鼓膜穿孔は、穴が開いた状態の鼓膜を指し、それだけで難聴を引き起こします。放置していると難聴の悪化や中耳炎などを発症することがあります。
従来の鼓膜穿孔の治療は原則として手術のみであったため患者さんの負担が大きく、それが治療を受けるうえで課題となっていました。しかし、2019年11月に“鼓膜再生療法”という新たな治療法が保険適用になりました。鼓膜再生療法は、患者さんの負担を軽減することが可能であるため、治療法の普及が期待されています。
今回は、本治療を考案された北野病院で難聴・鼓膜再生センター長を務める金丸 眞一先生に鼓膜穿孔とその治療についてお話を伺いました。
鼓膜穿孔とは、鼓膜に穴があいた状態、また鼓膜にあいている穴そのものを指します。通常、鼓膜は穴があいたとしても自然と閉じていくことが多いですが、穴があいたままの状態が続く場合には治療が必要となります。
鼓膜穿孔を治療しないままにしていると、難聴などのさまざまな問題が生じてくるため、早い段階で治療を行うことが大切です。
鼓膜穿孔を起こす主な原因は、中耳炎と外傷によるものがほとんどです。
口や鼻から耳管とよばれる耳と喉をつなぐ管を通じて鼓膜の奥にある中耳に細菌やウイルスが入ることで、急性中耳炎が引き起こされます。急性中耳炎はお子さんに多く見られる病気で、長引くと慢性中耳炎になります。慢性中耳炎の患者さんは、鼓膜穿孔が見られることが多いです。
外傷の原因はさまざまで、綿棒や耳かきによる傷、平手打ちなどが挙げられます。あるいは、飛行機内やダイビングの際の気圧の変化、爆風などの圧力で鼓膜に穴があく場合もあります。また、滲出性中耳炎などの治療で、鼓膜切開や鼓膜チューブ留置などの後遺症として鼓膜穿孔が残ることもあります。
鼓膜穿孔の主な症状としては、難聴・耳鳴り・耳閉感の3つが挙げられます。
患者さんがもっとも自覚しやすいのは難聴です。加えて、聴力が低下すると多くの場合には耳鳴りが起こります。長期間にわたって鼓膜穿孔を起こしている方は感じないことが多いですが、急に鼓膜が破れると耳閉感といって耳が塞がった感じがします。
鼓膜穿孔で鼓膜に穴がある場合、日常生活で耳に水が入らないように注意を払う必要があります。そのため、入浴・洗髪の際に耳に水が入らないように気を付けなければなりませんし、水泳は原則として禁止です。
通常、鼓膜で捉えた音は耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨という3つの骨)で増幅され内耳の蝸牛に入りますが、鼓膜穿孔があると、それと同時に鼓膜の穴からも音が直接蝸牛に入ります。別方向から入った2つの音が蝸牛内でぶつかり合って、言葉が聞き取りにくくります。
聞こえを補う方法として補聴器がありますが、補聴器はマイクでキャッチした音を増幅させて聴力を補うしくみであるため、鼓膜穿孔があると、補聴器でいくら音量を大きくしても聞き取りにくさは改善しません。つまり、声(音)は大きくなるけれど、はっきり聞きとれない状態です。
中耳(鼓膜と鼓膜の奥にある骨に囲まれた空間の総称)は耳管を通じて喉とつながっています。中耳の換気の役目を果たす耳管は、嚥下時に開き、それ以外のときは閉じています。しかし、鼓膜に穴があると、耳管が開いたときに喉から中耳を通じて外まで一続きになってしまうため、通常よりも中耳にウイルスや細菌が入り込みやすくなります。また、鼓膜穿孔を治療せずにそのままにしていると、慢性中耳炎になりやすくなります。その間に中耳だけでなく内耳も機能低下を起こし、治らない難聴になることもあります。
顕微鏡とファイバースコープを用いて鼓膜・外耳道・中耳の状態を観察します。
聴力検査で音の聞こえ方を、パッチテスト(薄い紙などで穿孔を塞ぐ検査)で聴力の向上が見られるかをチェックします。
必要に応じて、CT検査、MRI検査で鼓室など中耳の状態を確認します。
外傷性の鼓膜穿孔の場合には、急に耳が聞こえなくなったり、痛みや出血とともに聞こえが悪くなったりする症状が現れますので、これらの症状が見られた場合には、できるだけ早く病院で診察を受けましょう。
