連載院長に聞く 病院の「今」

これからの日本の医療に、総合診療医とホスピタリストが必要な理由

公開日

2024年07月31日

更新日

2024年07月31日

更新履歴
閉じる

2024年07月31日

掲載しました。
C083f7cfc1

日本の医療制度では、標準的かつ適切な医療を提供できる“専門医”が内科や外科といった各診療科ごとに設定されています。そんななか2018年に始まった「新専門医制度」では19番目の基本領域として総合診療が新たに追加され、2021年には総合診療専門医の第一期生が誕生しました。

しかし、総合診療は19ある基本領域で唯一標榜することが許されていない診療科であり、総合診療がどのような医療なのかを一般の方が知る機会が少ない現状があります。さらに、同じく新専門医制度で登場した「総合内科」と総合診療との違いについては、医療従事者の間でも見解が異なるため、一般の方が理解することは容易ではありません。そのような現状で、総合診療とは何か、総合内科と何が異なるのか、それぞれの診療科が患者や病院にもたらすメリットは何かを、アメリカの病院で総合内科医(ホスピタリスト)として働いた経験があり、現在は東京にある板橋中央総合病院の院長として総合診療を実践している加藤(かとう) 良太朗(りょうたろう)先生に伺いました。

加藤良太朗先生

総合診療とは? 総合内科との違い

総合診療というと、「プライマリ・ケア」を連想する人もいるでしょう。これは、予防医療や初療を行う、幅広い「入り口」の医療を指しますが、総合診療はこれだけではありません。また、総合診療というと、「家庭医療」を連想する人もいるでしょう。これは主に診療所やクリニックなどで、お子さんから大人まで家族みんなを診る、患者さんの年齢層も幅広い医療を指しますが、総合診療はこれだけでもありません。

日本における総合診療という概念は非常に幅広く、内科も外科も精神科も産科も含まれ、予防医療から緩和ケアまで、あらゆる場面での医療を含みます。つまり、総合診療を行う医師が、どのような医療に携わっているかによって、その名称も仕事内容も変わってくる、というのが私の考えです。病院の救急外来で活躍しているのも「救急医」という総合診療医なら、クリニックにおいてプライマリ・ケアを提供する「かかりつけ医」も、あるいは在宅診療において人生の最終段階における医療(終末期医療)*を行う「在宅医」も総合診療医です。もちろん、日本専門医機構から総合診療専門医の資格を取得した医師が「総合診療医」だ、ということもできると思います。

一方、総合内科も総合診療と同様、非常に幅広い医療を指しますが、総合内科は名前のとおり、あくまで内科に限定されます。つまり、総合内科は内科に限定した総合診療ということもできます。最近では、外来診療などを行わず、もっぱら病棟で入院患者の対応のみにあたる総合内科医も出てきました。このような医師を「ホスピタリスト」と呼びます。

*2015年3月に厚生労働省検討会において終末期医療から名称変更

総合診療が求められる理由

総合診療が「新専門医制度」の基本領域として2018年に追加された理由には、高齢化が進むにつれ、複数の病気を持った複雑な患者さんが増えたことが挙げられます。

そもそも日本では、医師の基本領域は内科、外科、精神科などといったように分かれており、さらに専門領域(サブスペシャルティ)として内科なら消化器内科、循環器内科、呼吸器内科のように臓器別に専門医の資格が分かれています。

専門医の資格を取得した先生はその分野では深い知識や技術を持っていますが、自分の専門外の領域や臓器、年齢の病気に対しては十分な対応ができないこともあります。ところが、最近の救急現場などでは、1つの専門領域のみに関わる問題を抱えている患者さんはほとんどいません。複数の臓器にまたがる複雑な病態を持った患者さんばかりがやって来るため、さまざまな臓器について横断的な研修を積んだ総合診療専門医が求められるようになったのです。

総合診療専門医の需要が高まっているのは救急外来を持つ病院だけではありません。地域の診療所やクリニックでも、総合診療専門医の需要は高まっています。ご存じのように、診療所やクリニックの多くが内科、耳鼻科、眼科といったように診療科ごとに分かれています。そして、どの診療科で診てもらうべきか判断しているのは患者さん自身です。しかし、それが本当に理想的な医療といえるのでしょうか。患者さんは医療の専門家ではないので、見当外れのクリニックへ行ってしまったり、実際は複数の病気を持っていても医師が見つけられなかったりといったことが起きてしまうこともあります。地域の診療所やクリニックに総合診療専門医の資格を持っている医師がもっと増えれば、患者さん自身が受診する診療科に悩むことなく、適切な医療を受けられるようになるでしょう。

総合診療―日本とアメリカの違い

日本では、総合診療や総合内科といった総合系診療は、これから広がっていく医療です。しかし、海外では総合系診療がすでに根付いている国があり、アメリカはその代表的な存在です。私は2000年頃にアメリカのセントルイスにあるワシントン大学へ留学し、その後もアメリカの病院で働きました。振り返ると、その時期はまさにアメリカで総合系診療、特に総合内科が急速に発展したタイミングで、今思うととてもエキサイティングでした。

従来のアメリカでは、患者さんは病気になったら、まずかかりつけの開業医を受診し、入院治療をする必要があれば、その医師が契約している病院へ入院。そこへかかりつけの医師が外来の合間にやって来て治療をする、という仕組みが一般的でした。しかし、1990年代以降、医療の発展や患者さんの高齢化が進んだことで入院治療が複雑化していき、同時に医療訴訟などに象徴されるように、質の高い医療への社会からの需要も高くなったため、医師が外来の片手間に病院で入院治療を行うことが難しくなってきたのです。先進的な病院の中には、開業医をサポートするために総合診療医を常駐させ、患者さんを開業医と共同で診させるところが現れました。結果的にこのような病院で治療成績が向上したため、病院に常駐する医師、つまり入院治療を専門とする総合診療医(主に総合内科医)が年々増えていき、今ではアメリカの病院で一般的な存在となっています。このような医師はアメリカでは“ホスピタリスト”と呼ばれています。

ホスピタリストとは?

