インタビュー

視覚障害は「健康寿命」を左右する!目とさまざまな疾患の関連とは?

視覚障害は「健康寿命」を左右する!目とさまざまな疾患の関連とは?
平塚 義宗 先生

順天堂大学  眼科学教室 先任准教授

平塚 義宗 先生

この記事の最終更新は2017年09月19日です。

日本は世界トップレベルの長寿国です。厚生労働省の発表によると日本の平均寿命は男性が約80歳、女性が約87歳で、これまで過去最高を更新し続けています。しかしその一方で、介護が必要になったり寝たきりになったりせずに健康に過ごせる期間、いわゆる「健康寿命」は男性が約71歳、女性が約74歳であり、平均寿命と比べると約10年ものギャップが存在しています。このようにいま、日本の平均寿命と健康寿命には大きな差が生まれています。

この平均寿命と健康寿命のギャップが長ければ長いほど、介護が必要となる期間が増え、不健康である期間は長くなってしまいます。またそのぶん介護費・医療費も増大していくことから、国の財政においても大きな負担になります。そのため「健康寿命を延伸させること」は日本が抱える大きな課題にもなっています。

ではどうしたら健康寿命を延ばしていくことができるのでしょうか。これまでさまざまな視点から「健康寿命の延伸」のためのアプローチが訴求されてきていると思いますが、今回は眼科医療という視点から、いかに健康でいられる期間を伸ばしていけるかについて考えていきたいと思います。眼科医療と医療政策の関係に詳しい、順天堂大学医学部附属順天堂医院 眼科 先任准教授 平塚義宗先生に、健康寿命の延伸と眼科医療についてお話を伺いました。

※平成25年における平均寿命と健康寿命(厚生労働省資料より)

健康寿命を延ばすには、介護が必要になる状態をいかに予防していくかが重要になります。では、どういった疾患を発症すると、介護が必要な状態に陥ってしまうのでしょうか。

こちらは厚生労働省から報告されている「平成25年 国民生活基礎調査」のデータから、介護が必要になった原因についてまとめたグラフです。グラフをみてみると介護になる原因として最も大きなものは脳卒中であり、その次に認知症、衰弱、骨折・転倒、関節疾患、心疾患……と続いていきます。そして視覚・聴覚障害は上から数えて12番目の原因であることが示されています。

こうしてみると、目の障害、つまり視覚障害は要介護の原因としてはあまり大きくないようにみえるかもしれません。しかし私のような眼科医からみると、まったく逆の感想を抱きます。なぜならば視覚障害は、グラフの上位を占める疾患のほとんどに深く関連しているからです。

たとえば介護が必要になる原因の1位である脳卒中、そして6位である心疾患などの循環器疾患の発症リスクは、目の網膜の所見から判断することが可能です。そのため目の検査を行うことで、要介護の大きな原因である循環器疾患を発症する可能性を調べていくことができます。つまり目の状態というのが循環器疾患と深く関連しているといえます。

また、原因の2位である認知症では、視覚障害を合併するとより進行しやすいことが報告されています。つまり目の障害を抱えたままでいることは、認知症をより進行させてしまう可能性があるのです。

このように、視覚障害というのはさまざまな疾患の発症・進行に関連しています。そのため目の状態を調べたり、目の障害を治していくことで、要介護の原因となっている疾患を早期に発見できたり、進行を抑制することができる可能性があります。つまり、視覚障害という切り口で高齢者にうまく介入をしていくことができれば、要介護の原因となる疾患を少しずつ減らしていくことができ、ひいては健康寿命を延ばすことができるのではないかと考えられます。そこで私は、健康寿命をさらに伸ばしていくために「眼科の重要性」をもっと意識していくべきだということを訴求し続けているのです。

視覚障害と関連が報告されている疾患は、いまご紹介した循環器疾患、認知症だけではありません。このほかにも要介護の原因となるさまざまな疾患の発症・進行に「視覚障害」が関わっています。いったいどのような関連が報告されているのか、ここからはエビデンスに基づく視覚障害と要介護の原因となる疾患の関連性についてさらに詳しくお話していきます。

まずは要介護の大きな原因である循環器疾患(脳卒中心疾患)と目の関係について詳しくお話しましょう。目と脳・心臓というと、一般の方は一見なんら関係のないように思われるかもしれません。しかし昔から目の網膜の状態をみることで、脳卒中や心疾患の発症リスクを明らかにすることができることが示唆されていました。

そして近年では研究報告としてその関連性が明らかになっています。一般の方々を対象とした研究では、下記のようなデータが示されています1)

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・眼底の異常が軽症※1の方では、循環器疾患(脳卒中など)の発症リスクが約2倍になる

