高齢になると様々な老化現象が現れますが、そのひとつに筋肉の減少があります。中でも、日常生活に支障が出てしまうほどの深刻な筋肉減少のことをサルコペニアと呼びます。サルコペニアの状態になると、例えば、何の苦もなく上ることができたはずの階段が上れなくなってしまうなど、日常生活に深刻な影響を与えます。
このように、サルコペニアは一般的な老化現象とは異なる病的な筋肉減少症ですが、東京大学医学部附属病院老年病科の秋下 雅弘先生は「サルコペニアを予防・治療する方法は十分にある」とおっしゃいます。その方法は一体どのようなものなのでしょうか。今回は、同病院の秋下 雅弘先生にサルコペニアの概念とその予防・治療法についてお話いただきました。
サルコペニアとは、サルコという筋肉を表す言葉と、ペニアという減少を意味する言葉を組み合わせたギリシャ語の造語です。ふさわしい日本語で表すと「筋肉減少症」となり、加齢に伴い筋肉が減少することを意味します。人間は通常、加齢とともに様々な機能が低下しますが、その中の1つに筋肉の減少があります。この筋肉の減少とは、筋肉量の減少と質(筋力)の低下を意味します。
中でも、筋肉の瞬発力や持続力などの筋力が先に低下し、続いて筋肉量が減少してサルコペニアの状態になることが多い様です。つまり、一般的には筋肉の質の低下が量の低下に先行して起きるのです。
このようなサルコペニアが単純な老化現象と異なる点はどこにあるのでしょうか。前提として、20代から50代にかけての筋肉量の減少は誰にでも起こり、またそれは本人も自覚するレベルだということです。例えば、スポーツをしている方が、年齢を重ねるにつれ、若い頃と同様のスピードや成績を保てなくなる話はよく聞きます。これは多くの方に現れる単なる生理的な老化現象であり、ほとんどが疾患として捉えるほどの問題ではありません。
しかし、サルコペニアの患者さんの症状は、このように単なる老化現象にとどまりません。例えば、階段の上り下りなど日常生活に大きな支障が出るほど深刻な症状が現れる点が大きな特徴です。
これはまだ推測の域を出ませんが、私はサルコペニアの状態になる患者さんには何らかのきっかけがあると考えています。例えば、入院した患者さんの場合、急に活動範囲が狭まったせいで筋肉減少が一気に進行し、歩行が困難になることがあります。このように、何らかの筋肉減少を引き起こすきっかけがあり、そこから一気にサルコペニアの状態になってしまうことが多い印象があります。
また、サルコペニアは数日〜1週間の短期間で一気に重症化すると言われています。意外に思われるかもしれませんが、筋力の低下は数日でも起こります。先に述べたように、入院などの行動範囲が狭まる何らかのきっかけがあり、ほとんどの患者さんは、そこから1週間以内にサルコペニアの状態になるのです。
サルコペニアは以下のように、加齢が原因で起こる一次性サルコペニアと加齢以外にも原因がある二次性サルコペニアに分類されます。
【一次性サルコペニア】
・加齢性サルコペニア:加齢以外に明らかな原因が見当たらないもの
【二次性サルコペニア】
・活動に関連するサルコペニア:寝たきり、不活発な生活スタイルなどが原因となる
・疾患に関連するサルコペニア:重症臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、神経筋疾患、炎症性疾患、悪性腫瘍などが原因となる
・栄養に関連するサルコペニア:エネルギー摂取不足などが原因となる
それぞれの割合はまだ明らかになっていませんが、加齢だけが原因でサルコペニアになる一次性サルコペニアの方は少ない印象があります。やはり高齢者はなんらかの疾患を持たれていることが多く、その疾患自体が筋肉減少を引き起こすからです。
また、先ほどお話したように、入院などにより活動範囲が狭まるとサルコペニアにつながりやすくなります。このように、一次性サルコペニアと二次性サルコペニアに綺麗に分類されることは少なく、ほとんどの患者さんが両方に当てはまります。
特に、75歳以上の高齢者の方であると、認知症や骨粗しょう症の患者さんも少なくありません。これらの病気と共にサルコペニアの状態に進行する患者さんが多いことがわかっています。
サルコペニアの診断は、以下のような3つの要素から成り立っています。これは、ヨーロッパのグループが2011年に発表した基準を元に、アジア人に最適化させた診断基準になります。
筋肉量の測定は、大きな医療機関であれば、骨粗しょう症の診断に使用される骨量測定装置であるDXA(デクサ)を使用し測定します。測定位置に内臓が入ってしまうと誤差が生じてしまうので、両手足の筋肉量を測定し、身長で補正した指数を出します。
また、このDXA法のほかにBIA法と呼ばれる方法があります。BIA法では、体脂肪計のような装置で手足の筋肉量を測ります。これは、持ち運びができ簡単に測定できるというメリットがありますが、保険適用されておらずまだ一般的に普及していない点が課題となっています。
歩行速度は4〜6メートルの範囲を歩いていただき、その速さを測定します。これは最大歩行速度ではなく、普段の歩行を意識した通常歩行速度で歩いていただくことが重要となります。
現在、筋力は握力で測定していますが、筋力の測定方法も今後の課題のひとつとなっています。
これら3つの検査からサルコペニアは診断されますが、特に筋肉量や筋力の測定にはまだ課題も多く、今後解決する必要があるでしょう。
サルコペニアに有効な薬物療法は確立されておらず、栄養と運動による非薬物療法が有効であることがわかっています。
