急性中耳炎や滲出性中耳炎といった中耳炎を適切に治療しなかった場合、鼓膜穿孔(鼓膜に穴が空いた状態)を伴う慢性中耳炎に移行することがあります。鼓膜穿孔は難聴や認知症などのリスクにつながる恐れがあるため、早期に治療を行うことが重要です。鼓膜穿孔にはいくつかの治療法がありますが、従来の手術は耳の後ろの皮膚切開を伴うため、患者さんが治療を受けるか決断するうえでのハードルになっていました。しかし近年、“鼓膜再生療法”という皮膚切開を必要としない体に負担が少ない治療法の登場によって、治療を受ける方が増えてきています。
今回は、国際医療福祉大学三田病院 耳鼻咽喉科の高橋 優宏先生に、中耳炎を治療せずにいるリスクや鼓膜穿孔の治療法などについてお話を伺いました。
耳の構造は外側から外耳、中耳、内耳の3つで構成されています。中耳炎とは、鼓膜とその内側の空間である中耳に起こる感染症のことを指します。
中耳炎は急性中耳炎、滲出性中耳炎、慢性中耳炎の3つに大別されます。急性中耳炎、滲出性中耳炎はお子さんに多く、慢性中耳炎は大人に多い病気といってよいでしょう。
以下では、それぞれの中耳炎について詳しく解説します。
急性中耳炎とは、鼻から入った細菌やウイルスが鼻と耳の間の耳管を通って中耳まで到達し、中耳で炎症を引き起こす病気です。そのため、多くの場合で鼻風邪をきっかけに発症します。また、アレルギー性鼻炎がある方もなりやすいと考えられます。
お子さんに多くみられ、主な症状は耳の痛みと発熱です。ほとんどの患者さんが耳の痛みを訴えて受診されます。なお、炎症が強い場合は鼓膜の一部が裂け、そこから耳漏(耳垂れ)と呼ばれる膿が出てくることもあります。
まずは抗菌薬による治療を行いますが、なかなか改善がみられない場合には鼓膜を切開し、膿を出す治療を行うこともあります。
急性中耳炎を繰り返すと耳管に炎症をきたし、鼓膜の内側の鼓室という空間に滲出液という液体がたまります。すると、鼓膜の動きが悪くなり、音の聞こえが悪くなります(伝音難聴*)。これが滲出性中耳炎です。
お子さんがなりやすい病気であるため、難聴があってもなかなかご自身も周囲の方も気付きにくいのが問題点といえるでしょう。治療をせずに放置してしまうと、聞こえの悪い状態が続くためにお子さんの言語の発達に影響を及ぼす可能性があります。
滲出性中耳炎の治療では、まず鼓膜の内側の滲出液の排出を促す薬を内服します。改善がない場合には急性中耳炎と同様に鼓膜を切開し、中の滲出液を排出します。
*伝音難聴:外耳や中耳に問題があり、音が伝わりにくくなる難聴。
急性中耳炎、滲出性中耳炎を繰り返すことにより最終的に鼓膜に穴(穿孔)を生じることがあります。この状態を慢性中耳炎といいます。鼓膜穿孔を生じると、難聴や断続的な耳漏がみられます。
なお、根本的な治療をするためには鼓膜の穴を塞いだり、耳漏の原因を取り除いたりする手術などを行う必要があります。治療方法については鼓膜穿孔に対する治療法――鼓膜形成術、鼓室形成術を中心に解説で詳しくご説明します。
急性中耳炎や滲出性中耳炎を治療せずにいると、慢性中耳炎へ移行します。そのため、幼少期に発症した急性中耳炎や滲出性中耳炎をしっかりと治療することが重要といえます。慢性中耳炎によってできた鼓膜穿孔があると、耳漏だけでなく、難聴、さらには認知症といった問題が生じてきます。
以下では中耳炎や鼓膜穿孔を治療せずにいるリスクについて詳しく解説します。
慢性中耳炎は鼓膜穿孔がある状態なので、難聴(伝音難聴)になります。すると、拾える音が少なくなるために、静かな場所での1対1の会話はあまり問題になりませんが、地下鉄など周囲が騒がしい場所では会話が聞こえづらいと考えられます。
また慢性中耳炎はときどき耳漏を生じますが、それに伴う内耳障害が問題になります。聞こえの神経細胞がある内耳に障害が起こると難聴(感音難聴*)がさらに進行するからです。年齢とともに誰もが加齢性難聴(感音難聴)を生じますが、慢性中耳炎がある場合は加齢に伴う難聴よりさらに難聴が進行することが分かっています。
*感音難聴:内耳や蝸牛(かぎゅう)、脳などに問題があり、音をうまく感じ取れなくなる難聴。
近年、注目されているのが難聴と認知症の関係です。難聴によってコミュニケーションに問題が生じることが、認知症のリスクにつながることが明らかになっています。具体的には、難聴の方は聴力が正常な方と比べると、認知症になるリスクが2倍ほど高くなるといわれています。
慢性中耳炎による鼓膜穿孔は、基本的に治療や手術をしない限り治ることはありません。したがって、認知症のリスク因子を取り除くという意味でも早めに治療を行うことが大切です。しかし、慢性中耳炎によって起こる難聴のほとんどは軽度から中等度であるために、治療せずにそのままにしている方が多いのも事実です。鼓膜穿孔は認知症のリスク因子の1つですから、耳漏や耳閉感、聞こえづらさがある方は一度耳鼻科で診察を受けてください。
