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インタビュー

公開日 : 2016 年 03 月 30 日
更新日 : 2017 年 05 月 08 日

認知症に対する先入観・偏見-本当の気持ちを聞けていますか

首都大学東京 健康福祉学部 作業療法学科 教授/ 同大学院 人間健康科学研究科 作業療法科学域 教授
繁田 雅弘先生

認知症の症状について説明するとき、しばしば「廃用性」という言葉が使われます。一般にはなじみのない言葉ですが、身体を使わないことから起こる機能低下のことをいい、体力だけではなく意欲や記憶力の低下などをともないます。ご本人が意欲をなくし、あきらめてしまうことが認知症の症状をより悪くしてしまうのです。その「あきらめ」の原因は、私たちが認知症に対して抱いている先入観や偏見にあります。首都大学東京大学院人間健康科学研究科教授の繁田雅弘先生にお話をうかがいました。

認知症に対する偏見とは

予防できない症状と予防できる症状

※【廃用性(廃用性習慣)】:行使しないことによる機能低下の促進。あきらめによって行使しないことも問題。

アルツハイマー病では脳に原因となる蛋白質がたまっていくこと(脳の変化)は避けられませんし、また加齢も止めることはできません。しかし、やれることはあります。それは、症状を悪くしている他の病気があるからです。もし上の図の左側の部分だけに症状をとどめることができるとしたら、アルツハイマー病は私たちが今経験しているよりも、もっと軽くて穏やかで普通の暮らしができる病気であるはずなのです。

しかし、実際にはうつ病になってしまったり、そこまでいかなくても気分が沈んで何かしようという意欲がなくなってしまうことがあります。また、認知症そのものによる脳の変化以上にダメージを与えてしまうような体の病気があると、さらに症状は重くなりますし、あきらめてやらなくなってしまうことによって機能が低下する(廃用性)という問題もあります。

世間一般の認識として、「認知症になったら、本人は何も分からなくなる」と思っている人が多いようです。そういった先入観を持っている人は、いざ自分が認知症になると「自分はもうダメだ」と思ってしまいます。その認識をもし変えることができたなら、認知症になってからも、もっと元気に暮らすことができるはずです。このような偏見は、一般の人たちの間だけにみられるものではありません。他の病気や障害を抱えている人たちでさえ、認知症の人に対して偏見を持って見ていることがあるのです。

ある対麻痺の人は「自分は脚が悪いけど、脳がやられてなくてよかった」と言います。また、ある失語症の人は「認知症の人と自分を一緒にしないでほしい」と言いました。このように認知症に対する差別や偏見は、一般の人も、病気や障害のある人たちも持っています。

それだけではありません。私たち専門医の中にも偏見はあります。ある患者さんのテストの結果を見て、この低いテストの点では独居は難しいのではないかと私が言ったところ、「そんなことはありません」と強く主張するケアマネージャーさんがいました。ヘルパーさんが1日に2回入り、デイサービスを週に3回利用することで、その人はひとり暮らしを続けることができ、もう4年目に入っています。認知症はもう中等度に進んでいますが、薬を服用して身の回りのことも全部自分で行なっています。

私たち医師が検査の結果から「この人はもう施設に入ったほうがいいのではないか」などと早まった判断をして多くの可能性を奪っているとしたら、私たちも偏見にまみれていることになります。それは心して修正していかなければなりません。

本当の気持を聞けていますか?

10年ほど前に行われた看護研究で、認知症の診断を受けてからグループホームに入るまでの経過を追って、インタビューをした結果をまとめた報告があります。膨大なインタビューの中から、私が「あきらめ」というキーワードで拾った声を以下にご紹介します。

  • 「私は本当の気持ちは言ってないです」(73歳,女性,血管性認知症)
  • 「かわいらしくないことを言うたらあかんよ」と自分に言い聞かせている。(73歳,女性,アルツハイマー病)
  • 「名前も知らない病院に夫が入れられ、私まで入れられてしまった。私がキチガイになったと思ったのか」「無意味な後半人生、ずっと苦しまないで死にたい」(75歳,女性,認知症)
  • 病気になったことが恥ずかしい。生きていていいの?

(福田珠恵.日本看護科学会誌 25(3): 41-50)

ここに表れているのは、患者さんに「あきらめさせる」医療であり、ケアであると言わざるを得ません。今まで私たちは「うまくあきらめてもらう医療」を続けてきたのです。精神科の医療にもそういう側面がありましたし、認知症においても、あまり本人が傷つかないように、うまくあきらめてもらうということをやってきました。

しかし、そうではなく、もう少し本人の希望や可能性を汲んで支援をできるようになれば、もっと本人は幸せになるはずですし、あきらめなければならない人も減るはずなのです。私たちは次のステップとして、「あきらめさせない医療」を目指さなくてはならないと考えます。認知症の人が「その人らしく、自分らしく生きる」ことをあきらめないように。

 

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首都大学東京 健康福祉学部 作業療法学科 教授/ 同大学院 人間健康科学研究科 作業療法科学域 教授

繁田 雅弘先生

認知症診療の第一人者。首都大学東京大学院で教鞭を執るかたわら、のぞみメモリークリニックで非常勤医師として臨床にも携わっている。学会活動のみならず東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修に長く関わり、市民向けの講演活動も精力的に行なっている。

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