前立腺がんとは、男性特有の臓器である前立腺に生じるがんのことです。初期症状が出にくく、早期発見が難しいことでも知られています。また前立腺がんにかかる方は近年増加しており、問題視されています。
本記事では前立腺がんの原因、症状、転移、治療について解説します。
前立腺がんとは、男性特有の臓器である前立腺にできる悪性腫瘍(がん)のことです。前立腺は膀胱の下、直腸の前に位置する臓器で、前立腺がんに罹患すると前立腺の細胞が無秩序な増殖を引き起こします。
前立腺とは、主に精液の一部である前立腺液を分泌する役割を持つ臓器です。この部位に発症するがんを前立腺がんといいます。前立腺はもともと生体の維持に直接関与する機能を持っていない臓器であるため、前立腺がんの発見が遅れがちであるという特徴がありました。しかし近年ではより早期に治療を行うことで予後がよいことが示唆されてきており、早期発見することの重要性が高まっています。
前立腺がんは男性のがん罹患予測(2016年)*で第1位となるなど、近年罹患率が急上昇しているがんといわれています。また、罹患する方は65歳以上の高齢の方が多く、それ以降は高齢になればなるほど罹患率が高くなることが特徴です。
*国立がん研究センターがん情報サービス 2016年のがん統計予測より
前立腺がんの原因としては主に4つのことが考えられています。
<前立腺がんの原因となりうるもの>
これら4つのうち、もっとも大きな原因となるのが加齢です。加齢によって男性ホルモンへの曝露期間が長くなると、それだけ前立腺がんのリスクが上昇します。また遺伝で前立腺がんに罹患する方は割合としては少なくても一定数おり、40歳代など比較的若年の患者さんもいらっしゃることが特徴です。
また近年の前立腺がんの罹患率の増加には、食生活の欧米化が大きく関わっているとみられています。
それでは次に男性ホルモンと前立腺がんの関係について解説します。男性ホルモンは精巣・副腎から作られ、血中に放出されます。血中に放出された男性ホルモンは還元酵素によって分解され、ジヒドロテストステロン(DHT)という男性ホルモンに分解されます。
ジヒドロテストステロンは、母親の胎内で赤ちゃんが成長する際の男性器発達などにおいて重要な役割を果たすホルモンです。しかしその一方で薄毛や体毛の増加、前立腺肥大の原因となってしまうものでもあります。
そしてジヒドロテストステロンは前立腺がんの発症にも深く関わっていると考えられています。ジヒドロテストステロンが前立腺のアンドロゲン受容体と結合することによって、遺伝子の発現調整を行うたんぱく質の活性化を引き起こし、それがDNAの転写の調整などに影響を及ぼすことによってがん化が起こっているのではないかと考えられています。
実際に古代中国より広まった去勢された男性官吏「宦官」では、去勢により男性ホルモンの分泌がないため、前立腺がんに罹患しなかったともいわれていますので、男性ホルモンと前立腺がんには大きな関連があることは確かでしょう。
前立腺がんには特有の症状がありません。そのため自覚症状がなく、ほとんどの場合は気付かないうちにがんが進行しています。しかし、少し進行してくると尿が出にくい、排尿の頻度が増えるなどの排尿障害が生じることもあります。
また、局所でがんが浸潤してくると膀胱や尿道にも浸潤し、血尿や残尿感に結びつくことがあります。
前立腺がんと類似した症状が現れるものとして、前立腺肥大症という病気があります。前立腺がんと症状が似ているために前立腺肥大症との鑑別が非常に重要です。どちらも前立腺が腫れることによって排尿障害をもたらしますが、厳密には腫れる部位が異なるため、自覚症状が現れるまでの時間に差が出ます。
まず前立腺がんは前立腺の外腺部分に腫瘍ができるため、直接尿道を刺激するまでに少し時間がかかります。その一方で前立腺肥大症は前立腺の尿道付近である内腺部分が腫れてくるため、比較的早期に排尿障害を自覚することができます。
前立腺がんと前立腺肥大症との鑑別には、泌尿器科専門医による触診やPSA(前立腺特異抗原)の検査が非常に大切です。症状だけで安易に前立腺肥大症と決めつけてしまうと、前立腺がんが見落とされてしまうことがあるためです。
PSAについては記事2『前立腺がんの検査――図で解説する精密検査の方法』もご覧ください。
がんの転移にはリンパにがん細胞が流れた場合のリンパ節転移と、血液にがん細胞が流れた場合の血行性転移があります。前立腺がんではリンパ節転移と血行性転移のどちらも起こる可能性があります。
特に血行性転移に関して、前立腺がんは骨に転移しやすいといわれており、転移した場合の90%は骨であるともいわれています。これは骨盤と脊椎の間にある静脈には弁がなく、前立腺から流れてくる血流が脊椎、骨にもそのまま行き渡ってしまうからだと考えられています。
また、さらに進行してくると肺や肝臓に転移してしまうこともあります。
前述のとおり、前立腺がんそのものにはほとんどの場合、排尿障害以外の自覚症状がありません。ごくまれにがんが前立腺炎を引き起こし、排尿時に痛みを伴うケースもありますが、基本的には痛みがなく、静かに進行するケースが多いといえます。しかし転移を起こすと転移が生じた部位から痛みが感じられることもあります。
転移によって起こる痛みとしては、主に下記のようなものが挙げられます。
<転移によって起こる痛み>
*水腎症……尿路が阻害されることにより腎盂に尿がたまり、腎機能が障害されること
