インタビュー

慢性中耳炎による鼓膜穿孔とは――穿孔を残すリスクや新しい治療法について

慢性中耳炎による鼓膜穿孔とは――穿孔を残すリスクや新しい治療法について
坂本 達則 先生

島根大学 医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 教授、島根大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸...

坂本 達則 先生

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慢性中耳炎は細菌・ウイルス感染などが原因で中耳に慢性的な炎症が起こっている状態です。鼓膜穿孔(鼓膜に穴が開くこと)によって耳だれ(耳漏)や難聴が起こり、QOL(生活の質)が低下する恐れがあります。

今回は島根大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科(じびいんこうか)頭頸部外科(とうけいぶげか)診療科長、教授の坂本 達則(さかもと たつのり)先生に、慢性中耳炎による鼓膜穿孔の治療の重要性や、“鼓膜再生療法”を含めたさまざまな治療の選択肢などについてお話を伺いました。

慢性中耳炎とは、鼓膜にできた穿孔(穴)が塞がらず、耳から(うみ)が出る、難聴などの症状が続く状態です。

慢性中耳炎には大きく分けて2つのパターンがあります。1つは、いわゆる慢性中耳炎といわれるもので、放置すると鼓膜に穿孔をきたす中耳炎です。もう1つは真珠腫性中耳炎です。鼓膜の一部分がへこんで中耳に侵入し、皮膚組織が蓄積して白い塊ができます。名前に“腫”とついていますが、へこみの中にたまる白い塊の外見が真珠に似ているからで、白い塊は腫瘍(しゅよう)ではありません。

今回は鼓膜穿孔をきたす慢性中耳炎について説明します。

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耳の構造 画像:PIXTA

慢性中耳炎により鼓膜穿孔をきたす原因は以下のようなものがあります。

急性中耳炎による炎症の結果

鼓膜に開いた穴が塞がらなくなる主な原因は、急性中耳炎によって中耳が()んだ状態を繰り返すことです。細菌・ウイルス感染などによって中耳に炎症が起こりますが、特に子どもは感染症やアレルギー性鼻炎などに繰り返しかかりやすいため、急性中耳炎を発症し、鼓膜穿孔をきたす慢性中耳炎になりやすいといわれます。また、子どもは耳管などの中耳の器官が未成熟で、適切に機能していないことも関係しています。耳と鼻は耳管でつながっているため、耳管の機能が弱いと細菌・ウイルスなどが出ていかず、炎症が治りにくいのです。

鼓膜切開後に穿孔が塞がらない

治療で行われた鼓膜切開が原因となる場合もあります。急性中耳炎や滲出性中耳炎などの治療では鼓膜の向こうにたまった膿や汁を出すために鼓膜切開が行われます。通常、鼓膜は切開しても自然に塞がりますが、切開した鼓膜の端部分が内側にめくれて入りこんでしまうなどで、まれに塞がらない場合があります。以前切開の処置に使用されていた麻酔薬の影響で穿孔が残っているケースもあるようです。

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慢性中耳炎による鼓膜穿孔があると、以下のような問題が発生します。

感染による耳だれ、めまい、耳鳴り

鼓膜に開いた穴から細菌・ウイルスに感染し、耳だれ(耳漏)が起こります。この状態が続くと周囲の組織に炎症が及び、内耳炎を併発することもあります。内耳炎になると、めまいや耳鳴りなどの症状が現れます。

鼓膜穿孔による難聴、耳鳴り

鼓膜に穴が開いていると内耳に音の振動を伝える力が弱まり、本来脳に届くべき信号が届きにくくなります。耳鳴りの原因にはさまざまなものがありますが、この脳に届くはずの信号が届かない感覚を耳鳴りとして感じる方もいらっしゃいます。

本来、鼓膜は穴が開いても自然に閉鎖します。中耳の炎症によって鼓膜に穴が開いたり、治療で鼓膜を切開したりしても自然に閉鎖する可能性があるため、最初は、細菌・ウイルスに感染しないように局所治療をしながら経過観察を行います。それでも自然に閉鎖しない場合には、閉鎖するための治療が検討されます。

鼓膜穿孔を閉鎖する治療を行うかどうかの選択については、患者さんの全身状態やQOLなどを総合的にみて検討します。日常生活で問題がなければ治療をせず、経過観察を続けるケースは少なからずあります。たとえば高齢の方の場合、鼓膜穿孔があっても感染がなく少々聞こえが悪い程度であれば、無理に手術を行う必要はありません。学生の方であれば手術のために学校を休む必要があるので、どのタイミングで実施すべきかなど、可能なかぎり患者さんの負担が小さくなるよう、十分に相談して決定します。

