肩関節周囲炎とは、一般的に「五十肩」という名前で呼ばれる病気のことです。「五十肩」は肩が痛くなったり、動かせなくなったり……というイメージを多くの方が持っているかと思います。このように、「五十肩」という名前は広まりすぎてしまっています。
五十肩の多くは自然に治ります。しかし、「たかが五十肩」と決めつけて診断を受けないのは危険です。なぜなら、1週間以上の肩の痛みが続いている場合には「腱板断裂」など治療が必要な病気が隠れている可能性などもあり、一度整形外科でレントゲン検査などを受けて正確な診断をつけるべきだからです。
肩関節周囲炎とはどのような病気なのでしょうか? 原因は分かっているのでしょうか?関節外科医として多くの学会で評議員を務められていらっしゃる、国立病院機構京都医療センター整形外科診療部長・京都大学臨床教授の中川泰彰先生にお話をお聞きしました。
肩関節周囲炎とは、50代を中心とする40代〜60代の中年の方々に起きる、いわゆる「五十肩」のことを言います。この年代の2%くらいの方が肩関節周囲炎になると言われており、年齢に応じて四十肩や六十肩と呼び方が変わることもあります。症状は肩関節の運動痛と夜間の痛みを特徴とし、ひどくなると肩関節の動きも悪くなり、肩関節拘縮(こうしゅく)や凍結肩(Frozen Shoulder)とも言われる状態になります。ただし、多くの患者さんは手術などをせずとも、運動療法や痛み止めを使うだけで自然に回復してきます。
ちなみに、五十肩という名前で呼ばれるようになったことのルーツは江戸時代の中期にあります。
その頃から巷では「人生五十にして肩など痛くなるものなり」と言われており、加齢と共に肩に起こる変化を「五十肩」と言っていたようです。ただし、現在の整形外科医は基本的に五十肩という呼びかたはせず、肩関節周囲炎という名前を用います。
はっきりした原因は分かっていませんが、肩関節を構成する組織(骨・軟骨・靭帯・腱など)が退行変性(老化)し、炎症が起きることによって起こるといわれています。炎症が起きることにより、肩関節の関節包(関節を包む袋)が狭く、小さくなります。
そもそも肩関節周囲炎自体の病態自体が未だにつかみきれておらず、腱板断裂(肩関節を安定させ動かすために重要な「腱板」という組織が切れてしまうこと)などの要素をのぞいた状態を肩関節周囲炎と言っているのが現状です。
肩関節周囲炎が起こる頻度としては、糖尿病の患者さんに多いことが知られています。ただし、なぜ糖尿病だと肩関節周囲炎になりやすいのか原因は分かっていません。
また、1990年台の後半に、「Journal of Bone and Joint Surgery British Volume」において、ある種類の抗がん剤を用いていると肩関節周囲炎になりやすいことが分かっています。これについては、ある程度理論的に明らかになっています。少し難しい話になりますが、以下にこれのメカニズムを説明します。
さまざまな酵素の中に、「MMP」というタンパク質を分解する酵素があります。がんが転移していくとき、がん患者さんの体内でこのMMPが細胞壁を破っていくことが知られています。このMMPが働かないようにする抗がん剤をMMPインヒビター(阻害剤)といいます。MMPインヒビターにはがんの転移を防いでくれる効果がありますが、タンパク質が分解されにくくなります。
その結果として、肩関節周囲炎のみに限らず、重篤な肩関節周囲炎である凍結肩やデュピュイトラン拘縮(手のひらの組織が固まってしまう病気)などが起きやすくなることが知られています。
このように、抗がん剤をきっかけとして起きる肩関節周囲炎についての報告がされたことがあります。しかしこの報告からはすでに15年以上が経過しており、いまだ肩関節周囲炎の真の病態解明は進んでいません。国民病ともいえる肩関節周囲炎に悩む患者さんのためにも、早急な病態解明が求められています。
日本バプテスト病院 整形外科 主任部長、 京都大学 臨床教授
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