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脳動静脈奇形の外科手術を安全に行うために大切なこと

脳動静脈奇形の外科手術を安全に行うために大切なこと
中山 若樹 先生

社会医療法人柏葉会 柏葉脳神経外科病院 理事/副院長/高度脳血管病センター長

中山 若樹 先生

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脳動静脈奇形(AVM)は、生まれつき脳の毛細血管がうまく作られずに脳動脈と脳静脈が直接つながり、それがとぐろを巻いたような血管の塊を作る先天性の病気です。20~40歳の比較的若い年齢で脳出血などの脳卒中を起こす原因疾患です。治療法の柱は開頭手術あるいは放射線治療が基本となり、それと血管内塞栓術が組み合わされる場合もありますが、脳動静脈奇形が見つかったらただちに治療すべきなのでしょうか。また、どのような方法を選択すればよいのでしょうか。今回は 柏葉脳神経外科病院 高度脳血管病センター センター長 中山 若樹(なかやま なおき)先生に脳動静脈奇形の治療選択や脳動静脈奇形の開頭手術で用いられているテクノロジーについてお話を伺いました。

脳内の血管は通常、動脈~毛細血管~静脈の順に構成されています。しかし、脳動静脈奇形では先天的に、毛細血管より手前のある程度の太さがある動脈と静脈の間に“ナイダス”と呼ばれる異常な血管の塊が生じて、動脈と静脈が直接つながっています。この血管奇形が破裂すると、くも膜下出血脳出血を引き起こします。その破裂率は1年あたり2~5%ほどと言われており、動脈瘤の破裂よりもずっと高い確率を持っています。そして出血を起こすと、その約半数は死亡か重篤な障害に至ってしまいます。

脳動静脈奇形は、頭痛をきっかけにした受診や脳ドックなどでのMRI・MRA検査で偶然見つかることもあれば、てんかん発作や手足の麻痺などで発症して発見されることもあります。動静脈奇形が発見されたら、さらに3次元造影CTや脳血管造影検査などで詳しく調べます。

手足の運動や感覚をつかさどる部分、言語中枢、視覚中枢など、脳の大事なはたらきをしている部分(機能的部位)との位置関係も重要です。それを正確に把握するために、私たちの施設では、MR装置を用いた特定の神経線維を描出するMR-tractographyという手法や、指を動かすなどの運動をさせて脳が活動している部位を描出するfunctional MRIなどの画像解析方法を積極的に行っています。

脳動静脈奇形の治療の基本は開頭手術あるいは放射線治療です。開頭手術ではナイダスに入る大小多数の動脈を凝固して切り離しながら、ナイダスの全周を周囲の脳組織から剥離して、一塊にして摘出します。放射線治療では画像上で範囲を決めて放射線を照射し、その後数年かけてナイダスが固まっていくのを待ちます。双方とも、その治療をやりやすくするために、事前にカテーテルを用いた血管内治療による塞栓術を組み合わせることもあります。

開頭摘出術は、その手術のときに一定の合併症リスクを背負いますが、基本的には全摘出になりますので、無事に手術が終了すれば根治が期待できる方法です。合併症リスクがどれくらいかは、ナイダスの大きさ・部位・構造によって変わり、5段階に分けて考えますが、基本的には合併症の発生率が数パーセント~1割以内の条件の場合に手術の対象になります。

放射線治療は、治療するときには何も起こりませんが、数年後~十数年後に放射線障害といって周囲の脳組織に異常が発生することがあるのでそれがリスクになります。また画像上はナイダスが消えたように見えても病変は生き残っていて、出血を起こしたりすることもあります。

脳動静脈奇形の多くは、脳の表面に露出してそこから脳の中に(くさび)(V字型にとがっている)型で埋まり込んでいるような形で存在しています(surface legionといいます)。私は、このタイプの脳動静脈奇形であれば、病変の位置にかかわらず手術が可能だと考えています。一方で、脳の深いところに存在しているものについては、手術でそこに到達するまでに手前の脳組織にトンネルを掘らなければなりませんから、放射線治療のほうが望ましいと考えています。特にナイダスのサイズが小さいほど、放射線治療は効果的だと思います。

ただし、欧州で未破裂の脳動静脈奇形を対象に調査された大規模研究によれば、血管内治療や放射線治療だけ(もしくはその組み合わせだけ)で治療を終えたケースは、最終的にはその結果が何も治療しないケースよりかえって悪くなってしまいました。やはり開頭手術で病変をきちんと取り除くことの意義は非常に大きいと思っています。

とくに現代では、血管を凝固したり剥離したりする道具も非常によくなっていますし、手術に役立つさまざまな画像解析も開発されました。開頭摘出術の安全性は格段に進歩していると思います。ただしその手術においては、洗練された剥離の技術と賢い手術戦略が必要です。手術で治療を受けるならば、そのノウハウを蓄積した術者/施設でなければならないと思います。