筋肉を減らさないためには一定の量のたんぱく質が必要ですが、高齢になると、たんぱく摂取量は減少する傾向にあると言われています。それは、加齢とともに食事量が減る方が多く、それに伴いたんぱく摂取量が減少するためです。これを防止するためには、良質の動物性たんぱく質をしっかりと摂取することが重要になります。具体的には肉(特に赤身の肉)や魚、乳製品を食事の中で十分に摂取するよう心がけるとよいでしょう。
歩けなくなる手前で進行をとめるには足を鍛える必要があります。そのため、栄養療法と並んで運動療法にも効果が期待されており、中でも筋肉に負荷をかけるレジスタンス(抵抗)運動が有効であると言われています。しかし、運動療法で効果を得るには継続することが重要です。生活の中に上手に運動を取り入れるとよいでしょう。例えば、テレビを見ていてCMになったときだけ椅子から立ち上がる運動をするだけでも、継続することで高い効果が期待できます。
サルコペニアに対する有効な薬物療法は未だ確立されていませんが、様々な企業が開発に取り組んでいます。
また現状でも、効果が期待できる薬剤がいくつかあります。まず、筋肉を強化するBCAAというアミノ酸製剤です。これはまだ保険適用されていませんが、BCAAは有効であると言われています。
ほかには、ビタミンD製剤も効果が期待されています。これは、ビタミンD不足を補うことで、筋肉を強化する効果があることがわかってきたからです。実際に運動とビタミンD摂取を組み合わせることで、筋肉量が相乗的に増えたという結果が無作為比較試験で証明されています。
これらの薬剤を使用するかは患者さんの状況により異なりますが、今後、薬物療法と非薬物療法を組み合わせることができれば、より有効な治療につながっていくのではないでしょうか。
私が担当している患者さんの中に、食事の見直しとレジスタンス運動を取り入れて1ヶ月ほどでサルコペニアの状態を改善した方がいます。この方は、毎日の運動で筋肉を鍛えられただけでなく、運動で体を動かすことで食欲が増し、肉や魚をたくさん食べることにつながったのです。もちろん、これはひとつの例であり、患者さんの症状により個人差はあります。しかし、適切な治療に取り組むことで状況が改善されることは間違いありません。
お話した患者さんには娘さんがいらっしゃり、娘さんの協力のもとで食事と運動の改善を図りました。このように、サルコペニアの治療には、周囲の協力が非常に重要になります。それは、高齢者が1人で治療に取り組むことには限界があるからです。例えば、高齢の夫婦で励まし合いながら運動に取り組むなども継続のためには有効であると思います。
サルコペニアはまだあまり知られていない概念であり、単なる老化現象として捉えられることも少なくありません。認知症や骨粗しょう症もかつて同様の認識でしたが、重症化する患者さんが社会的な問題になって初めて、重大な疾患であると広く認識されるようになりました。私は、「サルコペニア」のことをできるだけ多くの方になるべく早く知っていただきたいと考えています。サルコペニアは適切な予防や治療をすれば重症化を防ぐことが十分可能であり、「サルコペニアを広く知ってもらうこと」がそのまま重症化の予防に直結するのです。
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
日本老年医学会 老年科専門医・老年科指導医日本内科学会 内科指導医・認定内科医日本認知症学会 認知症専門医・指導医
東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)。1960年鳥取県生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会・講演会・新聞・雑誌などで注意を喚起している。日本老年医学会で「高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物リスト」を含む薬物療法のガイドラインを中心になって作成。ほかに、老年病の性差、性ホルモンに関する研究。
秋下 雅弘 先生の所属医療機関
関連の医療相談が2件あります
手術するかどうかの判断
手術を受けるべきかどうか悩んでいます。その判断基準についてアドバイスをお願いします。 4月より左足全体に何となく違和感を感じ、5月より痛み始め受診しました。 保存療法が一般的とのことでしたが、6月より痛みが強くなり、鎮痛剤を飲み始め、12日にMRIでヘルニアを確認し同日ブロック注射、28日にヘルコニア注射を受けました。7月下旬より痛みが和らぎ始め、激痛が無くなりまとまった睡眠も取れるようになりました。しかし、ヘルコニア注射後5週間経った現在でも、鎮痛剤を飲まないと、左のお尻から下肢に痛みがあり通常の生活は難しい状態です。8月12日に再度診察にて手術するかどうかを決める事になっており、その時にまだ鎮痛剤が必要なようなら手術をお願いすることになるのかと思っていますが、もし、判断するのに有意義なポイントなどありましたら教えてください。 よろしくお願い致します。
筋肉量の増加
2年前ぐらいから大腿筋の疲れ 階段を昇るのがきつい 従来整形外科にも診断したが異常は見つからない。 年齢の関係とも考えられるが 筋肉量の減少ではないかと自分では思っておりますが 解決方法を教えて頂ければ 有難いです。
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