・眼底の異常が比較的重症※2の方では、循環器疾患(脳卒中など)の発症リスクが2倍以上になる

・視神経乳頭の浮腫を発症された方では、循環器死亡のリスクが高まる

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※1 Keith-Wagener分類1-2度相当の所見 (細動脈狭細,交叉現象,反射亢進の存在)

※2 Keith-Wagener分類3度相当の所見(高血圧性網膜症

このように昔から示唆されてきた眼底の異常と循環器疾患の関連性が、最近の一般住民を対象とした研究結果でも明らかになってきているのです。

なぜ、視覚障害と循環器疾患の発症リスクはこのような関連がみられるのでしょうか。これは、目の裏側にある網膜に流れる血管が、全身に流れる血管の状態を反映してくるためだと考えられています。心臓から送り出された血管は、全身をめぐっていきます。そのため目の網膜の血管も、脳の細い血管も、もとは同じ血管がわかれたものであり、それぞれ同じように異常があらわれてくると考えられています。

特に、目に到達する血管と、脳に到達する血管は、心臓から鼻のあたりまでおなじ血管をたどっています。そのため目の網膜の血管と、脳の細い血管は非常に似た状態になると考えられているのです。

このようなことから、目の網膜の所見から、循環器疾患のリスクを知ることが可能といえます。目の網膜をみる「眼底検査」をさらにしっかりと行っていくことは、脳卒中や心疾患の予防につなげていくうえで非常に重要であり、要介護の予防に役立つといえるでしょう。

続いて要介護の原因の2位である、認知症と目の関連についてみていきましょう。

認知症の患者さんは、高齢ということもありいくつかの合併症を抱えていることが多くあります。なかでもよく知られているのはパーキンソン病肺気腫などの合併が挙げられますが、実は、パーキンソン病や肺気腫を合併されている認知症患者さんよりも、視覚障害を合併されている認知症患者さんのほうが多いということがわかっています。それほど視覚障害は認知症患者さんによくみられる障害だということです。

では、視覚障害は認知症の病態にどのように関わっているのでしょうか。これまでの報告によると、認知症患者さんが視覚障害を合併していると、認知症が進行しやすいことが明らかになっています2)

また視覚障害によって認知症の予防となる社会参加や身体・認知機能に対する刺激的活動が妨げられてしまうので、視覚障害が認知症の発症に関連していることもわかっています。

さらに白内障手術を受けると認知症との関連が低下するという報告もあります3)。こうしたことから、視覚障害を改善していくことは、認知症の予防や改善につながっていくと考えられます。

次に、要介護の原因の3位である老衰との関係について解説していきます。

目の障害を抱えていると、歩行や階段の上り下りなどの動作をスムーズに行うことができず、歩行速度や階段を上り下りする速度は低下し4)、日常生活を送るうえで必要となる機能が低下していきます。こうした機能はADL(日常生活動作)という指標で評価されますが、視覚障害を発症していると、やはりこのADLの低下がみられます。こうしてADLの低下が深刻になっていけば、老衰へとつながってしまいます。

実際に私たちの研究でも、身体活動量に及ぼす要因を調べたところ、視覚のよさ(視覚関連QOL)というのは、身体活動量と関連していることが明らかになっています5)。そしてそのほかの研究でも、視覚障害が存在すると歩行速度や階段を上り下りする速度が低下し、日常生活機能の困難は2倍程度となることが示されています6)

こうした報告からもわかるように、視覚障害を改善させることは老衰予防に役立つといえるでしょう。

目の障害と転倒が関連していることは、みなさんも想像できる通りだと思います。

実際にエビデンスとして報告されているものを挙げてみると、視覚障害があると転倒のリスクは2.5倍になることが、米国/英国の老年 医学会と米国の整形外科学会から出されている「高齢者の転倒予防ガイドライン」に記載されています7)。そのほかにも視野や視覚が転倒と関連していることは数多くの研究で報告されています8)

そのため視覚障害を改善させることは転倒の予防に役立ち、骨折のリスクをおさえ、要介護を防いでいくことにつながるといえるでしょう。

糖尿病と目の関係性についてはご存知の方も多いかと思います。糖尿病を発症すると体のさまざまな臓器にダメージが及ぶ可能性があり、目においては「網膜症」を発症するリスクが高まります。現在、日本の糖尿病患者さんの約15%は網膜症を合併しているといわれており、糖尿病が進行すればだれもが網膜症を発症する可能性があります。

網膜症を発症すると視力が低下するため、生活の質(QOL)が低下してしまいます。ではその低下の度合いはいったいどれくらいでしょうか。

研究によると、完全に健康な方を1、死亡を0とすると、網膜症による片眼失明者のQOLは0.3だと報告されています。これは同じ糖尿病患者さんのなかでインスリン治療中の方(0.64)や下肢を切断された方(0.45)よりも低いことが示されています。さらに毎週数回、医療機関で透析を受けなくてはいけない透析患者さん(0.36)とほぼ同等であることも明らかになっています9)。このデータからも、糖尿病患者さんにとって、網膜症によるQOLの低下は非常に重大なものだといえるでしょう。