一方、慢性中耳炎で鼓膜穿孔がある方は痛みや急激に聞こえが悪くなるといった症状がないため、自分では気付きにくいといえます。そのため、耳だれ(耳の中から出る分泌液)や、聞こえづらさを感じた場合には、病院で診察を受けることをおすすめします。
鼓膜穿孔の治療は、負担が大きい手術治療が中心で、治療を受けるうえで大きなハードルとなっています。しかし、2019年11月 “鼓膜再生療法”が新たに保険適用になったことで、鼓膜穿孔の治療選択肢が増えました。
それでは、鼓膜再生療法を中心に鼓膜穿孔に対する治療を見ていきましょう。
手術には、大きく分けて鼓膜形成術と鼓室形成術という2つの方法があります。鼓膜に穴があいているのみの場合には鼓膜形成術が、慢性中耳炎などで中耳内も清掃しないといけない場合には鼓室形成術が適応となります。
鼓膜形成術は、耳の後ろを4~5cm切開して、側頭筋というこめかみの上辺りにある筋肉の膜を採取して鼓膜に移植する方法です。長い方ですと、1週間ほどの入院期間が必要となります。この方法では耳の後ろを切開しているので、傷あとは目立たないことが多いですが、傷あとが残ってしまうことや、切開した耳の周囲に違和感が残る場合もあります。
鼓膜形成術では、移植したのは自分の組織なので生着率が高いという利点がありますが、別の場所から移植した組織であるため感染に弱く、ずれや癒着によって穴があくことや、鼓膜が分厚くなって聴力の改善が不十分な場合もあります。もちろん本来の鼓膜ができるわけではありません。
鼓膜形成術のなかに接着法(湯浅法)という、比較的侵襲の低い治療法があります。接着法では、耳の後ろを約1~2cm切開して皮下組織を採取し、鼓膜にあいた穴の縁を少し削ってその部分にその皮下組織を移植します。そして、移植した皮下組織の上からフィブリン糊(医療用の接着剤)をかけ、耳の後ろを縫います。接着法は日帰りでも手術を行うことが可能であるため、従来の鼓膜形成術と比べて患者さんの負担は軽くなります。
鼓室形成術も鼓膜形成術と同様に耳の後ろを4~5cm切開し、側頭筋と呼ばれるこめかみの上辺りにある筋肉の膜を採取して、その膜を鼓膜に移植します。それと同時に中耳内の清掃を行います。手術後は、1週間から10日ほどの入院期間が必要です。
鼓室形成術においても、耳の後ろを切開しているので傷あとや形成した鼓膜については鼓膜形成術と同様です。
私が構想の段階も含めて2003年頃から開発に取り組んできた鼓膜再生療法とは、皮膚を切ったり自分の組織を採ったりせず、耳の穴から操作を加えて、鼓膜を再生させる新たな治療です。鼓膜再生療法の治療の流れとメリットについて、従来の治療法と比較しながら解説いたします。
まず、鼓膜穿孔の周辺に麻酔液を染み込ませた綿を詰めていきます。麻酔が効いてきたら、穴の周囲に傷をつけます。その後、トラフェルミンという鼓膜の細胞を増殖させる薬を染み込ませたゼラチンスポンジを穿孔部に置き、ゼラチンスポンジの上からフィブリン糊をかけて接着します。糊で覆うことによって、ビニールハウスのように乾燥を防ぎ、再生に適した環境下で鼓膜の再生が促されます。3~4週間後にかさぶたを除去すると、穿孔が塞がった状態の鼓膜が表れます。1回の治療で穿孔が塞がらなかった場合には、4回まで同様の治療を行うことが可能ですが、ほとんどの場合1~2回の治療で穿孔は塞がります。ただし、治療前の診察で耳だれがあったり、鼓膜の奥に炎症性の病変があったりする場合には、本治療は適応外となります。また、鼓膜穿孔の原因がやけど、熱傷、放射線治療などである場合や、以前に鼓室形成術などの手術をしている場合には、鼓膜の再生が難しいこともありますので医師に鼓膜の状態を診てもらうことが大切です。
鼓膜再生療法では、治療後の通院は3~4週間後にかさぶたを除去するために来ていただければ、耳に水を入れないことや、鼻を強くかんだり吸ったりしないといった注意点以外に生活における制約はほとんどありません。
鼓膜再生療法では、治療にかかる時間は20分ほどで入院を必要としないだけでなく、外来で治療ができるため経済的な負担を軽くできます。また、鼓膜形成術や鼓室形成術といった手術のように皮膚を切開することなく治療を行うことが可能です。そのため、患者さんの気持ちや体の負担も少ない治療といえます。