ホスピタリストは常に病院にいるので、研修医の教育においても中心的な役割を果たす一方で、経営に直接関わることも多く、医療の質に関しては無駄を省く努力をしたり、医療安全面でも医療事故を減らす仕組みを考えたりします。ホスピタリストが診るのは、目の前の患者さんだけでなく、病院全体であるともいえます。病院側もそういう人材を歓迎し、高い

報酬を払うようになったので、今ではアメリカの医療においてもっとも人気のある職種になっています。

ただし、病院によってニーズはさまざまなので、ホスピタリストの仕事内容も病院ごとに違います。それでも共通しているのは、どの病院でも患者さんを入院させている開業医をサポートし、患者さんに安全な医療を効率よく提供できることです。その結果として予後もよいし、退院も早くなっています。

ちなみに私はセントルイスのベテラン(退役軍人)病院で5年間、ホスピタリストとして働きました。私の主な仕事は研修医の指導でしたが、病院経営に直結するような仕事も多々ありました。たとえば、私が最初に院長から命じられたのは、救急外来での待ち時間を減らすため、「平均在院日数を3.8日から3.3日に減らせ」というものでした。これは実に大変なことでしたが、病室でカーテンの交換に時間がかかっていることに気付いてカーテンの保管場所を病室から遠い場所ではなく近い場所に変更する、カーテンそのものを使い捨てのものに変えるなどといった細かな時短改善策を積み重ねることで病床の回転を早める一方、患者さんを診る時間を増やし、結果的に目標を達成することができました。

ホスピタリストが整形外科の患者さんを診る

このように、アメリカでは総合診療医の一種であるホスピタリストが自然発生的に誕生しました。その経緯からみて日本でもホスピタリストの潜在的なニーズがあるはずですが、いまはまだ少ない状況です。その一番大きな理由は、ホスピタリストを育てる教育システムが不十分だからだと思います。

ちなみに私が院長を務める板橋中央総合病院では、総合診療専門医を救急科と統合して、救急総合診療科と院内標榜して配置しています。また、それとは別に総合内科もあります。

救急総合診療科では、主に救急外来で患者さんの診療にあたっています。複数疾患のある複雑な患者さんが多いため、そのまま入院治療を行うこともあります。どこの病院でも同様ですが、救急外来にいらした患者さんは、元々の施設や自宅に帰れなくなることが多いため、総合診療医はリハビリテーションにも積極的に介入し、退院までの診療にも注力しています。また、救急外来で待っているだけではなく、最近退院した患者さんや救急外来から入院せずに帰宅した患者さんなどには積極的に電話などでフォローし、必要あれば当院の救急車を出してお迎えに行くこともあります。これら全て総合診療医の仕事です。

一方、総合内科では、米国式のホスピタリストに近い仕事を担ってもらっています。たとえば、整形外科の患者さんは、整形外科と総合内科が一緒に診ています。整形外科にいらっしゃるご高齢の患者さんは骨折でお亡くなりになることはありませんが、骨折に合併した肺炎や肺塞栓症のような内科の病気のほうが怖いという側面があります。そのため、米国ではホスピタリストが整形外科の患者さんの全身管理を行い、整形外科医は手術に専念する、というシステムをとっている病院が少なくありません。当院ではこのシステムを2019年から導入しています。手術以外の全身管理を総合内科の医師が行う体制にしたところ、内科的な病気による事故がなく対応できるようになりました。さらに、導入した年はたまたままったく別の理由で整形外科の医師が半減したにもかかわらず、手術の件数はむしろ増えており、整形外科医が手術に集中して効率的に治療を行えるようになったことが分かりました。思っていた以上の成果が出たと思います。

総合診療が日本のこれからの医療をアップデートする

このように、院内で活躍するホスピタリストをはじめとして、総合診療医は日本の制度下でも、医療の効率化や事故防止、患者さんの予後向上といった質の部分で寄与することができます。

日本の医療も、今後はますますアメリカのように医療安全、医療の質、そしてコストにも執着する必要が出てくるでしょう。そのような状況では、ホスピタリストのように、患者さんだけでなく、病院そのものを診ることができる医師の需要は必ず高まってくると思います。そして、院内のホスピタリストだけでなく、救急外来やクリニック、在宅診療など、さまざまな場面で活躍できる、幅広い能力を備えた総合診療医の需要も同様に高まってくると思います。

この世界は、医療に限らず、そして日本に限らず、ものすごいスピードで変貌し続けています。これだけ時代が変わっているのに、これまでと同じ医療に固執していて上手くいくとは思えません。幅広い診療能力を持つがゆえに、さまざまな場面で活躍できる、そしてさまざまな場面を経験しているからこそ、俯瞰的に課題がみえている。そのような総合診療を担う医師が増え、日本の医療、引いては世界の医療がアップデートされることを期待しています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

院長に聞く 病院の「今」 の連載一覧