概要
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC*)とは、がん抑制遺伝子であるBRCA1またはBRCA2 (BRCA1/2)遺伝子に、生まれつきがんになりやすいという特徴(病的バリアント)を持っていることが原因で発症する遺伝性腫瘍のことです。
日本の乳がん患者の約4.2%、卵巣がん(卵管がんおよび腹膜がんを含む)患者の11.8-15%はBRCA1/2病的バリアント保持者であると報告されおり、海外では一般集団の200~400人に1人がBRCA1/2病的バリアント保持者であるといわれています。病的バリアント保持者のがん発症リスクについて正しく情報を伝えることで、本人や血縁者に対する確実ながん予防につなげることが可能になります。
* HBOC:hereditary breast and ovarian cancer syndrome
原因
HBOCの原因遺伝子であるBRCA1/2の病的バリアントは常染色体優先遺伝の遺伝形式で性別に関係なく、50%の確率で親子や兄弟で共有しています。
最近の海外のデータではBRCA1病的バリアント保持女性の約72%、同BRCA2の約69%が80歳までに乳がんを発症すると推定され、BRCA1病的バリアント保持女性の約44%、同BRCA2の約17%が80歳までに卵巣がんを発症するとされています。さらに、反対側の乳腺にもがんを発症する可能性が上昇します。
BRCA1/2病的バリアント保持者では膵がん発症リスクも一般集団と比較して上昇し、男性でも乳がんや前立腺がん発症のリスクが高くなります。
症状
BRCA1/2病的バリアント保持者でがんを発症していない場合には、具体的に現れる症状はなく、BRCA1/2遺伝学的検査によってのみHBOCの診断がつきます。
最近では国内でもHBOC関連がんの患者さんのうちBRCA1/2病的バリアントを保持する割合も相次いで報告されています。日本人乳がん患者の約4%、卵巣がん患者の約12%、前立腺がん患者の約1%、 膵がん患者の約6%が BRCA1/2 いずれかの病的バリアントを保持していることが分かりました。
HBOC関連がんでは、一般に下記に示すような特徴があります
乳がん
- 乳がんと卵巣がんの両方を発症しやすい
- 一般的な乳がんと比較し、若年で発症しやすい
- 反対側や両側に乳がんを発症しやすい
- 片方の乳房に複数回がんが発症しやすい
- 男性でも乳がんを発症する可能性が一般頻度に比べて高まる
- BRCA1病的バリアント保持者の乳がんはトリプルネガティブタイプ*が多い
- BRCA2病的バリアント保持者の場合、 通常の乳がん患者と同様にルミナルタイプ*が多い
* トリプルネガティブタイプ:がん細胞の表面にがん細胞の増殖に関わる女性ホルモン受容体とHER2と呼ばれるタンパク質が過剰に存在していないタイプの乳がん
* ルミナルタイプ:がん細胞の表面に女性ホルモン受容体が存在しているタイプの乳がん
卵巣がん(卵管がんおよび腹膜がんを含む)
卵巣がん患者さんではBRCA1/2病的バリアントを保持者の頻度が高いため、全例にBRCA1/2 遺伝学的検査を行うことが推奨されています。
- 漿液がん、 ステージⅢ期・Ⅳ期まで進行した症例が多いのが特徴
前立腺がん
- BRCA2病的バリアント保持者の場合、 前立腺がんのリスクが2~6倍になる
- BRCA2 病的バリアント保持者に生じる前立腺がんは遠隔転移やリンパ節転移の頻度が高い
膵がん
- BRCA2 病的バリアント保持者に生じる膵がんのリスクが2.4~6倍になる
検査・診断
HBOCの診断は血液等由来のBRCA1/2遺伝学的検査によってのみなされます。2020年4月よりHBOC診療の一部が保険適応となり、以下のいずれかに当てはまる人に対してはBRCA1/2遺伝学的検査が保険適応になりました。
治療
BRCA1/2 に病的バリアントを保持していることが分かれば、関連するがんの早期発見、早期治療、リスク低減手術などを行うことができます。HBOCと確定している場合に対しては、サーベイランス(対策型の検診とは異なり、きめ細かく丁寧に定期的に観察していくこと)時期や内容が提唱されています。
BRCA1/2病的バリアントを保持している女性に対しては、リスク低減手術によりがんの発症リスクやがんによる死亡率の低減を目指すことが可能になります。
リスク低減乳房切除術 (RRM*)
- RRMにより新規乳がん発症リスクは確実に減少する
- HBOC に伴う片側乳がん発症者は対側乳がんのリスクも高まるため、対側リスク低減乳房切除術(CRRM*)を考慮してもよい
* RRM:risk reducing mastectomy
* CRRM:contralateral risk reducing mastectomy
リスク低減卵管卵巣摘出術 (RRSO*)
- 理想的には35~40歳の間に、出産の完了に伴ってすすめる
- BRCA2病的バリアント保持者女性の卵巣がんの発症年齢は、BRCA1に比べて平均で8~10年ほど遅いので、すでに可能な限りの乳がん予防術(たとえば、両側乳房切除術)を受けている場合は、RRSOを40~45歳まで延期することもある
- RRSOは卵巣がん卵管がんや腹膜がんを減少させるとともに生存率の改善が示されているため、実施することが推奨される
2020年4月よりHBOC診療一部保険適応では、以下のサーベイランスやリスク低減手術が保険収載されました。
- HBOCと診断された人に対する乳房や卵巣のサーベイランス
- 乳がんを発症された人のうちHBOCと診断された人に対するRRSOおよび、がんを発症した乳房と反対側の乳房の切除(CRRM)
- 卵巣がんの患者さんのうち、HBOCと診断された人に対する両側の乳房の切除(両側リスク低減乳房切除術:BRRM*)
* RRSO:risk reducing salpingo-oophorectomy
* BRRM:bilateral risk-reducing mastectomy
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