鼓膜形成術ならびに鼓室形成術は、自分の組織を移植してはいますが、本来の鼓膜ではないため、通常の鼓膜よりも厚みのある鼓膜となり、音が伝わりにくくなります。さらには、手術した箇所に再度穴があいてしまったとしても、本来の鼓膜ではないため自然に塞がることはありません。一方、鼓膜再生療法では、正常な鼓膜を再生させる治療ですから、本来の鼓膜と同様の鼓膜が作られます。そのため、鼓膜再生療法後は、患者さんが本来持っている聴力を取り戻すことにつながります。加えて、本来の鼓膜を再生しているため、再生した鼓膜に穴があいても自然に治ってしまうことが多いといえます。
今後は、私が開発した鼓膜再生療法をより多くの先生方に広めていきたいと考えています。そのため先生方に向けて講演会を開催する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症によって、講演会の実施は難しくなってしまいましたので、現在はWeb講演会を実施しています(2020年9月時点)。これからも鼓膜再生療法の手技についてご紹介する場を積極的に設けることで、多くの先生方が鼓膜再生療法の知識や技術を習得し、鼓膜穿孔や難聴に悩む患者さんを1人でも多く救うことに結びつけられたらと期待しています。
また、世界中の鼓膜穿孔の患者さんに本治療を普及させために、アメリカとヨーロッパで臨床試験に取り組んでいます。新型コロナウイルス感染症の影響で予定通りには進んでおりませんが、これからも世界中に鼓膜再生療法を普及すべく、精力的に活動するつもりです。
現在は慢性中耳炎などで中耳内に炎症のある方は鼓膜再生療法の適応ではありませんが、将来的には慢性中耳炎をはじめとする重症な鼓膜穿孔の患者さんにも鼓膜再生療法を適応できるようにしたいと考えています。
アルツハイマー病協会国際会議においてランセット国際委員会が、「難聴は認知症の要因の中でもっとも大きな要因である」と報告しているように、難聴は認知症のリスクにもなりえます。また、難聴をそのままにしてしまうと、家族や友人とのコミュニケーションが途絶えて社会的に孤立してしまうという恐れもあります。そのため、鼓膜穿孔などの治すことができる難聴はそのままにせず、積極的に治療することが重要です。
これまでは鼓膜穿孔によって聞こえづらさを抱えていたとしても、治療の負担を考え、治療を受けることを諦めてしまっていた方も多いでしょう。今までは手術しか治療法がありませんでしたが、鼓膜再生療法という新たな治療法によって患者さんの負担を軽減できるようになりましたので、難聴がある方は、一度病院を受診していただき、治療を検討してみてください。
公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 部長、難聴・鼓膜再生センター長、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター 客員研究員、医療法人社団 淀さんせん会 金井病院 耳鼻咽喉科 部長
公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 部長、難聴・鼓膜再生センター長、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター 客員研究員、医療法人社団 淀さんせん会 金井病院 耳鼻咽喉科 部長
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 耳鼻咽喉科専門医・耳鼻咽喉科専門研修指導医・補聴器相談医日本耳科学会 暫定指導医日本気管食道科学会 評議員耳鼻咽喉科臨床学会 会員日本聴覚医学会 会員
2003年より研究を続けていた鼓膜再生療法の健康保険適用が2019年11月19日に承認。2019年12月9日に世界初の鼓膜再生用剤が発売され、国内では鼓膜再生療法がスタンダードな治療となる。今後、国内でこの治療を広めるとともに、海外展開のため、アメリカ、ヨーロッパ、中国で医師主導型臨床治験のための活動を展開している。
金丸 眞一 先生の所属医療機関
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