寝ている間に何度も無呼吸状態(10秒以上呼吸が止まること)になることでさまざまな合併症を引き起こす、睡眠時無呼吸症候群(SAS)。重症の患者は保険医療のCPAP(寝ている間に専用の機器が鼻から空気を送り込んで無呼吸を防ぐ治療法)を受けることができるが、この治療は1年継続率(1年間継続して診察を受けに来る割合)が高くなく、さまざまなデータがあるもののおおむね70%前後となっている。
そんななか国立病院機構東京病院の院長でもある松井 弘稔先生は、ご自身が治療を担当するSASの患者さんの直近での開始後1年継続率が98%(2022年7月からの1年間で56人に導入し1年以内の脱落が1人)を超える、と語る。SASの治療方法とともに、同院の治療継続率が高い理由についても話を聞いた。
SASは、主に睡眠中に空気の通り道である“上気道”が狭くなることにより、無呼吸状態と大きないびきを繰り返す病気です。睡眠中、1時間あたりの無呼吸や低呼吸になった回数をAHIと呼び、睡眠ポリグラフ検査(医療機関に入院し、頭や顔に電極を付けて脳波や心電図、血液中の酸素濃度などを測る精密検査)の結果この値が30以上となったら重症とされます。
呼吸が止まると、我々の体内では血液中の酸素濃度が低下します。すると心拍数を上げて体内により多くの酸素を届けるためアドレナリンが分泌されますが、心拍数が増えることは心臓の負担が増えることにつながります。また、アドレナリンは血管を収縮させるため血圧も高くなってしまうのです。たとえば、SASの重症患者さんは通常の方に比べ夜間の不整脈のリスクが約2〜4倍、大動脈解離のリスクが約4倍高まるとされており、将来の心血管疾患を予防するためにもSASの治療は重要といえるでしょう。また、呼吸が止まると息苦しく感じて脳が覚醒するために、睡眠の質が低下し、昼間の眠気につながります。
この病気は、日本では2003年に山陽新幹線岡山駅付近で起きた新幹線の急停車事故で注目を集めました。運転士はSASを患っており、事故の際は運転中に約8分間居眠り運転をしていたことが分かっています。それ以来、SASは重大な事故につながりかねない病気と認識され、とくにプロの運転手さんの多くがSASの検査を受けるようになりました。2019年には、1時間あたりの無呼吸になる回数を示す“AHI”が15以上の日本人の患者数は約900万人と推定されるという報告が出ており、患者さんは非常に多いといえます。
SASの治療は、日本呼吸器学会が出しているガイドラインに則って行われます。SASが疑われる患者さんにはまずご自宅で簡単にAHIを計測できる簡易検査を行っていただき、そこで出たAHIの数値が高い場合は当院で1泊し睡眠ポリグラフ検査を受けていただきます。
この検査の結果AHIが20以上(1時間に20回以上無呼吸状態になる)あり、日中眠気を感じる方には、CPAPと呼ばれる、鼻にマスクを装着して睡眠中に空気を送り込んで上気道を空ける治療を受けていただくことになります。
CPAPの一番のメリットは、上気道を広げることで手軽に無呼吸の回数を減らすことができる点です。実際、CPAPで使う機器から送られる空気によって喉の空気圧が高まるため、いびきの原因となる上気道の狭まりがかなり解消されます。上気道が狭くなりいびきをかくような状況だと、ときには気道が極端に狭くなり無呼吸状態となるので、それを簡単に改善できるCPAPは優れた治療法といえるでしょう。
また、AHIが20以上あり日中の眠気がある方はCPAP療法を保険診療内で受けることができます。診時にお支払いいただく診察費(機器使用料を含む)は3割負担の場合1回あたり4500円ほどで、機器購入の負担はありません。
一方で、CPAPは根本的な治療ではないため、睡眠時に無呼吸状態を防ぐには基本的に生涯を通じてマスクを装着し続ける必要があります。しかし、マスクから送られる空気が口から漏れてしまったり、鼻や喉が乾燥して痛みを感じたりといった理由から治療を中断してしまう方もいます。CPAPの治療を1年間継続する方は全体の約70%程度という報告もあり、薬を飲むだけの治療にはない継続の難しさがあるのは事実です。
ちなみに、私は現在、約400人の患者さんを治療しています。そのなかで治療を途中で断念するのは年間2~3人ほどなので、継続率は高いといえるでしょう。特に、CPAP治療は開始直後にうまくいかないと早々に辞めてしまう方が多いのですが、直近での開始後1年継続率を調べたところ、2022年7月からの1年間で56人に導入し1年以内の脱落は1人のみでした。
とはいえ、特別なことをやっているわけではありません。CPAPの治療には小さなトラブルがつきものなので、そのつまずきに対して具体的なアドバイスを行うことを通じて治療継続を促します。たとえば口から息が漏れる方には口をテープで閉じるやり方を伝えたり、乾燥して喉や鼻が痛いという方には加湿器を使っていただいたりしています。寝ているときにマスクが顔や鼻に装着されることで寝付きにくさを感じる方は多いのですが、そういう場合は慣れるまでとにかく、1か月に1回でも装着できた成功体験を称賛して継続を促しています。
SASに限らず、呼吸器の病気の治療は患者さんからいかにやる気を引き出し、継続していただくかが重要です。呼吸器内科の医師として患者さんを決して責めず、つねに前向きにさまざまなコツをお話しすることを積み重ねる。そのような診察が毎月治療に来ていただくことにつながり、1年継続率の高さに結びついているのかもしれません。
SASはご自身の健康を損なう可能性があるだけでなく、いびきや無呼吸などによって一緒に寝ている家族やパートナーの睡眠や体調にも悪影響を与えかねません。「いびきが大きい」「寝ている間に呼吸が止まっている」と言われたら、医療機関の受診をおすすめします。まずはかかりつけの先生に相談するのがよいでしょう。
相談や診察の結果、AHIを測定する睡眠ポリグラフ検査が必要になったら、それを行える病院を紹介してもらってください。以降は医師の指示に従い、生活習慣の改善や本格的な治療が始まります。
SASの診断に至る検査や診察で、大きな痛みや苦痛を感じることはほとんどありません。まずは気楽に、いつもの先生に相談することから始めましょう。
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