インタビュー

地域包括ケアシステムにおける医師の役割とは?-トータルヘルスプランナーとして住民の健康をサポートする

地域包括ケアシステムにおける医師の役割とは?-トータルヘルスプランナーとして住民の健康をサポートする
渡辺 象 先生

医療法人社団じゅんせいクリニック 院長、社団法人東京都医師会 理事

渡辺 象 先生

この記事の最終更新は2016年12月08日です。

高齢化が進行する日本社会では、地域全体で高齢者をサポートする地域包括ケアシステムの構築が重要です。地域包括ケアシステムのもとでは、医療と介護など、多職種の連携が必要になります。このような中で、今、医師の役割に変化が求められているそうです。

「地域包括ケアシステムの中で、医師はトータルヘルスプランナーとして、患者さんの健康を全体的にサポートする役割を担う」と語るのは、東京都医師会の理事として地域包括ケアシステムに取り組んできた渡辺象先生です。渡辺象先生に、この枠組みの中で医師が果たすべき役割と地域住民へのサポート体制について、お話をお伺いしました。

地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で暮らすことができるよう「医療・介護・介護予防・住まい・生活支援」を包括的に受けられる支援体制のことです。

地域包括ケアシステムが誕生した背景には、日本社会における急速な高齢化があります。2016年現在、65歳以上の人口は3,000万人を超えており、今や国民の約4人に1人が高齢者です。さらに、ベビーブームに誕生した団塊の世代と呼ばれる約800万人が75歳以上となる2025年以降は、さらに深刻な事態を迎えると予想されています。

生産者人口の減少とともに高齢化が深刻化する中、国をあげて高齢者対策が真剣に検討されるようになりました。その第一歩として、2000年には「介護保険制度」が開始されました。介護保険制度の導入により、介護が必要となった65歳以上の高齢者はいつでも介護サービスを受けられるようになりました。

しかし、高齢化の急速な進行により、介護保険制度のみでは高齢者の介護問題の解決が困難だとして、2014年には地域における医療と介護の総合的な連携を推進する「医療介護総合確保推進法」が新たに成立しました。これを起点に地域包括ケアシステム構築へ向けた取り組みが始まりました。

地域包括ケアシステムのもとでは、住み慣れた地域で、包括的な支援を一体的に受けることができます。しかし、高齢者が暮らす地域の状況は様々です。都市と農村部、高齢化のスピードなど、様々な地域差が生じます。全国一律のシステムを実施することは困難なので、地域の自主性に基づき、その地域の特性に応じた地域包括ケアシステムを作り上げていく必要があります。

高齢者の増加に伴い、認知症の患者さんが今後増えることが予想されます。徘徊などの特徴がある認知症の高齢者の方は、地域全体でサポートする必要があります。一人暮らしの場合はもちろんのこと、ご家族と同居している場合でも、認知症の方の介護の負担は非常に大きくなります。このような認知症の方を地域全体でサポートするためにも、地域包括ケアシステムは有効な手段となるでしょう。

地域包括ケアシステムの構築に向けた在宅医療・介護連携推進事業として全国の市区町村が主体となった(ア)から(ク)の8つの事業の実施が求められています。2015年4月から取り組みを開始し、2018年4月にはすべての市区町村で実施することが決定されました。

【在宅医療・介護連携推進事業】

(ア)地域の医療・介護の資源の把握

(イ)在宅医療・介護連携の課題の抽出と対応策の検討

(ウ)切れ目のない在宅医療と介護の提供体制の構築推進

(エ)医療・介護関係者の情報共有の支援

(オ)在宅医療・介護連携に関する相談支援

(カ)医療・介護関係者の研修

(キ)地域住民への普及啓発

(ク)在宅医療・介護連携に関する関係市区町村の連携

これらの事業を進めるため、都道府県は医師会などの関係団体と協議しながら、研修会を開催したり実施状況の把握を進めています。さらに、予防給付による訪問介護と通所介護を総合事業として訪問型サービス、通所型サービス、生活支援サービスに移行するよう定めました。これにより、既存の介護事業所のサービスに加え、民間企業やNPOなどによる多様なサービスの提供が可能になります。

