乳がんの治療では、がんを取り除くことに加え、乳房の形をどのように保つか、将来の発症リスクをどう考えるか、治療と仕事をどのように両立するかなど、患者さん一人ひとりの生活や希望を踏まえた選択が大切になります。
山梨県の都道府県がん診療連携拠点病院である山梨県立中央病院では、乳腺を担当する乳腺外科の医師がチームで治療方針を検討し、放射線科、形成外科や婦人科、薬剤師、看護師、ソーシャルワーカーなど多職種と連携しながら乳がん患者さんの診療にあたっています。山梨県立中央病院 乳腺外科の木村 亜矢子先生に、同院の乳がん診療の特徴や治療に対する考え方についてお話を伺いました。
乳がんの診療においては、手術だけでなく、薬物療法、放射線治療、乳房再建、遺伝性腫瘍への対応、そして治療中の生活支援まで、複数の視点から患者さんを支えることが求められています。
当院の乳腺外科では、2026年6月時点、常勤の医師3名を中心に、非常勤の医師とも連携しながら診療を行っています。当院の特徴の1つは、1人の患者さんを複数の医師で診る体制を整えていることです。複数の医師で相談しながら治療方針を検討できることは、患者さんにとってとてもよい環境だと思います。また常勤医師3名のうち2名は女性医師です。乳がん患者さんの大部分は40~60歳代の女性ですが、子育て、介護、仕事など多くの社会的役割を担う中でのがん治療となります。乳房の手術や薬物療法という身体的負担だけでなく、心理・社会的な負担についてもともに共感し、気持ちに寄り添った診療を行っています。
他科との連携が取りやすいことも当院の強みです。薬物療法中の副作用への対応など、迅速な相談が必要な場面でも、診療科の垣根を越えて相談しやすい雰囲気があります。1人の医師だけではなく病院全体で患者さんを支えていく包括的な診療体制を目指しています。
乳がんの手術では、がんを適切に切除することが何よりも大切です。一方で、乳房は体の中でも目に触れやすい部分であるため、術後の見た目に不安を感じる患者さんも少なくありません。そこで当院では、がんを十分に切除することを前提に、できるだけ乳房の形を保つ工夫や、形成外科と連携した乳房再建にも取り組んでいます。
乳がんの手術には、がんを含む乳房の一部だけを切除する“乳房部分切除術”と、乳房全体を切除する“乳房全切除術”があります。部分切除では、切除する部位や範囲によって乳房に変形が生じやすい場合があります。特に乳房の下の外側部分は、切除範囲によって乳頭の向きが変わるなど、変形が目立ちやすい部位です。当院ではこうした部位の部分切除後に、側胸部(脇腹側)の皮膚と脂肪を用いて膨らみを補う“側胸部真皮脂肪弁による乳房形成術”を行っています。がんを適切に切除することと、できるだけ乳房の形を保つことの両立を目指す取り組みの1つです。また、乳房全切除後の乳房再建にも対応しています。方法としては、乳房の切除と同時に“ティッシュエキスパンダー”という皮膚組織を伸展する器具を挿入したうえで、後日インプラントを入れる手技や、お腹や太ももなどの組織を用いる自家組織による再建術などがあります。乳がんを切除する手術と同時ではなく、乳がんの治療がひと段落してから、一定の期間を置いて再建をする、二次再建という選択肢もあります。
いずれの方法にもメリットとデメリットがあるため、病状や患者さんのご希望を踏まえて、相談しながら方針を決めていきます。乳房の手術は、病気の治療だけでなく、患者さんの気持ちにも深く関わるものです。だからこそ、患者さんご自身が納得して決めていただくプロセスを大切にしており、疑問があれば気兼ねなく何度でもお尋ねいただけるよう心がけています。
当院は2013年に“ゲノム解析センター”を開設し、2023年からは“がんゲノム医療拠点病院”として診療にあたっています。近隣の病院からゲノム検査を目的に患者さんをご紹介いただくこともあり、乳がん診療においてもゲノム医療を身近に受けていただきやすい体制を整えています。
また、乳がんにおけるゲノム医療には、結果を治療薬の選択に役立てるという側面のほかに、“遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)のように将来のがん発症リスクを考慮した検討に用いる側面もあります。たとえば、BRCA1またはBRCA2という遺伝子に病的な変化がみられ乳がんや卵巣がんを発症しやすい状態は、HBOCと呼ばれます。
