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遺伝性乳がん卵巣がんとは?――正しく知り、不安と未来をコントロールするために

遺伝性乳がん卵巣がんとは?――正しく知り、不安と未来をコントロールするために
富永 修盛 先生

市立東大阪医療センター がんゲノム医療センター長、臨床腫瘍科部長/乳腺外科

富永 修盛 先生

目次
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日本において、乳がんと診断される女性と、前立腺がんと診断される男性の数はどちらも毎年約9万人にのぼり、それぞれのがんは男女でもっとも罹患数が多いがんとされています。乳がん患者さんの約5%は生まれ持っている遺伝的背景が関係しており、このような遺伝的な要因が強く影響しているがんを“遺伝性腫瘍(いでんせいしゅよう)”と呼びます。

代表的な遺伝性腫瘍に遺伝性乳がん卵巣がん(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOC)があります。乳がんの約5%、卵巣がんの約15%が遺伝性乳がん卵巣がんであるとされており、2020年4月以降、これらのがん患者さんは原因となる遺伝子を調べるための検査を保険適用のもと受けられるようになりました。そこで今回は、地方独立行政法人 市立東大阪医療センター がんゲノム医療センター長/臨床腫瘍科 部長 富永 修盛(とみなが しゅうせい)先生に、遺伝性乳がん卵巣がんの特徴や遺伝子検査の概要についてお話を伺いました。

乳がんは近年、患者数が増加しており、2019年には日本人女性の9人に1人が発症するがんとなりました*。特に30~64歳の女性では、がんによる死亡数の第1位を占めています**

乳がんの原因として、女性ホルモンや喫煙、飲酒、肥満、運動不足など、さまざまな要因が明らかになっています。そのうち、遺伝的背景によって発症するものを遺伝性乳がん卵巣がんと呼びます。遺伝性乳がん卵巣がんは、乳がん全体の約5%を占めており、以下のような傾向があるとされています。

  • 比較的一般的な乳がんよりも若い年代で発症しやすい
  • 両側の乳房にがんができやすい
  • 卵巣がんを併発しやすい

*国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」累積がん罹患リスク(2019年データに基づく)より

**国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)全国がん死亡データ(2021年データに基づく)より

遺伝性乳がん卵巣がんの多くは、両親から受け継いだBRCA1BRCA2という遺伝子(BRCA遺伝子)の一部に生まれつき変化が認められます。BRCA遺伝子は傷ついたDNAの修復に重要な役割を担う遺伝子です。細胞の中にあるDNAは紫外線や化学物質、喫煙などによって日常的に傷ついていますが、このダメージが蓄積すると、細胞が“がん細胞”へと変化することがあります。通常、このDNAの傷はBRCA遺伝子などによって修復されます。一方、BRCA遺伝子に病的変化がみられる場合、DNAをうまく修復できないため、がんを発症しやすい状態になります。

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DNA修復におけるBRCA遺伝子のはたらき

日本人女性の場合、一般の人が生涯で乳がんを発症する頻度は1割程度です。一方、遺伝性乳がん卵巣がんの女性の場合70歳までに、約5割は乳がんを、約2~4割は卵巣がんを発症する可能性があることが分かっています。また、遺伝性乳がん卵巣がんでは、乳がんや卵巣がん以外にも、前立腺がん膵臓(すいぞう)がんなどの発症リスクも比較的高いとされ、女性だけでなく男性も注意が必要です。

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遺伝性乳がん卵巣がんにおけるがんの発症リスク
日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドラインのデータをもとに作成

BRCA遺伝子の変化は性別に関係なく遺伝するため、男女を問わず親から子へと50%の確率で受け継がれます。母親が遺伝性乳がん卵巣がんと診断された場合の遺伝形式の一例は下図のとおりですが、父親が遺伝性乳がん卵巣がんであった場合にも、母親の場合と同様にBRCA遺伝子の変化が受け継がれます。

ただし、BRCA遺伝子の変化が親から子へと受け継がれたとしても、子どもが同じ種類のがんになるとは限りません。また、遺伝子の変化をもっていても、生涯にわたってがんを発症しないこともあります。

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遺伝性乳がん卵巣がんの遺伝の一例

“若年で乳がんを発症した”“家族に遺伝性乳がん卵巣がんの人がいる”といったように、遺伝性乳がん卵巣がんに該当する可能性が考えられる場合には、BRCA1/2遺伝学的検査を行ってBRCA遺伝子の変化の有無を確認することができます。

