前立腺がんは、病気の進行が緩やかで放置しても寿命に影響を及ぼさないタイプのものがあれば、進行が速く早期治療を行わなければ命にかかわるタイプのものもあります。こうしたがんの性質や病気の段階(ステージ)によって適切な治療法は異なるため、検査でしっかりと前立腺がんの性質や状態を確かめたうえで、その方に合った治療を選択していくことが大事です。前立腺がんの検査には、採血して前立腺から出る前立腺特異抗原:prostate-specific antigen(PSA)という物質を調べる検査や直腸に直接指を入れて前立腺を触診する検査、前立腺の組織の一部を採取する針生検などがあります。前立腺のさまざまな検査と診断の流れ、検査結果からわかる事柄について、神奈川県立がんセンター泌尿器科部長の岸田健先生にお話しいただきました。
前立腺がんは、がんの中では進行が緩やかな病気といわれています。確かに、10年以上も経過観察と定期検査のみで元気に過ごされている患者さんもおられますが、そういう患者さんばかりではありません。前立腺がんには幅広い特性(悪性度など)があり、その特性によっては大きく広がり他臓器に転移して命に危険をもたらすことは十分起こり得ます。前立腺がんは命にかかわる重大な病気であることを、まずはお伝えしておきます。
一般的に、前立腺がんの発症に関連するとされる要因は下記の通りです。
前立腺がんの患者数は50歳代から徐々に増え始めて60歳代から急増し、65歳以上の男性では全てのがんの中でもっとも多いことが知られています。
全ての前立腺がんが遺伝によって発症するわけではありませんが、前立腺がんの家族歴は前立腺がん発症のリスクを高める因子であることがわかっています。
母方または父方の家系で複数世代にわたって前立腺がんを発症している場合や、55歳以下で2人以上の近親者が前立腺がんを発症した場合などは、遺伝的な要因が関係している可能性が高いといわれています。ご親族の中に前立腺がんの方がいらっしゃる方は、通常よりも若い時期から健康診断などで前立腺の検査(PSA検診)を受けることをおすすめします。(通常は50歳以上、家族歴ありなら40歳以上)
前立腺がんの自覚症状には、排尿障害(尿漏れ・頻尿・尿が出にくい)や血尿があり、病気が進行すると転移によって腰や骨盤付近の痛みなどが生じます。ただし、これらの症状は初期のがんではほとんど現れません。
前立腺肥大症など高齢者に多い疾患で診察を受けた際に前立腺の検査を行い、PSA検査(詳細は後述)などの結果から前立腺がんの発見につながったケースが増えています。前立腺肥大症ではトイレが近くなるなどの排尿障害が生じるため、異常を感じて病院を受診され、この際に検査を行ったところPSAの値が高く、さらなる精密検査を受けた結果、前立腺がんと診断されることがあります。なお、前立腺肥大症と前立腺がんは共にPSAの上昇をもたらしますが、両者は全く異なる疾患であり、肥大症ががんになるわけではありません。
もっとも多い前立腺がんの発見契機は、自覚症状はないけれど地域のがん検診や人間ドックで血液中のPSAを測定し、異常と判定され、その後の精密検査で前立腺がんと診断される方です。これらの方は症状が出てから発見される方と比べ、多くの場合より早期の段階であり、完治の可能性が高くなりますので検診を受けることはとても大切です。
前立腺がん診断の一般的な流れは下記の通りです。
PSA検査は、前立腺がんを早期発見するために有用なスクリーニング検査です。検診の受診率が高い海外の研究では、PSA検診によって前立腺がんによる死亡率が下がったことが報告されています。
PSAとは、前立腺から精液中に分泌されるタンパクです。正常前立腺や前立腺肥大でもPSAは微量に血中に入り検出されますが、がんや前立腺炎によって前立腺の組織が障害されると、PSAが血液中に漏れ出して血中PSA値が増加します。このようにがんだけでなく、前立腺肥大症、前立腺炎などでも上昇しますが、PSAの値によりがんの発見率は以下のように異なります。
【PSAの値とがん発見率】
0~4ng/mL未満:正常範囲(ただし、微小ながんがみつかることがある)
4~10ng/mL:3~4割の方に前立腺がんがみつかる
10ng/mL~30 ng/mL :5割以上の方に前立腺がんがみつかる
40ng/mL以上:前立腺がんを強く疑う。転移も来たしていることが多い。
以上から、PSA4ng/mLを基準値とし、それ以上の場合、泌尿器科受診が推奨されます。泌尿器科では、後述する直腸診・経直腸エコー、MRIなどを実施して前立腺の状態をさらに詳しく調べ、がんが強く疑われる場合に診断確定のための前立腺生検を行います。
