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膵臓がんの生存率を大きく変える「JASPAC 01試験」とは 膵臓がん手術の名医が解説

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  • インタビュー
  • 公開日:2017/04/19
  • 更新日:2017/04/21
膵臓がんの生存率を大きく変える「JASPAC 01試験」とは 膵臓がん手術の名医が解説

膵臓がんはこれまで最も生存率が低いがんといわれ、世界中でさまざまな手術方法・治療方法が模索され続けてきました。そのような中、日本から非常に有用な研究結果が発表され、世界を驚かせました。その研究が「JASPAC 01」です。JASPAC 01では手術後に「S-1」と呼ばれる抗がん剤を用いることで、これまで予後不良といわれていた膵臓がんの生存率を大幅に改善できることを証明しました。

本記事では、膵臓がん治療に大きなインパクトをもたらしたJASPAC 01について、研究代表者である静岡県立静岡がんセンター肝・胆・膵外科部長の上坂克彦先生に詳しくお話を伺いました。

これまでの膵臓がん治療 -最も生存率が低いがんの治療法を求めて-

膵臓

膵臓がん患者のうち、手術が適応されるは3人に1人だけ

固形がんの場合、がんを根治するには手術で病変を取り除くことが必要です。

手術可能かどうかは、がんが発生した臓器の種類、部位、がんの進行度などで大きく変わります。膵臓がんでは、がんが進行してから見つかることが多いことから、手術が適応される患者さんは全体の3分の1程度だといわれています。つまり膵臓がんは手術できない患者さんが多く、予後が悪い疾患といえます。

10年前まで、膵臓がん手術後の5年生存率はわずか「約10%」だった

がんを根治するには手術が必要ですが、手術ができても、その後に再発してしまうと予後は悪くなってしまいます。がんの再発率は、患者さんの個々の状態によって異なりますが、一般的に膵臓がんでは手術後の再発率が非常に高く、手術だけでは5年生存率は10%ほど(約90%が再発する)と報告されています。

そうした状況を変えるべく、世界でさまざまな研究が行われてきました。手術方法を改良する、手術療法と抗がん剤治療を組み合わせるなど、多くのアプローチが模索されましたが、なかなかよい成績は得られませんでした。こうした状況が長く続き、2000年代初頭までは「手術療法のみ」を上回る治療法は現れませんでした。

登場した新薬によって手術後5年生存率は「約20%」に

そうした状況のなか登場したのが、新たな抗がん剤「ゲムシタビン」です。この薬は当初、膵臓がんの手術ができない患者さんに使うことで、生存期間を延ばすことが明らかにされていました。

そこで、手術をした後の膵臓がん患者さんにゲムシタビンを使用したらどうかという研究がドイツで始まりました。その結果、2007年に発表された論文では、手術の後にゲムシタビンを使うと、5年生存率が約20%になることが報告されました。

これは非常にインパクトのある研究結果でした。これまでさまざまな研究がなされてきたにもかかわらず、よい成績が示されなかった膵臓がん領域において、初めて手術単独を上回る治療法が報告されたのです。この結果を受け、世界では手術の後にはゲムシタビンを使うべきだという認識が広まっていきました。

他の抗がん剤でも同等の効果は得られるのか?「ゲムシタビンvs. S-1」

このゲムシタビンの報告とほぼ同時期に、私たちはある研究を計画していました。ゲムシタビンを使うことで、治療成績がよくなるのであれば、同じようにS-1という抗がん剤でも研究をしてみようと考えていたのです。

S-1とは、日本で開発された抗がん剤で、もともとは「胃がん」に使われる薬剤でしたが、2006年に膵臓がんにも適応が拡大されました。これを受け、膵臓がん手術のあとにゲムシタビンを使うグループと、S-1を使うグループで治療成績を比較してみようと計画を立てていきました。そうして始まった研究がJASPAC 01です。

当時、ゲムシタビンとS-1はどちらも手術ができない患者さんにおいては治療成績に大きな差がないことから、JASPAC 01でも2つのグループの治療成績に大差はないだろうと予想していました。そのためJASPAC 01は、S-1がゲムシタビンより優れることを証明するのではなく、勝るとも劣らない治療成績をもつことを証明する研究(非劣勢試験)を行おうと考えていたのです。

もしS-1がゲムシタビンと同等の治療成績を示せば、S-1を使った患者さんの負担が少ない治療法を提案できるようになります。

ゲムシタビンは注射用製剤で、「週1回投与を3週連続、4週目は休薬する」を1コースとして投与を6カ月程度繰り返すため、病院に長期間通院しながら薬剤を使用する必要があります。一方、S-1は飲み薬であるため、自宅や職場などで服薬が可能で、症状が落ち着いていれば医療機関を受診する回数も2週間に1度程度です。そのため、S-1による治療は医療機関に来る回数が減らし、患者さんの負担軽減につながります。

S-1がゲムシタビンと同程度の効果をもつことが証明できれば、S-1を用いた新しい治療方法を提案できるようになります。そうした目的から術後補助療法におけるゲムシタビンとS-1を比較したJASPAC 01が計画されたのです。

しかし実際にJASPAC 01を進めてみると驚くべき結果が得られました。

膵臓がんの治療を大きく変えた -JASPAC01試験結果の登場‐ 

JASPAC01試験

手術後にS-1を使うことで、手術後5年生存率が「40%代」に

臨床研究では、最終結果を出す前に、途中で研究の状況を確認する中間解析が行われます。JASPAC 01の驚くべき結果はこの中間解析時に明らかになりました。

JASPAC 01の中間解析結果を見てみると、まだ研究の中間時点であるにもかかわらず、S-1グループのほうが、ゲムシタビングループと比べて、生存率が高いことが示されていました。解析結果によると、ゲムシタビンとS-1の生存率の差は統計的に意味のある差である(偶然の結果ではない)ことが証明されていました。

