インタビュー

医療経済とは 医療者はその道のプロであると同時に社会の一構成員でもある

医療経済とは 医療者はその道のプロであると同時に社会の一構成員でもある
平塚 義宗 先生

順天堂大学  眼科学教室 先任准教授

平塚 義宗 先生

この記事の最終更新は2015年12月26日です。

医療と経済を同時に考えることは、一般の方であればそう多くはないかもしれません。しかしこのふたつは、実は密接な関係にあります。現在の日本において、医学的治療のレベルは非常に高い水準を誇るところまで到達しています。一方で、治療のレベルを高めるには多くの費用が必要とされます。医療費を含む社会保障費は急激に増加しつづけており、国の財政にとって大きな負担になっています。この問題は医療者を筆頭に私たちがしっかりと理解しておくべきことです。医療経済について、順天堂大学眼科学教室先任准教授の平塚義宗先生にお話しいただきました。

私が医療経済を重要と考えている理由は、広い意味での国民の健康が何よりも一番重要だと考えるからです。しかしながら、予防も医療も介護も、世の中のシステムから独立して存在するわけにはいきません。どうしてもそのときに応じた政治経済状況に従属せざるを得ないところがあります。資源は有限だからです。

病気を治し、健康を維持・増進させるには費用がかかります。日本では国民全体がお金を出し合って、この費用の多くの部分を「保険」としてプールしています。そのため、自分が病気になってしまったときに安い費用で診察を受けることができます。

しかし、病気になりやすい高齢者人口が増え、費用の嵩む新しい医療技術や薬が次々と誕生することにより、2015年時点で年40兆円程度の医療費が必要となっているのが現状です。このうち10兆円ぶんは毎年国の税金によって賄われます。この10兆円は、いざというときのためのプール以外の部分からもってきています。10兆円という額は非常に大きく、一般的に「無駄使い」だと言われる公共事業(6兆円)や教育関係・防衛関係(5兆円)と比較しても大きな額です。

国にとって国民の健康が一番重要なのは間違いありませんが、だからといって教育や防衛の予算を削減するわけにもいきません。また、既に相当積み上がっている国債を返さないわけにも、地方にお金を回さないわけにもいきません。限られた予算制約の中で、国のお金をどう使う有効に使うかという問題があるわけです。

今後、高度成長期のように日本が経済的に成長していけるならば話は別かもしれませんが、高齢者がますます増えていく今後の日本においては、余程のイノベーションでも起きない限り、それも難しいでしょう。2055年には、75歳以上の後期高齢者が人口の4分の1以上を占める時代が訪れると予測されています。このため、実際に医療を行っている医療者が、内部の視点から医療経済について考えることが必要とされる時代に突入しているのです。

一般的に資源が無駄なく効率的に配分されるためには、市場に任せるのがもっとも良いということになっています。市場で決まる価格を通じて、すべての消費者において、そのモノやサービスに対する「評価」(金銭価値で示される価格)が一致することで、最適な資源配分が自動的に実現され、かつ社会全体の得る利益も最大になるとされるからです。

しかし、市場が成り立つには多くの条件が必要であり、特に医療の場合には情報の非対称性(医師と患者との間に疾病や治療に関する情報・知識量など決定的な違いがある)や外部性(近くに救急医療機関が存在することの安心感は市場で取引されない)の問題等があるため、医療において市場は機能しません。これは市場の失敗と呼ばれます。

このような場合、政府などの第三者が介入し、制度や基準を定めることになります。たとえば診療報酬点数や薬価基準の決定はその最たるものです。市場のメカニズムが使えないときには資源配分や価格設定のルールが必要となりますが、医療においては、これが最善であるというルールを決めるのはなかなか困難です。

それでは、何が重視されるでしょうか。病気の重症度、治療に必要とされる様々なコスト、治療による改善率、子供の病気、難病などが挙げられますが、これらはすべて正しいともいえます。「これが一番重要である」と言い切れる方はいないでしょう。

ただし、このような多くの視点の中の1つとして効率性という視点も重要です。増大し続ける医療費に対して、少ない費用で最大の健康をより多くの人々に提供するということは、予算制約下での効果の最大化として重要な課題だからです。

単純に費用を下げることが効率化ではありません。費用が下がっても同時に効果も下がってしまっては効率は変わらないからです。効率性の評価を行うためには、医療に投入される費用と、医療の結果として得られる効果を同時に検討する必要があります。

つまり効率性は、投入資源と効果との比によって表現されるのです。このような考え方を費用効果分析といいます。もちろん、費用対効果が医療経済を考える上での最も重要な手段というわけではありませんし、単なる1つの道具に過ぎません。しかし、市場のメカニズムに任せるのではなく、なんらかの価格や価値を考えればいけないという場合、費用対効果の考えが重要であることは確かです。

そして、費用対効果の考え方は、2杯目のビールをオーダーするか(費用と1杯目程ではない2杯目のビールから得られる効用(効果)のトレードオフ)、新幹線で指定席を取るか自由席で行くか(費用と快適性(効果)のトレードオフ)、というように日常我々が無意識に行っている思考と同じです。

医療者が医療者としてまず行うべきことは、目の前の患者さんを全力で治すことです。多くの医療者は、どんなに時間やお金がかかろうと、目の前の患者さんを治し、新しい治療ができないかを考えています。そして、診断や治療技術の発展に寄与する研究を実践しています。

一方で、医療者も社会の一構成員です。また医療という世界の内部で現実に起きていることを最も理解しているのも医療者です。医療者は、プロフェッショナルとしての責務を果たすと同時に、社会保障や医療費の問題にも意識を向ける必要があると私は考えています。

 

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  • 順天堂大学  眼科学教室 先任准教授

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