これらはすべて2018年3月末までに実施することになっていますが、このように時限を定められているので、各自治体は地域包括ケアシステムに取り組まざるを得ません。この状況を作ることで、その構築を後押ししています。

地域包括ケアシステムを実現するための事業は、2015年4月から取り組みが開始されています。たとえば東京には62の自治体がありますが、2016年10月の時点でほとんどの自治体が、先ほどの8つの事業に取り組んでいます。

しかし、進行には地域差があります。取り組みのスピードをあげるためにも、今後人的交流や相談窓口など、さまざまなシステムを整備していかなければなりません。

また、2018年4月からは、国民保険が広域化します。これまで市町村単位だったものが都道府県単位に変更されます。市区町村単位であれば、誰に生活保護でどんなサポートが必要かなど現場目線のきめ細やかなサービスが提供可能です。しかし、これが都道府県単位になってしまうと、きめ細かなサービスが提供できなくなる懸念があります。そのような事態に陥らないためにも、2018年3月までに地域包括ケアシステムの体制を作りあげることが課題となっています。

これまで医療は医療、介護は介護、というように分かれていましたが、地域包括ケアシステムの構築により、職種間での連携が必要になってきました。もともと医療と介護の連携は困難でした。その背景には、医療は非営利、介護は営利という立場の決定的な違いがあります。そのため使用している言葉や受けてきた教育、意識も異なります。

しかし、住民目線からすると、医療も介護も「困った時に助けてくれる」という意味では同じはずです。住民目線の意識改革や、地域包括ケアシステムを構築する中で、医療と介護が連携せざるを得なくなったというのが実情かもしれません。

連携に必要となるのは、お互いの立場を尊敬・尊重することだと考えています。

その実現のため、顔の見える関係をつくり、それぞれの人柄や持っている知識・技術を把握している状態が望ましいと考えています。お互いの精神的な距離が近ければ、質問や依頼しやすい関係を築くことが可能です。

東京のようにすでに連携が進み、一定のネットワークが築かれている地域もありますが、まだまだこれからという地域も数多くあります。まずは医師や医療機関の意識を変えることで、多職種の連携が実現しやすい環境づくりが必要でしょう。

地域包括ケアシステムの構築により、病院完結型の医療から、地域全体で取り組む医療へと変化しました。それに伴い、医師の役割も変化が求められます。これまで医師は病気と予防に取り組むことが中心でした。しかし今後は、地域住民の健康を全体的に支える人(トータルヘルスプランナー)へと徐々に変わっていく必要があると考えています。

地域医療に従事する医師

医師がトータルヘルスプランナーとして活躍するには、優秀な訪問看護ステーションやケアマネージャーの存在が不可欠です。つまり、在宅医療に取り組むには、訪問看護ステーションやケアマネージャーがしっかりと地域に根付く必要があります。しかし、何かあった際の責任は医師にあります。連携を実現しながらも、最終的な責任の所在が医師にあることを忘れてはなりません。

地域に根付く医師を育てるための日本医師会の取り組みの一つが、「日医かかりつけ医機能研修制度」です。これは、かかりつけ医としての能力を維持・向上することを目的としています。

日本医師会では、かかりつけ医を「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定めています。

渡辺先生

私は地域包括ケアシステムにおいて、医師が一番変わらなければならないと考えています。これまで、医師は医療に従事していれば生活することができました。介護や地域の状況を理解する必要もなく、医療に従事していればよいという医師も少なくありませんでした。

しかし、少子高齢社会は、もはや免れることができません。医師の意識を変え、地域に根付きながら介護や多職種との連携を円滑にする、そして、医師は地域住民から「かかりつけ医」として信頼され、また本人もその自覚や能力を備えていくことが必要でしょう。

これからの医療では、患者さん本人とご家族の「心構え」と「選択肢」が大切になっていくはずです。これに対応するには、我々医師が住民の健康をサポートし、たとえ病気になってもきちんとケアするシステムをつくる必要があります。つまり、医師はトータルヘルスプランナーとして、患者さんの家族の事情や病歴も把握していかなくてはいけません。

また、国の宝である地域の子どもたちをどうサポートしていくかということも今後の大きな課題です。日本の未来のためにも、医師が地域に根付き、介護や行政ときちんと連携をとることが重要です。

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