肺がんは初期症状が現れにくく、進行した状態で見つかることも少なくない病気です。しかし近年、薬の開発をはじめとする治療法の進歩により、かつては治りにくいとされた状態からでも“治癒”を目指せる時代へと大きく変わってきています。今回は、山梨県立中央病院 肺がん・呼吸器病センター 統括部長である後藤 太一郎先生に、肺がん診療の現状と、近年における治療の進歩についてお話を伺いました。
肺がんが手術の難しい状態で診断される方の多い病気であることは、今も昔も変わりません。早期発見、早期治療のためには、X線検査(レントゲン検査)よりも精度の高いCT検査を受けることが推奨されます。
その一方で、肺がんは数年単位で診断・治療法が大きく進歩している領域です。詳しくは後述しますが、たとえば手術の前後に薬物療法を行う“サンドイッチ療法”は、ステージIIIの患者さんに対しても手術の機会を広げており、その治療成績も良好であることが報告されています。これは、数年前には考えられなかった大きな進歩です。
>サンドイッチ療法についてはこちらで詳しく説明しています
肺がんは、大きく“小細胞肺がん”と“非小細胞肺がん”に分けられます。非小細胞肺がんはさらに組織のタイプによって腺がん(肺腺がん)や扁平上皮がんなどに分類されます。
近年の患者さんの傾向として、女性や非喫煙者の方に“腺がん”が多くみられることが挙げられます。現在、肺がん全体の約6~7割を腺がんが占めており、次いで扁平上皮がんが約2~3割、小細胞肺がんが約1割という比率になっています。
肺がんの中でも小細胞肺がんは進行が速く、手術の適応になりにくいため治療が難しいタイプとされています。一方で、近年増加している腺がんは、小細胞肺がんとは対照的に手術の適応となる方が多く、早期に発見できれば治療成績がよいという特徴があります。つまり、腺がんの患者さんが増えている現在の状況は、見方を変えれば「手術によって治る可能性が高い肺がんが増えてきている」ともいえます。
肺がんの確定診断や組織タイプの判定には気管支鏡検査を、病期の判定や全身への転移の有無を調べるためにはPET検査やMRI検査を行います。これまで、手術が可能な段階の肺がんと診断された場合は、まずは手術を行い、その際に採取した検体を遺伝子検査に提出するのが一般的でした。しかし、分子標的薬(がん細胞を狙い撃ちする薬)や免疫チェックポイント阻害薬(免疫の力を回復させる薬)といった新たな薬が登場した現在では、進め方が変化してきています。気管支鏡検査でがんと診断された段階で速やかに遺伝子検査を行い、薬の適応の有無を判断して有効な薬を見極め、適切な治療戦略を立てることが現在の主流となっているのです。
当院では、院内に“ゲノム解析センター”を設け、遺伝子検査やPD-L1検査(免疫療法が有効かを判断する検査)などの実施から解析までの工程を完結できる体制を整えています。これらの検査を外注した場合、結果が判明するまで2週間以上かかることも珍しくありませんが、当院の場合は院内施設で行うことで1週間以内に結果を得ることができます。検査の待機期間を短縮することで患者さんの不安な時間を減らし、速やかに適切な治療を開始できる体制が整っていることは当院の強みの1つです。
肺がんの主な治療法は、手術療法、薬物療法、放射線治療です。中でも薬物療法は近年劇的な進歩を遂げており、その鍵となるのは2つの新しい薬です。
近年、肺がん治療において非常に重要な役割を果たしているのが、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬(免疫療法)です。分子標的薬とは、がん細胞に特定の遺伝子変異が見つかった場合に用いる薬です。がん細胞の増殖に関わるタンパク質など、特定の分子だけを標的(ターゲット)にして、がんをピンポイントで攻撃します。
一方の免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身の“免疫ががんと戦う力”を回復させる薬です。がん細胞は、自身の表面にある「PD-L1」というタンパク質を、免疫細胞の「PD-1」という分子に結合させることで、免疫にブレーキをかけて攻撃から逃れようとします。免疫チェックポイント阻害薬は、この結合を阻害してブレーキを解除し、免疫細胞が再びがん細胞を攻撃できるようにする薬です。
PD-1やPD-L1といった分子の発見をきっかけに免疫チェックポイント阻害薬の開発が進み、現在では、進行した肺がんに対する薬物療法の第一選択薬(初回治療で使われる薬)として広く用いられるようになってきています。また、肺がんの薬の開発はほかの領域よりもかなり進んでおり、分子標的薬の種類も年々増加しています。がんの性状に応じた薬の選択肢が広がったことで、患者さん一人ひとりの状態に合わせて薬を選択する“治療の個別化”が進んでいます。
実際の薬物療法では、従来の抗がん薬と上記のような新たな薬を組み合わせて使用するのが基本であり、そのバリエーションは多岐にわたります。次々と新薬が登場するため、治療の“教科書”ともいえる診療ガイドラインは頻繁に更新され、そこに薬物療法の進め方が細かく示されています。薬の進歩に伴って治療選択の幅が加速度的に広がり、それだけ治癒を目指せるチャンスも増えているといえるでしょう。
かつては、手術と薬物療法はそれぞれ独立した治療として位置付けられていましたが、新薬の開発に伴い、両者を組み合わせる治療法が大きく進展しています。従来は手術が困難とされた症例でも、薬物療法を行ってがんを縮小させることで切除を目指すアプローチが定着しつつあります。臨床試験などでの治療成績も良好で、がんが消失するレベルまで改善した事例も報告されているほどです。
手術の適応範囲が拡大しつつあるとはいえ、年齢や合併症により手術が難しい方や、手術を希望されない方もいらっしゃいます。そうした患者さんの選択肢となるのが、がんに向けてさまざまな角度から放射線を集中的に照射する定位放射線治療(SRT)です。
また、術後にがんが再発した場合など、再度の手術が困難なケースにおいても、放射線治療が適応となる場合があります。
地方独立行政法人山梨県立病院機構 山梨県立中央病院 肺がん・呼吸器病センター センター長
地方独立行政法人山梨県立病院機構 山梨県立中央病院 肺がん・呼吸器病センター センター長
日本外科学会 外科専門医・指導医日本呼吸器外科学会 呼吸器外科専門医・評議員日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医・気管支鏡指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医肺がんCT検診認定機構 肺がんCT検診認定医師日本移植学会 移植認定医日本肺癌学会 評議員・タバコ対策委員
1997年より呼吸器外科医師としてキャリアをはじめる。2011~2014年の期間、慶應義塾大学医学部呼吸器外科で講師を務めていたが、山梨県の呼吸器外科診療、および肺がんの遺伝子研究に興味を抱き、2014年4月より現職に就いた。年間約320件(2025年4月~2026年3月)の呼吸器外科手術全症例の執刀を行いつつ、夜間休日を利用して肺がんの遺伝子研究も行い、臨床・研究ともに日本の医療業界に貢献している。慶應義塾大学外科客員准教授を兼務、そのほか海外JournalのEditorも多数務めている。
後藤 太一郎 先生の所属医療機関
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