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インタビュー

前立腺がんのロボット手術と合併症-尿漏れや性機能障害などの後遺症を減らすために

前立腺がんのロボット手術と合併症-尿漏れや性機能障害などの後遺症を減らすために
松原 昭郎 先生

広島大学大学院医歯薬保健学研究科 腎泌尿器科学 教授

松原 昭郎 先生

目次
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この記事の最終更新は2017年08月10日です。

体の深部に位置し、排尿の調節を行なう尿道括約筋や、性機能を司る多数の神経と密に接している「前立腺」。前立腺にできたがんを切除するための手術は、外科のなかでも非常に難しく、尿漏れ(尿失禁)や性機能障害といった合併症が起こりやすいことでも知られています。

近年になり、手術支援ロボット「ダヴィンチ®」が登場したことで、これらの合併症は減少し、回復も通常の腹腔鏡手術に比べて早まりました。そのため、広島大学病院ではダヴィンチ®を2台導入し、すべての前立腺がんの手術を、ロボット支援のもとで行っています。

前立腺がんの手術後に起こりやすい合併症と、ダヴィンチ®を用いた手術のメリットについて、広島大学病院泌尿器科診療科長の松原昭郎先生にお伺いしました。

前立腺がんの患者さんのうち、手術治療の対象となるのは限局がん(ステージA・B)の方です。ただし、ステージCのうち、一部の患者さんは手術適応となる場合があります。

ステージCの前立腺がんとは、前立腺の被膜を超えて浸潤しているものを指しますが、これはあくまで診断や治療方針を決めるための定義に過ぎません。実際には、がんが被膜を超えているかどうかの判断が非常に難しいケースも多く、手術を行ってはじめて浸潤していないことがわかる例もあります。そのため、診断上はステージCでも、手術を行なうことがあるのです。

また、前立腺がんは進行が遅いがんとして知られていますが、上記のようにステージの判断が難しいケースのうち、特に患者さんの年齢が若い場合は、生命予後を伸ばしたいという気持ちで手術を選択することもあります。ですから、治療選択の際には、患者さんとの話し合いを重ね、個々人の背景をみることも大切です。

また、最近になり、転移のあるステージDでも、前立腺を摘出することで生命予後が延伸したというデータが報告されました。これにより、手術適応の範囲にも変化が生じはじめています。

前立腺がんの手術で起こり得る主な合併症は、腹圧性尿失禁と性機能障害、出血の3つです。腹圧性尿失禁とは、咳やくしゃみなどをして腹部に力が入ったときに、少量の尿漏れが起こる合併症です。

男性の場合、排尿の調節は尿道括約筋と前立腺、2つの器官によりなされています。そのため、尿道を閉める力は、女性に比べ男性のほうが強いとされています。しかし、手術により前立腺を摘出してしまうと、排尿の調節を行う器官は尿道括約筋のみになります。これが、術後に尿失禁が起こる原因のひとつです。

ただし、前立腺がんを摘出したとしても、尿道括約筋が正常に機能している限り、問題となるような尿失禁が起こることはほとんどありません。

前立腺がんの手術後に多くの患者さんに尿失禁が起こる最たる理由は、手術時に尿道括約筋にまで、物理的な影響が及んでしまうためです。図を用いてご説明しましょう。

前立腺の構造

素材提供:PIXTA

記事1『前立腺がんの原因と症状とは? ステージごとの治療法と早期発見の重要性』でも述べたように、前立腺を果物に見立てると、前立腺がんの大半は皮の部分に生じます。特に、「尖部(せんぶ)」と呼ばれる前立腺の下側に生じることが多く、この場合は、がんを切除するために、尿道括約筋を前立腺尖部から剥がすような操作を加えなければなりません。

この操作によって、尿道括約筋に物理的な影響が出る患者さんもいます。

このように、重要な組織と密に接している前立腺がんの外科的な治療には、他部位を損傷させるリスクがあるという難しさがあります。泌尿器科を中心に、ロボット支援手術が始まったのも、このような理由によります。

※前立腺がんのロボット手術は後段をご覧ください。

前立腺がん手術後の尿失禁は数か月で回復することが多い

素材提供:PIXTA

前立腺がんの手術直後に尿失禁が起こる割合は約50%です。そのため、手術直後には2人に1人の患者さんが尿漏れバッドを使用しています。ただし、手術から3か月が経過すると、パッド使用者は約30%にまで低下します。さらに、手術から1年が経つと、その割合は数1%にまで減少します。

回復までにある程度の時間はかかるものの、尿失禁は必ずしも永久的に抱えていかなければならない合併症というわけではないのです。

尿失禁とならぶ代表的な合併症は、勃起不全や射精障害などの性機能障害です。前立腺の周囲には、勃起のための神経が蜘蛛の巣のように走行しています。

先述した通り、ステージCの前立腺がんでも手術の対象となることがありますが、前立腺の外側に浸潤したがんを取り除く際には、勃起神経も共にとらなければなりません。また、ステージBと診断されている患者さんでも、実際の病変をみて浸潤の可能性が懸念される場合は、がんを取り残しなく除去することを優先します。

