膵臓がんは最も予後が悪いといわれるがんです。しかし、近年の研究成果により膵臓がんの予後は大きく変わってきました。本記事では、膵臓がんの生存率、そして予後の改善が期待される背景について静岡県立静岡がんセンター 肝・胆・膵外科部長の上坂克彦先生にお話を伺いました。
がんの予後を表すときには生存率という指標がよく用いられます。
生存率とは、ある集団(対象となった患者さんの集団)のデータを一定期間追跡して、生存している患者さんの割合を百分比(%)で示したものです。がんの種類や比較などの目的に応じて、1年、2年、3年、5年、10年生存率が用いられており、膵臓がんでは5年生存率がよく用いられます。
上表は、国立がん研究センター がん情報サービスで公開されている膵臓がんの生存率です。
生存率は対象となった患者さんの、診断時の病期(ステージ)、進行度、特性(性別や年齢)などによって大きく変わってきます。上表はそれぞれの病期ごとに生存率を示しています。
膵臓がんの5年生存率は、他のがんの5年生存率と比べると非常に低くなっています。こちらは全国がん(成人病)センター協議会で公表されている情報から、主要ながんの生存率を表にまとめたものです(2004-2007年診断症例)。他の主要ながんと比べると、膵臓がんの生存率は非常に低いことがわかります。
【全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2009-2011年診断症例)】
膵臓がんの予後が悪い要因としては、下記の2つが挙げられます。
膵臓は、肝臓と同じく「沈黙の臓器」とよばれ、がんが発生しても症状が出現しにくいという特徴があります。そのため患者さんが自覚症状を感じたときには、がんが非常に進行しているケースが多いです。がんが進行してしまうと、手術が困難になり、抗がん剤による治療も奏功しないという状況になり、予後が悪くなってしまいます。
また膵臓がんは再発しやすいがんです。膵臓がんでは、手術ができるステージであっても、手術後、早期に再発してしまうことが多いです。
このように予後が悪いといわれる膵臓がんですが、近年、新たな抗がん剤の登場やさまざまな研究の進展により、膵臓がんの生存率が大幅に改善される治療アプローチが登場してきています。
膵臓がんの治療を大きく変えた有名な研究として「JASPAC 01」という試験が知られています。JASPAC 01とは、手術後にS-1という抗がん剤を使うと、術後の5年生存率は40%であることを証明した研究です。これまで生存率が低いことが大きな課題であった膵臓がん治療において、この研究の発表は非常にインパクトのあるものでした。
この研究結果を受け、今では膵臓がん手術後の補助療法ではS-1単独による治療を行うことが、膵癌診療ガイドライン2013で推奨されています。このほかにも、膵臓がんの治療をさらに改善していくための研究がいくつか進められています。こうした新たな治療方法の有用性が証明されていることから今後、膵臓がんの5年生存率は大きく変わってくると予想されます。
膵臓がん治療に大きなインパクトをもたらしたJASPAC 01のさらなる研究として、JASPAC 04、JASPAC 05などいくつかの試験が進行しています。それぞれ、膵臓がんの治療にどういった変化をもたらす可能性がある研究なのでしょうか。
JASPAC 01によって、有用な手術の後の治療方法(手術後にS-1を使用する方法)が明らかになりました。しかし、手術の前に行う治療法(術前治療)はどのように進めるべきか、ということはまだ検討されていません。そのためどういった術前治療が有用かを検討する研究が進んでいます。その研究がJASPAC 04です。
JASPAC 04は、膵臓がんの術前治療として抗がん剤治療+放射線療法、抗がん剤単独のどちらの治療アプローチがより有用であるかを検討する研究です。JASPAC 04は試験の対象患者100例のデータを集めている段階で※、研究結果は約2年後に報告される予定です。
※2017年3月取材時
JASPAC 04の結果が明らかになることでより適切な膵臓がんの術前治療が示されます。こうした結果は、膵臓がん患者さんの予後を改善するための重要な手がかりとなります。
JASPAC 05は手術が難しい症例(切除可能境界[ボーダーライン・レセクタブル])をいかに手術できるようにするかということに焦点を当てた研究です。
膵臓がんは、手術が行えるかどうかの観点から、3つのグループに分けられます。手術の場合にはまずどれに当てはまるかを決めていきます。