肛門から直腸に指やプローブ(超音波を発する検査器具)を挿入して、前立腺の状態を調べる検査です。前立腺がんの場合、前立腺の表面の凹凸や硬いしこり、左右非対称性がみられます。
MRIでは、がんの確定診断はできませんが、がんが怪しい部位をかなりの確率で特定することが可能です。また、がんがあった場合、前立腺周囲の膜を破って広がっているかどうかや、リンパ節の転移が疑われるかどうかの診断ができます。
前立腺生検は、ここまでご説明した検査の結果から強く前立腺がんが疑われる場合に行われます。エコーで前立腺の状態を確認しながら、肛門やその周囲の皮膚から細い針を挿入して前立腺組織の一部(通常一度につき10~20か所)を採取します。ただし、生検は前立腺のすべての範囲を採取するわけではないので、採取できなかった部分にがんが潜んでいる可能性も考えられます。生検でがんが発見されなくても経過観察をしながら、数年後にもう一度生検を受けていただくこともあります。
神奈川県立がんセンターでは、できる限り患者さんに痛みや負担がかからないよう、術前術後に入院期間を設け、麻酔をかけたうえで生検を行っています。しかしながら前立腺生検には、直腸出血、血尿、排尿困難や感染症などの合併症が生じる可能性がわずかながらあります。生検後に発熱や排尿障害などの症状が現れた場合はすぐに医師に相談してください。
生検で前立腺がんが発見されたら、具体的な治療方針の決定に移ります。治療方針を決めるために重要になるのが、「グリソンスコア」という前立腺がんにおけるがんの悪性度を示す数値です。グリソンスコアは生検の結果から判断され、ある程度がんの進行速度や治療効果の予測をつけることができるので、医師はグリソンスコアに応じて、その患者さんにもっとも適切と考えた治療法を提案します。※グリソンスコアについては記事2『前立腺がんの治療の選択肢―手術、放射線、ホルモン療法、監視療法』で詳しくご紹介します。
泌尿器科や前立腺がんの専門医の間では、50歳を過ぎた男性は前立腺がん検診(PSA検査)を受けること、なおかつPSAの値が1.0ng/mLの場合は3年に1回、1.1~4.0ng/mLの場合は毎年定期検査を受けることが望ましいと考えられています。これは検診受診率の高い欧米からの報告で、PSA検診によって前立腺がん死亡率が下げられた、という報告があるためです。一方で、検診によっては死亡率が下がらないとする報告や、検診により治療が不必要なごく早期のおとなしいがんもみつかるため、過剰治療につながる危険性も指摘されています。
市町村によっては公費で前立腺がん検診を行っているところがあります。たとえば当センター所在地である横浜市は、50歳以上の市民を対象(通常1,000円の自己負担、70歳以上など条件によっては全額免除)に公費負担で検診を行っています。
しかし、2019年2月現在、日本における前立腺がん検診は各自治体の判断に任されており、検診を積極的に推進する自治体と、あまり推進していない自治体で対応が分かれているのが現状です。厚生労働省では前立腺がんについて、対策型検診(公共政策として行うこと)は推奨しないが、個人の判断に基づく受診は妨げないという見解を示しています。検診を実施していない市町村にお住まいの方が、前立腺がん検診を希望する場合は、人間ドックなどを利用して自費で検診を受けていただくことが可能です。
悪性度が高い前立腺がんの場合でも、一刻も早く治療をしなければすぐに命に危険が及ぶようなケースはほとんどありません。とはいえ、PSAが基準値を上回り前立腺がんの疑いがあれば、患者さんの不安を解消するためにも前立腺がんであるかどうかをできるだけ早くはっきりさせることが大切だと考えています。そこで当センターでは、地域医療機関や検診施設から患者さんのご紹介があった場合は1週間以内に初診を行い、精査が必要であれば初診から2週間以内に生検を受けていただけるよう、迅速な対応を心がけています。
また、当センター内には、前立腺の病気を包括的に診る「前立腺センター」があります。前立腺センターでは泌尿器科を筆頭に、重粒子線治療科、放射線腫瘍科、放射線診断科、病理診断科などが連携し、随時カンファレンスを開催して、患者さんの経過の確認および治療方針などの討議を行い、よりよい診療提供を心掛けています。
前立腺がんの治療方針は、前述のグリソンスコア(がんの悪性度)、がんのステージ、患者さんの年齢や合併症の有無、ご本人のご希望などから総合的に判断します。
記事2『前立腺がんの治療の選択肢―手術、放射線、ホルモン療法、監視療法』では、前立腺がんの治療の選択肢と具体的な治療の流れについてご紹介します。
神奈川県立がんセンター 副院長、地域連携室長、泌尿器科 部長
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