当院では、遺伝性腫瘍が疑われる患者さんや、家系にがん患者さんが多く不安を感じている方に対して、遺伝カウンセリングを行っています*。遺伝カウンセリングでは、検査を受ける意義や結果の受け止め方、検査後に考えられる選択肢について確認しながら、検査の適応について検討しています。患者さんご本人だけでなく、ご家族の不安や相談にも対応しています。
*遺伝カウンセリングは、対象となる方や検査の状況によって、保険診療と自費診療に分かれます。自費診療の場合の費用は、初回が5,500円(税込)、2回目以降は3,300円(税込)です。追加で検査を行う場合、別途追加の費用がかかります。
一定の基準を満たし、手術前にBRCA遺伝子検査を受けて陽性と分かったHBOCの患者さんでは、対側乳房の予防的切除が選択肢の1つとして検討されます。当院は、“日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構”(JOHBOC)の認定施設であり、HBOCに関する診療体制を整えています。
対側乳房切除と同時の乳房再建に対応しているほか、婦人科と連携して卵巣・卵管切除を行うことも可能です。方針の決定にあたっては、遺伝カウンセリングを経たうえで、婦人科や形成外科など複数の診療科・職種のスタッフで話し合い、患者さんが十分に説明を受け、納得したうえで選択できるよう支援しています。
なお、こうした手術は将来の発症リスクを下げる選択肢として検討されるもので、発症リスクを完全になくすものではありません。だからこそ、検査を受けるかどうか、結果を踏まえてどのような選択をするかについて、患者さんご自身の考えを大切にしながら、一緒に検討していくことを重視しています。
がんゲノム医療や乳房再建など、乳がんの診療では専門的な判断が必要になる場面が多くあります。一方で、患者さんにとっては、治療そのものだけでなく、仕事や家庭、経済面、気持ちの負担など、生活に関わる不安も大きいものです。当院では、こうした不安にも寄り添えるよう、多職種のスタッフで患者さんを支える体制を整えています。
必要に応じて、乳がん患者さんに対応した経験を積んだ看護師、がん薬物療法に携わる薬剤師、メディカルソーシャルワーカーなど、さまざまな職種が相談に応じます。病院の入り口近くにある“がん相談支援センター”では、仕事や介護など生活と治療の両立、経済的な不安など、幅広い相談に対応しています。近年は経済的な不安から受診をためらい、症状が進んでから来院される方も少なくないように感じています。だからこそ、病気だけではなく患者さんの暮らしや生活を含めて、支えられる病院でありたいと考えています。
診療において私が大切にしているのは、患者さんとの「言葉のキャッチボール」です。医療者が専門的な情報を分かりやすく伝えることはもちろん重要ですが、それと同じくらい、患者さんが何を不安に思い、何を大切にしたいと考えているのかを受け止めることも大切だと考えています。
乳がんの治療方針には、唯一絶対の正解があるわけではありません。手術の方法、乳房再建を行うかどうか、薬物療法や放射線治療との向き合い方、仕事や家庭との両立など、患者さんによって大切にしたいと思うことはさまざまです。だからこそ、疑問や不安をそのままにせず、主治医と十分に話し合いながら、納得できる選択につなげていただきたいと思っています。
乳がんは、女性がかかるがんの中で最も罹患数が多い病気です。普段の生活の中で身近に感じることは多くないかもしれませんが、決して珍しい病気ではありません。だからこそ、女性には「ブレスト・アウェアネス」を大切にしていただきたいと思います。ブレスト・アウェアネスとは、乳がんの早期発見・早期治療につなげるために、日頃から自分の乳房の状態に関心を持ち、変化に気を配る生活習慣のことです。
乳がんの治療では、手術、薬物療法、放射線治療など、身体的・心理的な負担を感じる場面もあるかと思います。だからこそ、医療者と信頼関係を築き、不安や疑問を伝えやすい関係を作ることが大切です。どうか1人で抱え込まず、医療者や周囲の方に相談しながら治療に向き合っていただきたいと思います。私たちも、その伴走者の一員でありたいと考えています。
▼山梨県立中央病院を初めて受診される方へ
初めて当院を受診される方には、スムーズな診療のため事前のご予約をお願いしております。予約がない場合でも診察はお受けいただけますが、待ち時間が長くなってしまうことがあります。また、紹介状をお持ちの方の診療を優先しておりますので、初診の際には、ぜひかかりつけの医療機関などで発行された当院宛の紹介状をご持参いただきますようお願いいたします。
「乳がん」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。