なお、無症状で出血も見られない脳動静脈奇形に対しては、すぐに手術をせず経過観察とする場合もあります。

私が患者さんと治療について考えるとき、一番大切にしているのは“患者さんの心”です。

何か症状が出ており早急な対応が必要な場合は別として、無症状で脳動静脈奇形が見つかった場合に、開頭手術か放射線治療か経過観察かを選択してくださいと突然言われても患者さんは困ってしまうでしょう。もちろん、じっくりと時間をかけて病気に関して詳しく説明し、専門家として治療方針を提案します。しかし、何の自覚症状もなく普通に生活しているのに病気があると言われて、相当なショックを受けているはずですから、その気持ちに寄り添って心を理解することが第一だと考えます。患者さんご本人の気持ちを共有しながら、病気のことを深く理解していただいて、納得できる方針を一緒に導きだすことを大切にしています。

世界的に見ると未破裂の脳動静脈奇形に対して開頭手術を行っているケースは多くありません。これは、脳動静脈奇形の開頭手術は高難易度で複雑な技術が求められるため、回避される傾向にあるからなのでしょう。

脳動静脈奇形の外科手術が難しい理由として、病変部の構造の複雑さが挙げられます。脳動静脈奇形には非常に細かい血管が無数に入り組んでいるのですが、ナイダスの血管を傷つけることなく、かつ周囲の脳組織を痛めることなく、正確に剥離していく必要があります。そのためには病変の構造、絡み合う動脈と静脈の3次元的な位置関係を、どれだけ正確に詳細に把握できるかが大切になってきます。脳の神経連絡路を示すMR-tractographyや脳の活動部位を示すfunctional MRI、3D-printerモデルによる術前シミュレーションなどを駆使して、綿密に術前計画を練っています。このfunctional MRIやMR-tractographyも、当院の先端医療研究センター・松澤 等(まつざわ ひとし)先生が正確なものに磨き上げて確立させてくれたものです。

先方提供

さらに当院が活用したいと考えているのがVR(仮想現実)という、仮想空間を現実のように疑似体験できる仕組みです。VR専用のゴーグルを着けることで患者さんの脳動静脈奇形の3D映像の中に入り込むことができ、最初にどの血管を捉え、剥がしていくかを術前にシュミレーションできます。

これも以前私が北海道大学脳神経外科に在任していたときに、同大の杉山 拓(すぎやま たく)先生を中心に一緒に進めていた先進的な手法でまだ研究段階だったのですが、あたかも自分がミクロの存在になって患者さんの頭の中に侵入して自分の前後左右上下にある血管を見ながら病変の中を歩き回るようなイメージです。これを実臨床に活用することで、病変構造の理解を深められるので、手術の精度を高めるうえで大いに役立つはずだと思っています。

脳動静脈奇形の開頭手術は難易度が高く、安全で確実な執刀を目指すためには相当の経験と技量を有しなければなりません。そのため、次世代の脳動静脈奇形の手術を担う若手医師の育成は大きな課題です。

この課題を解決するために、上述したようなテクノロジーを積極的に活用して、次世代の若手脳神経外科医には、少ない症例数でも、効率的に技術を磨くことができる体制をとりたいと考えています。前述したVRも次世代育成に役立ちますし、こちらのページで紹介したAI(人工知能)を活用すれば、将来的に血管が入り組んだ脳動静脈奇形の正常な血管と異常な血管を判断してくれたり、力加減などを指導してくれたりするのではないかと期待しています。

脳動静脈奇形は一般的な脳動脈瘤より破裂リスクが高く、可能な限り治療を受けていただくことを推奨します。しかしながら、根治を目指せる開頭手術は難易度が高いため、当院ではより手術の精度を上げるためのテクノロジーの活用を日々研究しています。また同時に、若手外科医の技術継承にもテクノロジーが生かせると考えています。これまでに培ってきた技術を次世代に残せるよう、私自身も力を注いでまいります。

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  • 社会医療法人柏葉会 柏葉脳神経外科病院 理事/副院長/高度脳血管病センター長

    中山 若樹 先生

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    日本脳神経外科学会 代議員日本脳卒中学会 代議員日本脳卒中の外科学会 技術認定委員会 委員日本脳循環代謝学会 代議員日本心血管脳卒中学会 学術評議員

    中山 若樹 先生

    技術の追及、テクノロジーとの融合。より質の高い治療を目指し続ける。

    1992年 北海道大学医学部卒業後、同大脳神経外科に入局。1995年 カリフォルニア大学デービス校・神経化学へ留学後、1996年 新潟大学脳研究所統合脳機能解析学へ。1998年 北海道大学脳神経外科にて臨床医の道に戻り、日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医と医学博士を取得。その後、札幌麻生脳神経外科病院、旭川赤十字病院などで研鑽を積む。2005年から2021年まで北海道大学脳神経外科で助教、講師、診療准教授を歴任。2021年より柏葉脳神経外科病院 高度脳血管病センター・センター長に就任。手術技術の言語化を重視し、自らの技術を追及し続けるとともに、後進への伝承にも精力的に取り組んでいる。

    中山 若樹 先生の所属医療機関

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