慢性中耳炎による鼓膜穿孔は自然には閉鎖しないため、基本的に治療が必要です。代表的な治療法には、鼓膜形成術と鼓室形成術があります。これらの治療法では耳の後ろの皮膚切開を伴うことから患者さんが治療を決断するうえでハードルになっていました。しかし、鼓膜再生療法という皮膚切開を必要としない新しい治療法の登場によって、患者さんの身体的な負担が軽減され、治療を受ける方が増えてきています。
鼓膜形成術とは、耳の後ろの皮膚を1cmほど切開して取り出した皮下組織を鼓膜の穿孔部へ医療用の糊で貼り付ける手術です。鼓膜形成術による鼓膜の穴の閉鎖率は85%〜90%といわれています。
なお、鼓膜形成術は局所麻酔と全身麻酔のいずれであっても治療を行うことができますが、全身麻酔の場合は入院が必要となります。
鼓室形成術は、鼓膜の内側にある鼓室の清掃が必要な場合に行う手術です。耳の後ろの皮膚を4cmほど切開して、外耳道から鼓膜まで皮膚を剥がし病変を取り除きます。それに加えて、鼓膜形成術と同様に耳の後ろの皮膚を切開し、採取した組織で鼓膜を再建します。鼓室形成術での鼓膜の閉鎖率は、90%ほどとされています。
鼓室形成術は基本的には全身麻酔で行う手術であるため、入院が必要です。
鼓膜再生療法とは、塩基性線維芽細胞増殖因子を含むトラフェルミンという薬を浸したゼラチンスポンジを鼓膜の穿孔部にフィブリン糊(医療用の糊)で固定し、鼓膜を再生させる治療法です。鼓膜再生療法は皮膚を切開しない治療法であるため、患者さんの身体的な負担が抑えられます。また、外来で治療できるので入院が不要な点もメリットの1つです。
鼓膜形成術や鼓室形成術と比較すると1度の治療での鼓膜穿孔の閉鎖率が低いです。しかし、同様の治療を4回まで施行することができるため、複数回治療を行うことで90%以上のケースで穿孔が閉鎖することが分かっています。そのため、1度目の治療で鼓膜の穴の縮小が認められれば、複数回行って治療効果をみていきます。
なお、鼓膜再生療法は4回治療を行った場合でも入院手術に比べて費用負担を抑えることができます。これらのことから、鼓膜再生療法は患者さんの身体的・経済的な負担の少ない治療といえるでしょう。
ただし、鼓膜を再生させる幹細胞がすでに失われている場合は鼓膜の再生が難しいと考えられます。鼓膜再生療法を1回行った結果、鼓膜の穴がまったく縮小しない症例については鼓室形成術へ切り替えることを検討します。
鼓膜穿孔の治療法を選択するために、まず鼓膜の所見を確認した後に聴力検査、パッチテスト(中耳機能検査)を行います。パッチテストとは聴力検査の1つで、鼓膜の穴を塞いだときにどの程度聴力が回復するのかを調べる検査です。さらに側頭部のCT検査を行い、鼓膜の内側の炎症の程度や膿を出す組織がないかを調べます。
炎症や膿を出す組織がなければ鼓膜形成術または鼓膜再生療法の適応、そういったものがある場合には鼓室形成術の適応となります。なお、鼓膜形成術と鼓膜再生療法の適応はほぼ重なりますので、どちらの治療を行うかは患者さんに選択していただいています。
鼓膜穿孔の治療後は、耳に水を入れないようにすること、鼻を強くかまないことが大切です。特に入浴する際は耳に綿球をして水が入らないようにしましょう。また、飛行機や高速エレベーターには乗らないことも重要です。これらはいずれの治療を受けた場合でも共通して守っていただきたい注意点になります。期間としては、1か月程度と考えていただければよいでしょう。
鼓膜穿孔があるのを分かっていても何もせず放置してしまっている方もいましたが、鼓膜再生療法の登場によって、そういった方が「治療を受けたい」と耳鼻科を受診されています。特に両耳の鼓膜に穴が空いている方だと、治療によって劇的にQOL(生活の質)が向上します。また、聴力の改善によって認知症のリスクを下げることにもつながるため、鼓膜再生療法は個人的なメリットだけでなく社会的意義も大きい治療といえるでしょう。
鼓膜再生療法は、患者さんの身体的・経済的負担の少ない治療法ですから、慢性中耳炎がある方や鼓膜穿孔があると分かっていても手術をためらっていた方は、ぜひ治療を検討してみてください。ご家族の方からもぜひ治療を受けるようにお話ししていただきたいと思います。
国際医療福祉大学三田病院 耳鼻咽喉科(聴覚・人工内耳センター)では、難聴の方に対する人工聴覚器(人工中耳、人工内耳)の手術に特に力を入れており、鼓膜穿孔の治療後のフォローアップも行っています。
鼓膜穿孔を治療したけれど難聴がよくならない方については、人工中耳手術や人工内耳手術を行うことで聴力が改善することがあります。鼓膜穿孔の治療後に難聴でお困り事がある方は1人で抱え込まず、ぜひ一度ご相談ください。
国際医療福祉大学三田病院 耳鼻咽喉科(聴覚・人工内耳センター) 医学部准教授
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