前立腺がんの治療方針は一般的な他の臓器のがん同様、臨床病期診断にて決められます。がんの病期を診断する分類として用いられるのがTNM分類です。
TNM分類とは、がんの病期を把握するために用いられる分類の基準です。TNM分類では3つの観点からがんの病態を把握します。
<TNM分類>
前立腺がんではこれら3つの観点からがんを病態分類し、治療計画に役立てています。
医師は上記のTNM分類などを元に前立腺がんの治療計画を立てます。前立腺がんには大きく分けて3つの治療方法があります。
<前立腺がんの治療方法>
これら3つは前立腺がんの進行の度合いによって治療方針がガイドラインで定められています。基本的にはがんが比較的早期であり、他の臓器などに転移がなければ手術治療、放射線治療のいずれかを選択することが可能です。しかし進行が見受けられ、他の臓器への転移などが生じている場合や、年齢、身体的な問題で手術など侵襲(体への負担)の大きい治療が受けられない場合にはホルモン療法が行われます。
手術治療と放射線治療は、それぞれ適応となる臨床病期が異なります。これらをTNM分類で示すと下記のようになります。
<TNM分類で示す手術治療・放射線治療の適応>
がんが骨盤内にとどまっている状態であれば、手術治療も放射線治療も適応となり、患者さんの希望によってどちらかを選択することが可能です。手術治療と放射線治療はそれぞれにメリット、デメリットがあり、施設ごとにも治療方針が異なるため、費用や治療にかかる期間、副作用を加味してその患者さんにもっともよい治療を選択することが大切です。
前立腺にとどまっている局所のがんは遠隔転移のリスクを3~5段階の評価で示し、治療方針を定めます。ここではリスクを3段階に分けて解説します。大抵、リスクが低ければ手術治療、放射線治療のいずれかを行う形となりますが、リスクが高くなればなるほど手術治療、放射線治療に加えホルモン療法なども行うことが標準的です。
転移のリスクが低い場合にはもっとも病態が穏やかであるため、手術治療でも放射線治療でも同等の治療成績が期待できるといわれています。そのため、温存したい機能、治療にかかる期間、副作用、費用などを踏まえ、患者さんに合った治療を選ぶことができます。
遠隔転移がないものの、がんが前立腺の被膜に浸潤している場合には、転移のリスクが中等度とみなされます。中等度の患者さんの場合には、浸潤の度合いによって手術治療、放射線治療が選択できる場合と、放射線治療のみが適応になる場合があります。
転移のリスクが高く、精液をためる役割を持つ精嚢にまで病変が広がってしまっている場合などには、手術治療で取りきることが難しく、放射線治療が選択されることが増えてきます。しかし、リスクが高い場合には手術治療と放射線治療が複合的に行われるケースもあります。
上記の適応に加え手術治療は患者さんの年齢・体力を考慮して選択されます。一般的には70〜75歳あたりをボーダーラインとし、それ以上の患者さんに対しては放射線治療・ホルモン療法を検討します。しかし、80歳を超える患者さんでも体力があり、身体的な負担を考慮したうえで手術を行えると判断できる場合には、手術治療を行うこともあります。
手術治療については記事3『前立腺がんの手術治療――手術の種類とメリット・デメリット』にて、放射線治療については記事4『前立腺がんの放射線治療――種類や注意すべき副作用は?』で詳しく解説しますので、続けてご覧ください。
上記の手術治療、放射線治療の適応に該当する患者さんも、そうでない患者さんも、がんの進行を抑制する目的でホルモン療法を行うことがあります。ホルモン療法は全身的な治療となり、注射か内服薬によってがんの発生・進行に影響を及ぼしている男性ホルモンの分泌を抑制することで化学的去勢を図り、がんの縮小を試みます。
また、手術治療、放射線治療が行えるかどうかの判断が難しい患者さんに対しては、術前にホルモン療法を行うこともあります。
前立腺がんは基本的には抗がん剤による治療は行われません。しかし、転移性の前立腺がんに対し、ホルモン療法の効果がなくなってくる状態を「去勢抵抗性前立腺がん」といい、これに該当する患者さんには抗がん剤が適応となります。
また近年、放射性同位元素「ラジオアイソトープ(RI)」を含有する薬を注射で投与し、そのRIから放出される放射線によって治療を行うRI内用療法にも注目が集まっています。
前立腺がんに用いられる可能性のある薬剤は現在日本ではストロンチウム-89とラジウム-223の2種類で、いずれも化学的にカルシウムと似た性質を有することから骨転移の治療に用いられます。特に塩化ラジウム(223Ra)は放射線治療用途にα(アルファ)線を使用した初めての製剤で、α線の強い殺細胞効果と短い飛程を利用して治療強度が強くかつ副作用の少ない骨転移の治療が期待されています。
この治療の対象となるのは骨転移を有する去勢抵抗性前立腺がん(通常のホルモン療法が効きにくくなった前立腺がん)の患者さんで、4週間ごとに6回の注射を外来で受けるかたちとなります。ストロンチウム-89に関しては前立腺がんに限らず有痛性の骨転移を有する患者さんに幅広く用いられており、注射をすることで骨転移が原因と考えられる疼痛の緩和が期待されます。こちらも外来での投与が基本であり、3か月以上の期間を空ければ複数回の投与が可能です。
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