この予想外の結果を受け、研究結果を検討する効果安全性評価委員会は、研究に参加している33の医療施設に「それぞれの患者さんデータに誤りがないかもう一度確認するように」と通達を出しました。

臨床研究では通常、研究が終わるまで参加している医師に研究結果を伝えてはいけないことになっているため、この時点で私は中間解析の結果を知りませんでした。しかし効果安全性評価委員会からの通達を受け、研究結果に何か予想外のことがあったのだろうと感じていました。

そして指示どおり当院の研究対象患者(約40例)のデータを確認したところ、当院のS-1グループの長期生存例が、ゲムシタビングループの約2倍になっていることが明らかになりました。私はこのデータを見て、術後補助療法におけるS-1の有用性がゲムシタビンを上回ることに気付きました。

研究の最終解析結果を見てみると、S-1グループの5年生存率は44.1でした。これはだれも予想していなかった、非常に驚くべき結果です。つまり10年前には手術後の5年生存率が10%であった膵臓がん生存率が、手術とゲムシタビンを組み合わせることによって20%代、そして手術とS-1を組み合わせることによって40%代へと大きく改善されたことが示されたのです。この研究結果は有名な科学雑誌「Lancet」に掲載され、膵臓がん治療に大きなインパクトを与えました。

JASPAC 01試験結果が膵臓がん治療に与えるインパクト

JASPAC 01試験

中間解析の時点で、治療ガイドラインが改訂される

JASPAC 01の中間解析結果は2013年にまとめられ、ASCO-GI(米国臨床腫瘍学会 消化器癌シンポジウム)とASCOの本会議の両方で発表されました。このように最終解析結果の前の中間解析結果が国際的な学会発表で取り上げられることは非常にめずらしいことです。

また、2013年の春に改訂される予定だった「膵癌診療ガイドライン2013」は、上記のASCO-GIの発表を受け、ガイドラインの内容にJASPAC 01の結果を反映させるため、約半年刊行を遅らせました。そして出版された膵癌診療ガイドライン2013の補助療法の項では、「術後補助療法のレジメンはS-1単独療法が推奨され、S-1に対する忍容性が低い症例ではゲムシタビン塩酸塩単独療法が推奨される」と内容が大きく改訂されました。

こうした影響をあたえるほど、JASPAC 01の結果はインパクトの大きいものだったといえるでしょう。

昔は手術後に5年間生きておられる患者さんは非常に珍しいことでしたが、今では5年生きている患者さんは数多くいらっしゃいます。論文上の事実だけでなく、実臨床でもそうした違いを明らかに実感できるほど、この10年で膵臓がん治療の時代がドラマチックに変わったのです。

JASPAC 01試験の考察

上坂克彦先生

膵臓がん手術後におけるS-1の効果 「日本人以外」では?

JASPAC 01は日本人を対象とした研究でした。そのため、日本人ではない人種でもこういったS-1の有用性が得られるかどうかは、今も検討と議論が続いています。

S-1はアジア人以外、特に白人で消化器系の副作用(特に下痢)が多く出てしまうことが課題とされています。そのため海外では、薬の使用が認められていない、あるいは日本よりも用量を減らして使用するよう定められている国があります。日本では膵臓がん手術後の有用性が示されているため、海外でも導入や使用についての検討が進められています。

外科医として、膵臓がん治療の発展に何をもたらせるのか

冒頭でお話したように、膵臓がんの患者さんのうち、手術が適応されるのは3分の1のみです。外科医である私としては、この手術の適応になる患者さんを何とか助けていきたいと思っています。

しかしこの10年間でもたらされた膵臓がん治療の大きな変化は、新しい抗がん剤の登場、放射線療法の進歩、抗がん剤の組み合わせなど、手術以外の治療法が奏効した成果であり、手術技術が向上したわけではありません。そうした点は私のような外科医にとって、非常にもどかしいところだと思います。

しかしこうした手術以外の治療の発展があるからこそ、膵臓がん手術の適応範囲が広がり、手術後の治療成績も向上します。より多くの膵臓がん患者さんを救うためにも、手術以外の治療法に関する研究をさらに進めていきたいと考えています。

現在はJASPAC 01に続く研究を計画し、手術前の治療方法についての検討を進めています。こうした研究によって、膵臓がんの治療成績が向上していくよう、今後も力を注いでいきたいと思います。

 

引き続き記事2では『膵臓がんの生存率とは 大きく変容した膵臓がんの予後 生存率・再発率に関する最新エビデンスを解説』では、上坂先生に膵臓がんの生存率そしてJASPAC01に続く研究についてお伺いしました。

 

 

 

上坂 克彦

上坂 克彦先生

静岡県立静岡がんセンター

静岡県立静岡がんセンターにて肝・胆・膵外科部長を務め、年間約400例に及ぶ肝胆膵がんの手術に携わる。膵臓がん手術後の補助化学療法にS-1(経口抗がん剤)を用いた大規模ランダム化比較臨床試験(JASPAC 01)で代表研究者を務め、当時の術後補助療法の標準治療に用いられていたゲムシタビンよりも、S-1を使用したほうが優れた有用性を示すことを報告し、世界中より注目を集めた。難治とされる膵臓がんの名医として知られ、数多くのメディアに出演している。

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