科診療科長の宮嵜 英世先生にお話を伺いました。
前立腺がんの治療方針の決定にあたっては、がんの進行度を表す“病期(ステージ)”だけでなく、がんの増殖・転移のしやすさを示す “悪性度”や、これらと各検査の結果を組み合わせた“リスク分類”も重要になります。
病期は、以下の3つのカテゴリーに基づいて決定します。
悪性度については組織型、いわゆる“がんの顔つき”を調べる検査で、前立腺組織の構造によって評価が5段階に分けられています。組織の構造が正常細胞に近いものはグレード1(おとなしいがん)、正常細胞から大きくかけ離れたものはグレード5(もっとも悪性のがん)と評価をします。検査で採取したがん細胞組織のうち、もっとも面積が広い組織型のグレードと、2番目に面積が広い組織型のグレードを足して悪性度(グリソン・スコア)を判定します。
転移がない前立腺がんについては、前立腺内にとどまっている“限局性がん”と、前立腺の被膜を越えて周囲の組織や隣接する臓器に広がっている“局所進行性がん”に分けられます。さらに、前者(限局性がん)は、進行度や悪性度、PSA値などから超低リスク・低リスク・中間リスク・高リスクの4つに分類されます(局所進行性がんを超高リスクと分類することもあります)。
どのような治療を行うかは、リスク分類を中心に患者さんのご希望、体の状態などを総合的に考慮して決定していきます 。
ここでは、前立腺がんの主な治療選択肢について詳しくご説明します。
監視療法は、すぐに治療は行わずに経過を観察していく方法です。主に限局性がん(超低リスク~低リスク、中間リスクの一部)がこの治療の適応になります。根治を目指すための治療(手術や放射線治療など)には合併症のリスクが伴うため、過剰な治療を行わないことで、QOL(生活の質)の低下を避けることが可能です。
治療を行わないとはいえ何もせず放っておくわけではなく、定期的にPSA検査や生検などを行いながら経過観察をします。検査の結果、進行がみられる場合には後述する治療を検討します。
手術は前立腺と精嚢を摘出し、さらに膀胱と尿道をつなぎ合わせる“前立腺全摘除術” を行います。主に転移のない前立腺がん(超低リスク~高リスクの限局性がんと、局所進行性がん)が手術の適応となります。中間リスク以上の場合には、転移・再発防止のため骨盤内のリンパ節郭清(リンパ節を切除すること)を合わせて行うこともあります。
手術の方法には、開腹手術・腹腔鏡下手術・ロボット手術の3つがあり、患者さんの状態に適した方法で治療を行います。中でもロボット手術の普及が進んでおり、当院でも導入しています。開腹手術よりも傷が小さく済んだり、緻密な手術操作をできたりするなど複数のメリットがある手術方法です。
(前立腺がんに対するロボット手術の詳細については、次の記事をご参照ください)
放射線治療は、前立腺に放射線を照射し、がん細胞を破壊する治療法です。前立腺がんに対する放射線治療は非常に効果が高く、その治療成績は手術とほぼ同等といわれています。適応については、手術と同様、転移のない前立腺がん(超低リスク~高リスクの限局性がんと、局所進行性がん)が対象となります。
治療方法は、大きく分けて“外照射療法”と“組織内照射療法”があります。外照射療法は体の外から放射線を照射して治療を行う方法です。対して、組織内照射療法は、体の中から放射線を照射する方法です。放射線を出す小さなカプセル状の容器(小線源)を前立腺内に挿入し、病変部へ放射線を照射します。がんの状態によって2つの照射療法を組み合わせたり、内分泌療法(後述)を併用したりすることもあります。
薬物療法には、主に化学療法と内分泌療法(ホルモン療法)があります。化学療法は、抗がん薬を使用し、がん細胞を攻撃する治療です。もう一方の内分泌療法とは、男性ホルモンの分泌やはたらきを妨げることでがんの増殖を抑える治療法です。こちらの記事で説明したとおり、前立腺がんのがん細胞は男性ホルモンの影響を受けて増殖する性質がありますので、男性ホルモンを抑制することでがんを兵糧攻めにし、腫瘍の縮小を図ります。具体的には男性ホルモンを抑える注射や飲み薬などで治療していきます。薬物療法は、放射線治療や手術と異なり、限局性がんや局所進行性がんのみならず、転移のある前立腺がんに対しても適応があります。
当然ながら各治療法にはメリット・デメリット(知っておくべきリスクや副作用)がありますので、それぞれをよく知り、納得して決めることが大切です。たとえば、手術では術後合併症として尿失禁(尿漏れ)や性機能障害(勃起障害や射精障害など)などが起こることが多いですし、内分泌療法では男性ホルモンを抑えることでほてりやのぼせなどの症状が現れる可能性があります。合併症によってはQOLや妊孕性(子どもをつくるための力)に影響を与えることもありますので、治療効果のみならず、それに伴うリスクもよく知っておくことが重要です。
そのほか、検討の際は、ご自身の生活スタイルも考慮するとよいでしょう。手術と放射線治療の治療成績はほぼ同等といわれていますが、手術では一定期間の入院が必要になります。放射線治療では、基本的に数か月にわたって通院していただかなくてはなりません。
起こり得る合併症や治療期間、費用などを含めて主治医・ご家族とよく話し合い、ご自身の生活スタイルに合う治療を選択いただきたいと思います。
前立腺がんは根治を目指しやすいがんではありますが、それでも再発の可能性はゼロではありません。治療後は、定期的に通院していただき、PSA検査や画像検査などを行いながら経過観察をします。病状にもよりますが、当院では5年ほど経過観察期間を設けることが多いです。この期間に再発がみられた場合には、ホルモン療法や放射線治療などを行います。
これまでお話したように、前立腺がんの治療方法には、監視療法・放射線治療・薬物療法など多様な選択肢があります。医師から「この治療法しかありません」と言われればまだ決断がしやすいかもしれませんが、前立腺がんの場合は患者さん自身が受けたい治療を選ぶことも多く、迷ってしまう方も多いでしょう。実際、患者さんの中には、迷いが生じてなかなか治療に至らない方もいらっしゃいます。いくら進行がゆるやかながんとはいえ、迷っている期間が長ければ進行してしまう可能性もあります。当院では、丁寧にご説明をすることはもちろん、質問がしやすい雰囲気のもと診療が行えるよう努めています。前立腺がんの治療に関して不安なことなどがある方は、紹介状を持参のうえ、ぜひお気軽にご相談ください。
国立国際医療研究センター病院 病院長/泌尿器科 診療科長/第一泌尿器科 医長
日本泌尿器科学会 泌尿器科専門医・泌尿器科指導医日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会 泌尿器腹腔鏡技術認定者・代議員・泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医(膀胱・前立腺)・泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医(副腎・腎(尿管))日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本癌治療学会 会員日本癌学会 会員日本尿路結石症学会 会員日本老年泌尿器科学会 会員
前立腺がん、腎がんなどの泌尿器がんのロボット手術、尿路結石症に対する内視鏡手術を専門としている。東京大学医学部附属病院では尿路結石症のチーフを担当、ロボット手術のプロクター(指導医)でもある。現在、病院長兼泌尿器科診療科長として、院長業務を行いつつ臨床の現場(主に手術)に立ち後進の指導に努めている。
宮嵜 英世 先生の所属医療機関
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