私は、高校生の頃までは特に将来の夢や目標を持たない少年でした。ですから、使命感にあふれる他の多くの医師のように、何か大きな希望をもって医師を目指したわけではありません。ただ、漠然とですが、海外で働ける仕事に就けたらいいなとは思っていました。
大学入試で複数の大学を受験しましたが、理学部、工学部、医学部、経済学部とすべて異なる学部でした。そして運良くすべての大学に合格することができました。
さあどこに進学しようかと考えたとき、父から「資格を取りやすい学部に行った方がいい」、祖母から「医者になったらどう?」とアドバイスされ、私の希望順位がもっとも低かった医学部に、祖母の経済的援助を受けて進学しました。その程度のモチベーションで入った医学部ですから、当然といえば当然なのですが、1~2年生の頃は講義を受けていてもとても退屈で、医学にはまったく興味が持てず、再受験も考えたほどでした。
医学部で学ぶことが面白いと感じ始めたのは、臨床の科目が始まってからでした。臨床科目の教員が、医師としての魅力をご自身の体験談を通して講義中に教えてくれたからです。漠然とですが、目指すべき医師像をなんとなく描けるようになり、「医師としてやっていける」と思い、その頃から勉強にも身が入るようになりました。そのため、我々のように大学で講義を担当している者の責任は重大だと思っています。定期試験直前には留年すれすれの仲間を集めて、寺子屋のような勉強会を行ったり、国家試験直前にはスキー旅行と称した勉強強化合宿を企画したりして、その講師を務めました。そして晴れて、多くの友人と一緒に医師になることができました。
大学卒業後は東邦大学医学部の旧第三内科に入局しました。その際に直属の上司となった先生が、私の今のキャリアを決定づけることになります。
当時の医局は、ある意味師弟制度のような、特定の先生に弟子のようについて一から十まで物事を教えてもらうスタイルでした。そこに入局してから最初にオーベン(上司)としてついていただいた先生は、循環器のなかでも不整脈を専門にされていました。当時、教室を主宰されていた教授からは、ご自身の専門である心臓超音波を専攻するようにすすめられました。しかし、私はその上司から点滴の刺し方からカルテの書き方まで医師としての“いろは”をすべて教えてもらった恩もあって、不整脈を専攻することにしました。
当時、教授の指示は絶対でしたので、異例といえば異例であったかもしれません。その後は、上司の指導の下、不整脈の臨床と研究に邁進することになりますが、学位論文だけは教授のご指導を仰ぎたいと考え、心臓超音波に関するテーマで仕上げ、医学博士の称号をいただくことができました。
入局から8年経った頃、私はアメリカへ研究留学しました。この留学が私にとって大きな転機となったのです。
子供の頃から海外で働いてみたいと思っていた私にとって、アメリカでの研究生活はとても刺激に満ちあふれていました。シーダス・サイナイ医療センターおよびカルフォルニア大学ロサンゼルス校に留学中、私が研究したのは心房細動に関するものでした。今でこそ心房細動はトピックになることが多い不整脈ですが、当時はそれほど注目されていませんでした。
私が留学した研究室の主なテーマは、心筋細胞の活動電位と心室頻拍・細動の受攻性に関するものでした。世界各国から複数の留学生を受け入れていましたが、「どうせなら人と違うことをやりたい!」と、心房細動のメカニズムについての研究をすることを2人のボスに願い出ました。
その研究室ではマッピング装置(現在の不整脈カテーテル治療においては必須の機器)の開発も行っていたため、私はそれに注目し、その開発に加わるとともに、その装置を用いた動物実験で心房細動の成立メカニズムの解明を試みました。幸いにして、他の多くの研究員が2人のボスが専門とする領域の研究で心室筋を使って実験を行っていたため、心房筋は不要であり、余った心房筋を利用して実験を効率的に進めることができました。
その結果、既存の考え方とはまったく異なる新しい心房細動を含めた上室性不整脈のメカニズムを解明することができ、複数のメジャージャーナルに一連の研究成果を公表でき、教科書を塗り替える仕事をすることができました。20年以上も前の研究ですが、今も色あせることはなく、カテーテルアブレーション治療の新手法にも応用されています。
それからというもの、心房細動は私の専門のひとつとなっています。
最初はそれほど興味のなかった医学(医療)ですが、今では医療において社会貢献したいと思っていますし、世界の医療も充実してほしいと願っています。
大学病院で臨床・研究、そして教育に従事するかたわら、海外で働きたいという昔からの思いもあって、JICA(国際協力機構)の顧問医としても長く活動をしています。最近は、講座の責任者に就いているということもあって、長期間海外出張することが難しくなっていますが、5年くらい前までは、毎年、JICAが派遣している発展途上国に医療調査団の団長として訪問しました。今まで訪れたのは、皆さんが行ったことも、ましては聞いたこともないような国ばかりです。例えば、アフリカですとチャドやガボン、中米ではホンジュラス、南米ではパラグアイ、中東ではシリアなどです。
