「医師や病院の選び方―患者と医師の関係性について」では、患者さんと医師のあるべき関係性における「ともに生きる」という考えかたの大切さについて、三井記念病院の病院長である高本眞一先生にお話を伺いました。この記事では引き続き、膨大な情報を処理できるようになった現代における手術治療のデータベースについて、ご説明いただきました。
1989年にアメリカの胸部外科学会が世界で初めて手術成績のデータベース化を始め、1999年に10年間のデータを公表しました。
手術成績は手術死亡率で出されますが、難易度や状況の違う手術をただ単純に手術死亡率で比較することは出来ません。簡単な手術ばかりですと死亡率は低くなりますが、難しい手術ですと高くなります。そこで、各々の手術におけるリスク因子を加味して値を補正するという「リスク調整」を用いて手術死亡率を算出することで、異なる手術・施設の間でデータを比較することが可能になっています。
アメリカの例を参考にして、2000年からまず日本の心臓血管外科学会、胸部外科学会で手術成績のデータベース化を行い、その後日本の外科学会全体でデータベース事業を行い、NCD(National Clinical Database)が作られました。ここには日本で行われた外科手術のほぼ100%が登録され、世界でも例を見ない正確なデータベースとなりました。データベース化することにより、治療成績に問題がある病院では学会による指導・改善が行われ、医療全体の質の底上げに繋がっています。
症例数が少ないとデータのばらつきが大きくなるということもあるかもしれませんが、症例数が少ない病院は、症例数が多い病院と比較すると死亡率が高い傾向にあります。したがって、症例数が多いかどうかというのは、医療の質を見る上での1つの参考になる点ともいえます。
心臓血管外科学会では現在、症例数が年間40例以下の施設は、医師が心臓血管外科の専門医資格をとるために修練する際の施設として認定されません。修練施設にならなければ医師が集まりませんし、将来の病院の経営が出来なくなるかもしれないということから、病院は40例以上を目指すことになります。かつてはこの基準を20例・30例としていた時期もありましたが、あまりに症例数が少ないと医療の質を確保しにくいということから、年間40例を基準として病院を集約することにより医療の質の向上を図っています。
データベース化したものを一般公開するべきかどうかという問題ですが、たしかにデータを公表すれば患者さんが医療機関を選ぶための指標にはなると思われますが、私は現状ではまだ公開するのには早いと思っています。
たとえば、手術時の死亡率が10%の病院と11%の病院があったとして、多くの方が10%の方の病院に行きたいと思うのではないでしょうか。では、その1%の差は、現実的な差を表しているのでしょうか。データベース化する際にリスク調整を行った結果のデータであるということも加味しなければならないでしょうし、1%の差が「科学的に証明されている根拠のある死亡率の差」なのか、それとも「単なる誤差」なのかはこの数字だけからは明らかには出来ません。しかし、この数字を見た患者さんはより死亡率の少ない病院に集まってしまうということが起こりうるでしょう。
そうなると、病院側も治療成績を上げようとして重症の患者さんは断るといった診療制限を行ったり、データの改ざんをしたり、ということが起こりかねません。本来医療の質の向上のためにあるはずのデータベースが、逆に医療の質を下げることにも繋がりかねないのです。
かかりつけの病院が決まっているアメリカやヨーロッパであれば、そのような問題はあまり危惧しなくてよいのですが、日本の保険制度ではどこの病院にでも行けるので、データを公表することで問題がより起こりやすいといえます。このように、データだけが一人歩きしてしまうのは危険です。ですから、そのデータを正しく読み解くリテラシーが世の中に浸透してから公表するべきであり、まずデータに対する社会のリテラシーの成熟が先決ではないかと考えています。
高本 眞一先生の著作