一方で、鼓膜穿孔を放置すると耳だれや難聴の症状が続くことでQOLの低下につながるリスクもがあります。

耳だれについては、鼓膜穿孔からが出続けるため、寝具に膿が付く、臭いが気になるといった問題が発生します。難聴については、鼓膜穿孔によって片耳だけ聞こえが悪くなったとしても、もう片方の耳で聞こえを補うことができると思われる方も多いでしょう。しかし、片耳では言葉の理解が悪くなりますし、特に子どもの場合は片耳だけで聞く状態が続くと言葉の発達の遅れにつながる恐れもあります。これは生涯にわたるデメリットになるため、早期に治療をして両耳が聞こえる状態にしたほうがよいといえます。

また鼓膜穿孔を放置することで感染が悪化し、内耳炎を起こす可能性もあります。内耳炎になると感音難聴という治療が困難な難聴に発展することがあるため、治療を行うことが重要です。

ほか、子どもに鼓膜穿孔がある場合は水泳の授業を受けられないといった支障もあります。水泳の授業は溺れた際に身を守る術を学ぶものなので、これも患者さんのデメリットにつながるといえるでしょう。

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画像:PIXTA

耳の穴に挿し込む形の補聴器を装用する場合、鼓膜穿孔による耳だれによって故障する恐れがあります。そのため補聴器を装用できず、周囲の人とのコミュニケーションがうまくいかないなど、社会生活上の障害をきたしている方もみられます。また、補聴器は耳の穴に蓋をする形になるため湿気がこもりやすく、鼓膜穿孔から感染のリスクが高まることも考えられます。

鼓膜穿孔があると診断された場合は、補聴器を装用する前に治療を優先することが大切です。耳の状態によって使用できる補聴器の種類はさまざまありますので、まず耳鼻咽喉科を受診いただき、必要な治療について医師に相談してください。

慢性中耳炎によるものを含めて鼓膜穿孔が疑われたら、まずは医師による診察を行い、必要に応じて以下の検査を行います。

医師による診察で鼓膜を観察

鼓膜を観察して鼓膜の状態や穿孔の形などを確認します。中には単純な鼓膜穿孔ではなく、鼓膜が中耳側に陥没して鼓室(鼓膜の奥の空間)に密着した癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎の方などもいらっしゃいます。

純音聴力検査、語音聴力検査で聞こえの程度を調べる

まず純音聴力検査を行い、小さな音が聞き取れるかの聞こえの程度を調べます。次に語音聴力検査でひらがなを1文字ずつさまざまな音量で聞き、聞き取れるかどうかを調べます。内耳に障害がある場合は語音聴力検査の結果がよくありません。

耳だれがある場合は細菌検査を行う

耳だれがある場合は耳だれの細菌検査を行い、どのような細菌によって感染しているかを調べます。

CT検査で炎症の程度を調べる

側頭骨のCT撮影を行い、鼓膜の奥にある耳小骨*が残っているか、骨が溶けていないかなど、中耳の炎症の程度を調べます。

*耳小骨:鼓膜の奥にある3つの小さな骨のことで、ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨がある。鼓膜とともに振動することで脳に音を伝えている。

耳だれがある場合は、鼓膜穿孔を閉鎖する前に感染に対する治療を行うことが必要です。菌の量を減らすために耳の清掃と消毒などの処置を行い、細菌検査の結果に基づいて、抗菌薬を点耳薬や内服薬で投与します。感染の程度によっては、点滴による投与が必要な場合もあります。

感染に対する治療が終了したら、鼓膜を閉鎖する治療を検討します。鼓膜穿孔を閉鎖する治療法には以下があります。

鼓室形成術

耳小骨の周辺など鼓膜の内側に病変がある場合に行われる治療です。耳の後ろや前部分などの切開を伴う手術や、TEES(ティース)(経外耳道的内視鏡下耳科手術)といって、耳の穴から内視鏡を入れて施術する低侵襲(ていしんしゅう)(体への負担が少ない)手術などがあります。

鼓膜形成術

中耳にほかの病変がない場合に行われる、鼓膜の穿孔を閉じるための手術です。中耳の機能に問題がなければ聴力の改善が期待できます。

鼓膜再生療法

トラフェルミンという成分が入った薬を活用して鼓膜の組織を再生する方法です。鼓膜形成術の一種で、2019年に保険適用になったばかりの新しい治療法です。詳しくは後述します。

鼓膜穿孔を閉じることでQOLの向上につながるか

鼓膜穿孔があることによって問題になるのは、感染や難聴のリスクがある点です。鼓膜穿孔を閉鎖することによってそれらのリスクが解消されて患者さんのQOLが向上するかどうかを踏まえて、治療を行うべきかを検討することが大切です。

