東京北医療センター耳鼻咽喉科の飯野ゆき子先生は、これまで5,000件以上の手術経験をもつ中耳手術のエキスパートです。今回はご専門である中耳の手術についてうかがいました。
鼓膜の内側にたまっている貯留液(滲出液)を出すことで聞こえを良くし、中耳内の粘膜の状態を改善します。局部麻酔をしてからメスで鼓膜の一部を切開しますので、ほとんど痛みを感じることはありません。外来で手術を受けてそのまま帰ることもできます。鼓膜の穴は数日で自然に閉じます。
鼓膜切開術と同様に、鼓膜を切開して中耳にたまっている貯留液を出すとともに、切開したところにチューブを挿入します。滲出性中耳炎では耳管(中耳から鼻咽腔への通り道)の機能不全で中耳が陰圧(圧力が低いこと)になっていますので、チューブを通すことで中耳内と外の気圧を同じにしてバランスがとれた状態にします。このことによって、中耳から耳管を通して貯留液が排出されやすくなります。
中耳機能検査の結果が良好であれば鼓膜形成術を行います。局所麻酔、日帰り手術や短期入院での治療が可能で、手術も短時間で終わります。一般的な方法としては耳の後ろを小さく切開して皮下組織を採取し、フィブリン糊(血液が固まる仕組みを利用した血液製剤の生体糊)で残っている鼓膜にくっつけて穿孔をふさぎます。
最近はさらに簡便な方法として、コラーゲンスポンジを穿孔にはさみこんで治療する方法や、グロースファクター(成長因子)によって鼓膜の再生を促すといった新しい手法も出てきています。
中耳機能検査で難聴が改善しない場合は、鼓膜をふさいだだけでは聴力は改善しません。鼓膜の奥の病変によってさまざまなケースが考えられることを患者さんやご家族にお伝えした上で、鼓室形成術を行います。鼓膜から内耳へ音を伝える耳小骨の機能が悪くなっている場合には、軟骨などを使って音のつながりを良くする手術(耳小骨連鎖の再建)を行いますが、癒着性中耳炎や耳硬化症(中耳のまわりが硬くなっている)などの場合は手術をしても十分に難聴が改善しにくいことがあります。
また鼓膜の穿孔が非常に大きい場合や残っている鼓膜の石灰化が高度の場合、鼓膜が非常に薄い場合も鼓室形成術を行います。
鼓室形成術では耳内法(じないほう)と耳後法(じこうほう)という2つのアプローチがあります。耳内法は耳の中または耳の前の方にだけ傷が入るもので、耳後法は耳の後ろからアプローチする方法です。耳硬化症など限られたケースでは耳内法が行われますが、中耳炎の手術ではほとんどの場合耳後法です。
また、真珠腫性中耳炎に対する鼓室形成術の術式はオープン法とクローズド法に大きく分けられますが、それぞれメリットとデメリットがあるため、現在ではオープン法の後に再建術を組み合わせた術式が多く用いられるようになっています。それぞれの特徴は以下のようになります。
外耳道を大きく削除することで視界を確保するので、手術がしやすく真珠腫や肉芽組織の取り残しが少ないというメリットがあります。デメリットとしては大きく削った分、術後感染や耳漏(じろう・外耳道からの分泌液の総称で耳だれともいう)の再発リスクが高くなり、音の聞こえにも影響するとされています。また定期的に術後腔の耳垢やかさぶたの除去が必要です。
オープン法のデメリットに配慮し、外耳道をできるだけ自然な形に保ったままで真珠腫や肉芽組織を取り除く術式ですが、どうしても死角ができるため取り残しによる再発が懸念されます。
オープン法での手術のしやすさというメリットを生かしつつ、削った部分を再建することで術後感染や聞こえの悪さ、耳漏の再発率が高くなるなどのデメリットを回避します。
手術の目的は鼓膜の穴をふさいで耳漏を止めることと、音の聞こえを改善することの2つです。いずれも患者さんのQOL(Quality of life:生活の質)を向上させる上でとても大切なことです。
私たち専門医はあらゆる手をつくして患者さんの状態を把握し、詳しく説明をしていきますので、手術をして良くなるものについては積極的に治療を受けてしっかりと治していくことをおすすめします。
手術の後にはごくまれに、めまい・耳鳴り・顔面神経麻痺・味覚異常などの合併症が起こることもあります。しかし、むしろ注意すべきなのは術後感染症や再発のリスクです。
MRSAなど薬剤耐性菌による術後感染症が長引くことがあります。このような感染症では術前から抗菌薬や耳洗浄でしっかりと菌を減らし、手術に臨み、術後も注意深く感染の有無を観察することが重要であると考えています。
また真珠腫性中耳炎中耳炎では再発というリスクもあります。術後にはCTあるいはMRIで再発チェックをを行い、最低5年間は経過をみることが必要です。
東京北医療センター 耳鼻咽喉科 難聴・中耳手術センター 科長
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