鼓膜穿孔とは、何らかの原因によって鼓膜が破れ、穴が塞がらなくなった状態を指します。慢性中耳炎などの耳の病気が原因となることもありますが、“外傷性鼓膜穿孔”といって、けがなどが原因で起こることもあります。鼓膜に穴が開いていても気付かない方や、聞こえづらさがあっても「年齢のせい」と思ってしまう高齢の方もいるようです。
今回は外傷性鼓膜穿孔の症状や治療の必要性、新しい治療法である鼓膜再生療法などについて、札幌医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 教授の高野 賢一先生に詳しくお話を伺いました。
“外傷”とは体に機械的、物理的、科学的な外力が加わることで生じるけがのことで、“鼓膜穿孔”とは鼓膜が破れて穴が塞がらなくなった状態のことを指します。鼓膜穿孔をきたすと、鼓膜から音がうまく伝わらないため聞こえが悪くなったり、耳だれ(耳から液体が出てくること)が起こったりします。
外傷性鼓膜穿孔の原因は“直達性(直接的な原因)”“介達性(空気の圧力などによる間接的な原因)”の2つに分かれます。
直達性の中でも特に多いのは耳掃除によるものです。特に日本人は硬くて細い耳かきを使いますので、使用中に子どもやペットが接触して鼓膜を突いてしまうケースが挙げられます。また耳かきをしているときに電話を当ててしまう、壁にぶつけてしまうといったケースもあります。耳に入り込んだ虫が暴れて鼓膜が破れてしまうこともあります。
介達性では、平手打ちを受けたなどのけがや、事故による頭部外傷が原因となることが多いです。ほか、水泳やサーフィンで水に飛び込んだり、波がぶつかったりして鼓膜に圧が加わって破れたり、スキューバダイビングでの潜水などで強い圧力の変化が起こって鼓膜が破れたりすることも考えられます。
外傷以外の鼓膜穿孔の原因は、中耳の感染症(慢性中耳炎)によるものが多いです。ほか、滲出性中耳炎の治療で鼓膜を切開し、よくなるまでの間小さなチューブを留置することがあるのですが、そのチューブの抜去後に穴が残ってしまうことがあります。鼓膜を切開した後に長期にわたりチューブを留置していた場合は特に、穿孔が残るリスクが高いとされています。
外傷性鼓膜穿孔の主な症状として、痛み、出血、難聴、耳鳴りが挙げられます。ほかにも障害が及ぶ範囲によっては、めまい、顔面神経麻痺、髄液漏(脳の中を満たしている液体(髄液)が漏れ出ること)を伴うこともあります。
外傷の程度によっては、鼓膜の奥にある耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)に接触することがあります。内耳につながるアブミ骨に強い力が加わると外リンパ瘻*が起こってめまいが生じたり、感音難聴**が生じたりします。顔面神経麻痺や髄液漏は鼓膜経由で起こるというより、大きな事故などで側頭骨を骨折するなど、頭部の損傷を伴うことで起こる症状です。髄液漏は難聴だけではなく頭蓋内感染のリスクが高くなり、脳に障害が及ぶ可能性があります。
*外リンパ瘻:外傷などによって内耳の中のリンパ液が中耳に漏れて内耳機能が障害される病気。
**感音難聴:内耳、蝸牛(かぎゅう)神経、脳の障害によって起こる難聴のこと。
外傷性鼓膜穿孔はどの年齢層の方にも起こり得ます。実際に外傷性鼓膜穿孔で受診される患者さんは耳の痛みや出血、聞こえづらいといった症状を訴えられる方が多いです。出血は鼓膜そのものの損傷よりも外耳道が損傷して起こることが多く、出血量が多いこともあります。
一方で「平手打ちを受けた」「鼓膜に何かが刺さった」といった分かりやすいエピソードがない方は、鼓膜に穴が開いていることに気付かず放置してしまうことがあるようです。ほかにも認知症を患っていていつ穴が開いたのか分からないという方、開いた穴が小さいために顕著な聴力低下がみられず、聞こえづらかったとしても「年齢のせい」と思い込んでいる高齢の方もいらっしゃいます。先述した鼓膜チューブの抜去後の穿孔も含めて、耳鼻咽喉科にかかって初めて穴が開いていると指摘されるケースも少なくないと思います。
先述のとおり、鼓膜穿孔は気付かれずに放置されてしまうことがあります。鼓膜穿孔を治療せずにいるとさまざまなリスクを伴うことがあるため注意が必要です。
鼓膜の穴の大きさによっては聴力が低下し、日常生活や仕事などに影響が及ぶ可能性があります。また、鼓膜に穴があると鼓室(鼓膜の内側にある空間)に直接音が入ってしまうため、耳小骨を介して本来伝わる音と鼓膜穿孔によって直接入る音とがぶつかり合い、単純な聞こえの悪さだけではなく“言葉の聞き取りづらさ(言葉を判別しづらい)”につながることもあります。
ほかにも、本来は外耳と中耳が鼓膜によって仕切られているべきところ、穴があるためウイルスや細菌、異物などが入りやすい状態になっています。それにより中耳に感染が起こりやすくなり、断続的な耳だれに悩まされることもあります。
鼓膜穿孔は中耳への感染やほかの部位の損傷がなければ、3か月程度で閉鎖するのが一般的です。特に外傷性鼓膜穿孔の場合は慢性の炎症を伴わないことが多いため、自然に閉鎖することが多いです。ただし3か月以上経過しても穿孔が残っている場合は自然治癒が難しいと考えられるため、手術によって鼓膜を閉鎖する必要があります。