医師と相談して適切な治療法を選んで

CT検査を行うことで、中耳に鼓膜穿孔以外の病変があるかどうかを確認できます。それにより病変があれば、鼓室形成術を行うことが必要となります。中耳に問題がなければ、鼓膜形成術と鼓膜再生療法のどちらを行うかを患者さんと相談します。選択する際は費用面が気になる方も多いと思いますが、鼓膜形成術と鼓膜再生療法のどちらも保険でできる治療です。ケースバイケースではありますが、鼓膜再生療法のほうが鼓膜形成術よりもやや治療費が抑えられる場合があります。入院が必要か、日帰りが可能かは医療機関によって異なるため、医師に確認するとよいでしょう。

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“鼓膜再生療法”はトラフェルミンという細胞の増殖を促す成分が入った薬を使用し、鼓膜の組織を再生する治療法です。上図の通り、麻酔を染みこませた綿を穿孔の周辺に接するように詰め、麻酔が効いたら穿孔の周囲の組織をメスなどで少し傷つけます。その後、トラフェルミンを染みこませたゼラチンスポンジで穿孔部分を塞ぎ、フィブリン糊で接着します。

鼓膜再生療法のメリットは、鼓膜以外の切開や細胞の採取などが不要であり、低侵襲な治療法であることです。また、最大4回まで治療することができ、4回目までの治療における成功率は9割以上といわれています。デメリットとしては1回での閉鎖率が低いという意見があり、複数回行う必要があることです。

2019年に保険適用になったばかりの新しい治療法ですが、現在急速に施術が増えています。当院のある島根県は、隠岐の島をはじめ耳鼻咽喉科の医師が少ない地域が多く、治療を受けるときは島外の病院まで行かなくてはならないという課題があります。鼓膜再生療法は常勤の耳鼻咽喉科の医師がいない病院でも外来で行うことができるため、このような地域にお住まいの多くの患者さんが、負担が少なく治療を受けられるようになると期待できます。

鼓膜穿孔を閉鎖するどの治療の後においても守っていただきたいのは、術後しばらくは鼻をかんだり、鼻をすすったりしないことです。耳と鼻はつながっているため、鼻かみや鼻すすりをすると手術で処置した鼓膜や薬がずれてしまうことがあります。実際に手術がやり直しになったケースもありますので、特に小さなお子さんは親御さんが注意するようにしてください。当院ではリスク回避のため、術後1か月は気を付けるようにお伝えしています。

鼓室形成術・鼓膜形成術を行った場合の入院期間は医療機関によりますが、当院の場合はどの治療も長くて1週間程度です。術後の通院も病院によって異なりますが、当院では約10日後に耳の詰め物を取りに来ていただき、その後は1か月後、3か月後に経過観察を行っています。

そもそも鼓膜穿孔に対する治療は、一概に“穴が開いているから閉鎖する”のではなく、患者さんの状況や何の症状を改善したいかという目的によって行われます。

外耳や中耳の異常によって起こる伝音難聴であれば、骨導の状態がよければ鼓膜穿孔を閉じることで聴力が回復する可能性が高いです。内耳や脳の異常によって起こる感音難聴の場合は、鼓膜穿孔を閉鎖しても聴力を回復させることは困難です。しかし、感染予防が目的であれば鼓膜穿孔を閉鎖することで耳だれの改善が期待できるため、治療を行う意義があります。

鼓膜穿孔があって聞こえが悪かったとしても「音が聞こえなくても命を失うことはない」と思われるかもしれません。実際に「聞こえなくても家に1人でいるだけだから」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、家族や友人とのコミュニケーションが困難になったり、車の音など社会生活で必要な危険察知が困難になったりすることもあります。手術による改善が難しい方でも補聴器という選択肢がありますし、現在は埋め込み型の骨導補聴器やシールで金属の端子を貼り付けるだけの補聴器など、耳を塞がない補聴器も開発されています。医療でできることは広がっていますので、どうぞ治療を諦めずご相談ください。

患者さんが高齢の方だったり子どもだったりする場合は特に、ご家族が鼓膜穿孔の可能性に気付くことが大切です。声をかけても返事がないなど、本人よりもご家族のほうがお困りのケースも多いと思います。難聴の状態が長く続くと認知症になりやすいというデータもあり、もし認知症となれば介護をするのはご家族です。聞こえが悪いことはご家族にとっても大変なことなのだと患者さんに伝えていただき、一緒に治療に取り組むことが必要です。

手術が必要と聞くと受診を躊躇されるかもしれませんが、耳の手術は患者さんの体の負担が比較的小さいものです。まずは相談するぐらいの気持ちで大丈夫ですので、患者さんと一緒に耳鼻咽喉科へ行ってみてください。

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  • 島根大学 医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 教授、島根大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 診療科長

    坂本 達則 先生

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