ただし、明らかな限局がんの場合は、前立腺から勃起神経を一旦剥がしたうえで、がんを切除します。これを、神経温存手術と呼びます。神経温存手術でも、神経を剥がす操作や器具による損傷によって性機能が低下してしまうことがありますが、これは一時的なものであり、機能は徐々に回復していきます。

前立腺の前側には非常に重要な静脈叢があり、この血管を損傷してしまうと多量の出血が起こる危険があります。そのため、約20年前には、出血は前立腺がん手術の代表的かつ重要な合併症として認識されており、患者さんはあらかじめ自己血貯血を行ってから手術に臨んでいました。

ただし、腹腔鏡手術、そして手術支援ロボットのダヴィンチ®が登場したことで、出血のリスクは劇的に減少しました。現在では、重篤な出血が起こる頻度は100人に1人程度にまで減っています。

複雑で高度な技術を要する前立腺がんの手術を前進させたのは、手術支援ロボット・ダヴィンチ®(以下、ダヴィンチ®)です。人間の手や目を超える機能を持つダヴィンチ®が登場したことにより、性機能や尿道括約筋温存の成績は格段に向上しました。

この理由のひとつは、ダヴィンチ®の持つハイヴィジョンモニターにあります。肉眼ではみえない微細な血管や神経も、約10倍に拡大されてモニターに映し出されるため、出血や神経損傷のリスクも最低限に抑えられます。画質と視野のよさを言葉でたとえるならば、患者さんの体のなかに直接に顔を入れているようなイメージといっても過言ではないでしょう。

また、ダヴィンチの鉗子には手ブレ抑制機能もついているため、外科医の手でも困難な操作を行なうことができます。

最終的な機能温存の成績は、ダヴィンチ®手術も一般的な腹腔鏡手術も同等です。しかし、術後の回復速度はダヴィンチ®手術を受けた患者さんのほうが早いという結果が出ています。

また、ダヴィンチ®は人間工学に基づいて設計されており、執刀医は座りながら機械を操作することができます。数時間にわたり立位で首を曲げながら行なう手術は、医師の肉体を疲弊させますが、座位であれば疲れや肩こりも少なくなり、集中力をより長時間持続させることができるようになります。

このような理由から、広島大学ではダヴィンチ®を2台導入し、前立腺がんの手術はすべてロボット支援下で行っています。

広島大学の場合、ダヴィンチ®手術にかかる時間は平均でおよそ2時間です。ただし、この時間には、機械のセッティングなどの時間も含まれており、実際に操作をしている時間は100分ほどとなっています。

手術の翌日から歩行や食事を始められますが、1週間ほど体内にチューブを留置しなければならないため、元気な患者さんであっても一律に1週間入院していただいています。

そのため、手術3日前から入院される患者さんの場合、入院期間はトータルで10日間ほどとなります。

※手術前の入院期間は人により異なります。

松原先生

ダヴィンチ®の登場により、術後後遺症の頻度は格段に減り、機能の回復速度は向上しました。しかし、ダヴィンチを用いた手術の後にも、性機能障害や尿失禁が起こる患者さんはいらっしゃいます。「ダヴィンチ®を使いこなすことができれば、もっと合併症を減らせるはずだ」と考えている泌尿器科医は、おそらく私だけではないでしょう。

私たちは今、ダヴィンチ®という道具を手に入れた段階にあり、その使い方については、まだまだ改善の余地があると確信しています。そのためには、1例1例のフィードバックを徹底し、どのような方法を用いれば尿失禁などが起こらなくなるのか、研究を進めていかなければなりません。

また、ダヴィンチのメリットを最大限に活かすために、テクニックも磨いていかなければならないと考えています。

また、記事1『前立腺がんの原因と症状とは? ステージごとの治療法と早期発見の重要性』で述べた検診システムの整備も、術後の回復を早めることにつながると考えています。アメリカでは、前立腺がんの予防と早期発見のための社会的システムも整っているため、実際に多くの国民がPSA検査を受けています。

体力や回復力のある若い段階で手術を受けることができれば、術後の合併症の回復も早くなります。今後は社会全体で検診の普及に努めていくべきでしょう。

とはいえ、前立腺がんは高齢になるほど発症率の上がる疾患です。また、日本人には手先の器用さや、既存の技術の応用に長けているという長所もあります。

私たち日本の医師は、こうした自分たちの長所を活かし、高齢の患者さんの術後回復も早めていくという目標に向かって、治療に改善を加えていくべきだと考えています。

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    むとう さとる

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