切除可能境界(ボーダーライン・レセクタブル)とは、がんが膵臓からはみ出して、例えば膵臓の隣に位置する上腸間膜動脈(腸を養う重要な動脈)や門脈(腸から肝臓へ栄養を送る重要な静脈)にくっついてしまっている状態のことです。がんがこうした主要な血管、とりわけ動脈を、360度ぐるりと接してしまっているわけではないが、180度以下で接してしまっている状態であると、切除可能境界と判断されます。
切除可能であえばもちろん手術を行いますが、切除可能境界であった場合には、手術を行っても予後が悪いケースが多いことが明らかになっています。
切除可能境界である場合、手術によってがんを取り除こうとすると、血管に接するがんを無理やりはがすことになるため、目に見えないがん細胞が主要血管の血管壁に残り、手術後にがんが再発してしまうケースが多くなります。その結果、切除可能境界の患者さんでは手術をしても予後も悪くなってしまうのです。
こうした手術をしても予後が悪い症例を、どのように治療していくべきか、ということが世界中で検討されてきました。そのようななか、2012年にアメリカのMDアンダーソンがんセンターが発表した論文で「手術前に放射線療法や抗がん剤治療など何らかの治療をすることで、切除可能領域の患者さんの約60%は根治切除が可能になる」という結論が示されました。つまりすぐに手術するのではなく、手術前に治療してがんを弱らせることで、切除可能境界であっても根治切除ができる可能性が大きく広がるということが示されたのです。こうした結果を受けて、日本でも切除可能境界の患者さんに対する術前治療の検討をしっかりと進めていくべきだという動きが強まりました。そうして計画された研究がJASPAC 05です。
JASPAC 05は、切除可能境界と判断された日本人患者50例を対象に、手術の前にS-1(抗がん剤)と放射線治療を併用することによってその治療成績を明らかにしようとする試験です。この研究が進むことで切除可能境界にS-1と放射線治療を併用する術前治療を行うと、何%の患者さんに根治切除を行うことができるようになるかを明らかにできます。
よりよい術前治療ができれば、手術前にがんを弱らせることができ、今まで手術の適応にならなかった方も、手術ができる可能性が広がります。そして手術ができれば、膵臓がんが完治するチャンスが大きくなります。JASPAC 05はより多くの膵臓がん患者さんに手術が適応できるようにするための重要な研究です。
JASPAC 05は現在症例登録が完了し、追跡期間に入っています※。また、JASPAC 05の症例登録が終わったので、続いてJASPAC 07の準備に取り掛かっています。JASPAC 07では、切除可能境界の患者さんに対して、S-1だけではなく、そのほかの抗がん剤での治療成績を明らかにしようと考えています。
※2017年3月取材時
膵臓がんの症状は手術ができる段階においては基本的にありません。強いて言えば、糖尿病の発症・悪化、黄疸(おうだん)の出現などが挙げられます。しかし、そうした症状は膵臓がんに限ったものではありませんので、症状から膵臓がんを見つけることは難しいでしょう。
今では以前にくらべ、CTや超音波内視鏡など、精度の高い医療機器も登場してきています。こうした医療機器によって膵臓がんの発見率は格段によくなっていますが、膵臓がんはとても進行の早い疾患なので、もっと別のアプローチから、膵臓がんの早期発見を目指していくべきだと思います。現在では、遺伝子解析、タンパク質解析、唾液検査といった診断方法も研究されています。治療方法とともに、検査技術も進歩していくことで、膵臓がんの生存率はさらに改善されていくと考えられます。
静岡県立静岡がんセンター 総長
静岡県立静岡がんセンター 総長
日本外科学会 外科専門医・指導医・代議員日本消化器外科学会 消化器外科専門医・指導医・特別会員日本肝胆膵外科学会 肝胆膵外科高度技能指導医・特別会員日本胆道学会 認定指導医・特別会員日本膵臓学会 認定指導医・特別会員日本消化器病学会 会員日本癌治療学会 会員日本臨床外科学会 会員
静岡県立静岡がんセンターにて総長を務め、肝・胆・膵外科部長時代には年間約400例に及ぶ肝胆膵がんの手術に携わってきた。膵臓がん手術後の補助化学療法にS-1(経口抗がん剤)を用いた大規模ランダム化比較臨床試験(JASPAC 01)で代表研究者を務め、当時の術後補助療法の標準治療に用いられていたゲムシタビンよりも、S-1を使用したほうが優れた有用性を示すことを報告し、世界中より注目を集めた。難治とされる膵臓がんの専門医として知られ、数多くのメディアに出演している。
上坂 克彦 先生の所属医療機関
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