また、糖尿病自体が脳卒中認知症の発症要因となることは知られている通りですが、さらに糖尿病患者において「網膜症」が存在した場合には、脳卒中と認知症を起こすリスクはそれぞれ1.7倍10)、1.4倍11)に増加すると報告されています。

つまり糖尿病の発症だけが脳卒中・認知症の発症要因になるのではなく、糖尿病のなかの「網膜症」という症状自体が、脳卒中・認知症の発症リスクになることも明らかにされているのです。

また、臨床では網膜症の診断がついてから、糖尿病が診断されるというケースも散見しています。

これらの報告からもわかるように、介護が必要になる状態を防ぐには、糖尿病そのものに介入するだけでなく、「網膜症」、つまり目の病気そのものにもフォーカスすることが重要になるといえるでしょう。

平塚義宗先生

このように目の異常というのは、循環器疾患、認知症、老衰、転倒、糖尿病など、さまざまな要介護の原因となる疾患に大きく関わっています。さらに視覚障害によって視力が低下したり、失明したりすること自体も、介護が必要となる一因になっていることを忘れてはなりません。

このように一見、要介護の原因や健康長寿の実現のうえで意識されることが少ない視覚障害ですが、実はとても重要な要因といえるのです。ですからこうした目の異常にもっと注目していくことで、要介護に至るリスクを減らし、ひいては健康寿命をさらに伸ばしていくことにつながる可能性があると考えています。

ぜひみなさんにも「健康であるためには視覚障害にも注目すべきだ」ということを知っていただけたらと思います。

 

引き続き記事2『日本が抱える「目」の課題 ―もっと健康な日本のために眼科医療ができること』では、健康長寿を実現するうえでどのような「眼科医療」を行ってくべきかについて平塚義宗先生にお話いただきます。

 

 

【参考文献】

1)眼底健診判定マニュアル 日本人間ドック学会  2015( http://www.ningen-dock.jp/wp/wp-content /uploads/2013/09/9a0e9dd5b5a9c4b9f151c5b3ad 9855c82.pdf)

2)Lin, Michael Y., et al. "Vision impairment and combined vision and hearing impairment predict cognitive and functional decline in older women." Journal of the American Geriatrics Society 52.12 (2004): 1996-2002.

3)Chung SD, Lee CZ, Kao LT, et al. Association between neovascular age-related macular degeneration and dementia: a population-based case- control study in Taiwan.  PLoS One 10: e0120003, 2015.  doi: 10.1371/journal.pone.0120003.

4) Zebardast N, Swenor BK, van Landingham SW, et al.  Comparing the Impact of Refractive and Nonrefractive Vision Loss on Functioning and Disability: The Salisbury Eye Evaluation.  Ophthalmology 122 : 1102-1110, 2015.

5)平塚義宗:健康寿命延伸への貢献を目的とした 疫学研究:LOHAS研究(Locomotive Syndrome and Health Outcomes in Aizu Cohort Study)シ ンポジウム 17「眼科疫学研究の成果と課題」第 120回日本眼科学会総会;2016年4月9日;仙台  第120回日本眼科学会抄録集P. 60

6) West SK, Munoz B, Rubin GS, et al. Function and visual impairment in a population-based study of older adults. The SEE project. Salisbury Eye Evaluation.  Invest Ophthalmol Vis Sci 38 : 72-82, 1997.

7) American Geriatrics Society, British Geriatrics Society, and American Academy of Orthopaedic Surgeons Panel on Falls Prevention: Guideline for the prevention of falls in older persons.  ]ournal

 of the American Geriatrics Society 49 : 664-672, 2001.

8) Klein BEK, Moss SE, Klein R, et al. Associations of visual function with physical outcomes and limitations 5 years later in an older population: the Beaver Dam eye study.  Ophthalmology 110 : 644-650, 2003.

9) Huang ES, Shook M, Jin L, et al.  The impact of patient preferences on the cost-effectiveness of intensive glucose control in older patients with new-onset diabetes.  Diabetes care 29 : 259-264, 2006. 

10)Kawasaki R, Tanaka S, Tanaka S, et al. Risk of cardiovascular diseases is increased even with mild diabetic retinopathy: the Japan Diabetes Complications Study.  Ophthalmology 120 : 574582, 2013. 

11)Exalto LG, Biessels GJ, Karter AJ, et al. Severe diabetic retinal disease and dementia risk in type 2 diabetes.  J Alzheimers Dis 42: Suppl 3: S109117, 2014.

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