これらの国で目の当たりにしたものは、日本とはあまりにも異なる医療環境でした。現地の医師とその国の問題となっている医療事情についてディスカッションし、どの程度の疾患であればJICA関係者の医療を任せられるかなどについて話し合いました。有事に備えて、どの程度の疾患であればその国で治療を行うことが可能で、重症の疾患であれば第三国、例えばパリやマイアミまで航空機を飛ばして輸送するしかない、といった具体的なことについても話し合いました。同時に、現地で活動する青年海外協力隊やシニアボランティアなどの健康状態についても、必要に応じてケアしました。
発展途上国では、国や地域によって医療格差が生じています。たとえば、同じ国でも首都であれば先進国とあまり変わらない医療を受けられますが、地方だと満足いく医療を受けられないといった具合です。医師も看護師もいない、いたとしても医療機器がないという、想像以上に過酷な環境がみえてきました。
日本で医療を受けていれば助かるような命が、これらの国では助からないことが多い―。
そのようななかで改めて「日本は恵まれている」と感じる一方、「今はまだ医療が整っていない国も、日本のようにきちんと医療を受けられるようにしたい」との思いを強くしました。
ぜひ、若い先生方も一度は医療環境の乏しい国を訪問して、世界の医療の実態についてふれてみることをおすすめします。そうすることで、医療人としての視野が大きく広がると思うからです。
理事として国内外の学会で専門領域の学術活動に従事するかたわら、教授として大学病院で若手医師の教育にも力を入れています。彼ら彼女らは、今後の日本や世界の医療を担う人材です。そのような可能性のある若い医師を育てているという自覚をもって、指導にあたっています。
後進の指導で一番大切にしていることは、それぞれの医師の長所をのばすことです。たとえ短所が目についてもそのときはぐっとこらえ、一人ひとりがもつ個性を大切にしています。そして、常に患者さんの視点に立った臨床をすること。これは自身も心に留めていますし、後進にも伝えています。患者さんの視点に立てない医師は、いくら卓越した臨床技術を有していても、患者さんの信頼を得ることはできません。患者さんの信頼を得るには、患者さん一人ひとりに合わせたテーラーメイドな診療が必要だと思います。
テーラーメイドな診療の実現のため、私は若い医師が患者さんを担当する際は、その医師一人でなく必ずグループで担当をするようにしています。グループとして多角的視点で診療をすることが、患者さんのためにも、そして医師の学びのためにも、よりよい医療の提供につながると考えるからです。
そうして彼らが一人前の医師となり、巣立っていくことが我々大学人としての役目だと思っています。
臨床医として、研究者として、教育者として多くのことを発見し、伝えているつもりですが、今でも自分のもつものすべてを伝えきれたとは言い切れません。そのために、これからも懸命に、でも自然体で、自分のもつ知識や技術を医師・教育者として活動できる限り、若い先生方に伝え続けていこうと思います。自分が伝えたことが、いずれ実を結び、日本や世界の医療が少しずつ変わっていくことを信じています。同時に、自分自身も衰えることなく頑張って、多くのことをまだまだ吸収したいと考えています。
最後に、私が小学生の頃に隣に住んでいた校長先生からいただいた大切な言葉があります。
「今日のことは今日に済ませよ、明日は明日のことが待っている。」
日々の臨床・研究、若手医師や学生の指導、海外での活動など、私にはやるべきこと、やりたいことがたくさんあります。ただ、時間は待ってはくれません。今日済ませなければならない仕事を明日にもち越せば、明日はもっと多くの仕事をしなければならなくなり、雪だるま式に仕事量が増えていきます。ですから今日のことは全力で今日中に終わらせ、明日には待っている次の仕事ができるようにしたいです。「言うは易く行うは難し」ということわざがありますが、何とか実践するように日々努力しています。充実した日々になるよう、これからも一人の医師、そして一人の教育者として走り続けていきたいと思います。
最後に、私には現在2つの趣味があります。1つは本を書くことで、もう1つがゴルフです。1つ目の趣味はまずまず順調にこなしていますが、2つ目の趣味はなかなか時間がとれずに苦慮しています。是非、2つ目の趣味も十分こなせるように体力をつけ、健康にも留意したいと思っています。
この記事を見て受診される場合、
是非メディカルノートを見たとお伝えください!
東邦大学医療センター大森病院
東邦大学医学部内科学講座呼吸器内科学分野(大森) 客員教授、東邦大学医療センター 大森病院間質性肺炎センター 顧問、医療法人社団同友会春日クリニック 医員
本間 栄 先生
東邦大学医療センター大森病院 心療内科 教授
端詰 勝敬 先生
東邦大学 医学部教授(泌尿器科学講座)、東邦大学医療センター大森病院 リプロダクションセンター(泌尿器科)センター長
永尾 光一 先生
島田 英昭 先生
東邦大学医療センター 大森病院 病院長・総合診療科
瓜田 純久 先生
東邦大学医療センター大森病院 総合診療・急病センター(内科) 講師
佐々木 陽典 先生
東邦大学医学部 心血管病研究先端統合講座 教授
(故)佐地 勉 先生
東邦大学医療センター大森病院 病院長
酒井 謙 先生
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。