検査により、BRCA1/2遺伝子に変化があることが判明した場合は、乳がんや卵巣がんなどの発症リスクが明らかとなり、がんを発症する前に対策を講じることができます。たとえば、喫煙などのDNAが傷つけられる行為をできるだけ避けるといった日常の心がけだけでなく、若い頃からこまめに精度の高い検診・検査を受ける、予防的な治療を受けることなども検討することができます。

遺伝性乳がん卵巣がんの検査・診断は、がん発症リスクを踏まえた健康管理や治療にとって有意義な情報です。しかし、遺伝する病気であることから、家族への影響を考え、検査を受けることに対して不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。また、遺伝性乳がん卵巣がんと診断された場合に、ご家族もBRCA1/2遺伝学的検査を受けるべきか、家族にはどのように伝えるべきかなど、迷う点も多いと思います。

そのため、遺伝性乳がん卵巣がんの検査を検討している方には、日本遺伝カウンセリング学会が認定する臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる“遺伝カウンセリング”が行われます。遺伝カウンセリングでは、病気や検査に関して医学的な情報を提供するだけでなく、検査を受けるかどうかの迷いやご家族の病気に対する不安なども伺い、患者さんやご家族の価値観も大切にしながら納得できる選択を支援しています。

遺伝カウンセリングは、BRCA1/2遺伝学的検査を受ける前に必ず行います。事前の遺伝カウンセリングを踏まえて、検査を受けないという選択をすることも可能です。

当院では、BRCA1/2遺伝学的検査が保険適用となる方を対象に、遺伝カウンセリングも保険適用のもと行っています。検査を実施して病的変化を認めれば、後日認定カウンセラーによる遺伝カウンセリングを行います。なお、その後も必要に応じて遺伝カウンセリングを受けることができ、費用は保険適用かつ3割負担の場合、1回につき3,000円です(BRCA1/2遺伝学的検査の費用が別途かかります)。

当院ではBRCA1/2遺伝学的検査を保険適用で行っており、検査にかかる費用は3割負担の60,600円です(検査の費用以外に外来受診料や遺伝カウンセリング料が別途必要になります)。

なお、以下のような遺伝性乳がん卵巣がんの可能性があると考えられる方が検査の対象となります。

BRCA1/2遺伝学的検査が保険適用となるケース(2022年12月時点)

  • 45歳以下で乳がんと診断された
  • 60歳以下でトリプルネガティブの乳がん*と診断された
  • 両側の乳がんと診断された
  • 片方の乳房に複数の乳がん(原発性)を診断された
  • 男性で乳がんと診断された
  • 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された
  • ご自身が乳がんと診断され、血縁者(3親等以内)に乳がんまたは卵巣がんを発症した人がいる
  • がんの治療において、分子標的薬(オラパリブ)の適応かどうかを判断する場合

*トリプルネガティブの乳がん:女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンそれぞれの受容体、および、がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクの3つが、がん細胞に存在しない乳がんのこと。

BRCA1/2遺伝学的検査では、約7ml採血を行い、血液に含まれる細胞のBRCA遺伝子の変化を調べます。検査は1回のみ行われ、結果が分かるまでに3週間程度かかります。

また、血縁者が遺伝性乳がん卵巣がんと診断されている場合には、シングルサイト検査と呼ばれる特定の遺伝子の変化のみを調べる方法もあります。この検査では、血縁者の方が持つBRCA遺伝子の変化の部分のみを対象に調べることができます。

シングルサイト検査は健康保険の適用外(2023年6月時点)ですが、BRCA1/2遺伝学的検査よりも安価に行うことができ、一般的には結果返却までの期間も短い(2週間程度)という特徴があります。BRCA1/2遺伝学的検査と同様検査は1回で、シングルサイト検査では約2mlの採血が行われます。当院の場合、検査にかかる費用は1回45,000円(税および診療費込み、自費診療・全額自己負担)です。

なお、遺伝子検査のため、人によっては検査の結果が結婚や出産に影響が及ぶケースも考えられます。そのため、ご自身が検査結果を知った場合に、どのように受け止めるのか考えてから検査を受けるようお伝えしています。

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