鼓膜穿孔のほか、ほかの部位の損傷による症状がある場合は注意が必要です。耳小骨離断(耳小骨の連携が破壊されたり、骨折したりする外傷のこと)を伴う場合は、手術を行わないと聴力改善が見込めません。耳小骨離断が疑われて3か月以上改善がみられなければ、手術が適応となります。めまい、感音難聴があれば外リンパ瘻が疑われるため、ステロイド投与などの加療を急いで行い、それでも改善がなければ内耳窓閉鎖術を行います。顔面神経麻痺を伴う場合もステロイド投与しつつ、改善がなければできるだけ早期に顔面神経減圧術を行います。髄液漏が認められる場合も、同じく速やかに髄液漏閉鎖術を行います。
鼓膜に穴があることを確認できれば、鼓膜穿孔と診断することは容易にできます。耳鏡、顕微鏡、ファイバースコープ(先端に小型カメラのついた細い管)などを用いて視診を行い、併せて純音聴力検査を行って聴力レベルや感音難聴の有無を調べます。
ほか、必要に応じて行われる検査もあります。耳小骨離断が疑われる場合はCT検査、頭部外傷がある場合はMRI検査で画像を撮り、異常がないか確認します。顔面神経麻痺があれば、筋電図検査や血液検査を実施します。
鼓膜は再生能力が高いため、鼓膜に穴が開いているだけの状態であれば、基本的に経過観察をして自然に鼓膜が閉鎖するのを待ちます。一方で、穴の状態から自然閉鎖が見込めない場合や、3か月ほど経過しても閉鎖しない場合は手術を検討します。
中耳の感染が認められる、または感染が疑われる場合は点耳薬や内服薬で局所または全身に抗菌薬を投与し、感染を抑えます。外来通院が可能であり、治療費の負担も少ない治療です。ただし、薬物療法は感染を抑えることで鼓膜穿孔の自然閉鎖を促すものであり、穿孔を直接閉鎖する治療ではありません。
鼓膜穿孔を閉鎖するための手術には、鼓膜形成術、鼓室形成術、鼓膜再生療法の3つの選択肢があります。点耳薬を処方しながら定期的に鼓膜穿孔の閉鎖の傾向や感染の有無のチェックを行い、3か月以上経過しても穿孔が残存しているようなら、手術による閉鎖術を検討することが多いです。
耳後部などを切開して皮下筋膜組織や軟骨片などを採取し、鼓膜の代用として穿孔部に移植する治療法で、ほかに中耳の病変がない場合に用いられます。切開して組織を採取するため侵襲(体への負担)がやや大きくなります。また局所麻酔下で行うことができますが、場合によっては全身麻酔や入院が必要となるため、経済的な負担が大きくなることもあります。
中耳に病変がある場合や耳小骨離断がある場合、鼓膜がほとんどないほど穿孔が大きい場合(全穿孔)など、鼓膜形成術で対応できないときに適応となります。病態に応じて鼓室の病変を除去したり耳小骨を形成したりし、鼓膜の穴は採取した組織を使って再建します。耳後部を切開してアプローチする方法と、内視鏡を用いて外耳道経由でアプローチする方法がありますが、全身麻酔と入院が必要となるため、身体的にも経済的にも負担が大きい手術といえます。
鼓膜再生療法は薬剤を用いて鼓膜の組織を再生し、穿孔を閉鎖する治療法です。詳しくは次の項目で解説します。
鼓膜再生療法は鼓膜穿孔を閉鎖する手術法の中でも、2019年から保険適用となった新しい治療法です。
局所麻酔をして鼓膜穿孔の縁を少し切り取った後(新鮮創化)、鼓膜再生を促す薬剤(トラフェルミン)を浸透させたゼラチンスポンジを穿孔の大きさ・形状に合うようにし、隙間なく埋めて医療用のフィブリン糊で接着します。かさぶたができたら除去し、新しく形成された鼓膜を確認します。
鼓膜再生療法は複雑な形状の穿孔や大きな穿孔に対しても効果が期待できる治療法です。局所麻酔下で行うことができ、耳後部などの切開が必要ないことがメリットといえるでしょう。1回目の鼓膜穿孔の閉鎖率は鼓膜形成術に比べてやや落ちるものの、複数回(4回まで)施行することが可能です。通常は入院や全身麻酔も多くの場合不要なので、身体的な負担も経済的な負担も軽減されます。医師にとっても難しい手技を必要としないというメリットがあり、徐々に普及していると感じます。
デメリットは、鼓膜の組織を再生する治療のため、がんなどの悪性腫瘍や真珠腫といった増殖すると困る病変がある方には使えないという制約があることです。ただし、外傷性鼓膜穿孔は基本的にそのような病変を伴わないため、適応しやすいといえます。
薬物治療をしている場合、穿孔の大きさや感染の程度によって適切な通院頻度は異なりますが、定期的に通院して様子を観察することが大切です。手術をした場合も患者さんの状況によって異なりますので、医師と相談して再来院日が決められます。再来時は鼓膜穿孔が閉鎖しているかを確認し、閉鎖しているようであれば聴力が回復しているかを確認する検査も行います。慢性中耳炎などを起こして再び穴が開いてしまうケースもあるため、定期的に聴力をチェックするようにしましょう。
鼓膜形成術、鼓室形成術、鼓膜再生療法のいずれの手術を受けた場合においても、くしゃみや強く鼻をかむことにより移植した組織や鼓膜形成部分がずれてしまうことがあるので、注意が必要です。また鼓膜がしっかり閉鎖するまでは、飛行機や新幹線の利用も避けましょう。
手術により鼓膜の穴が塞がれば、基本的に聴力は元に戻り、耳だれがあった場合も出にくくなります。耳小骨離断を伴っていた場合も鼓室形成術により聴力とともに回復が期待できます。ただし、感音難聴や顔面神経麻痺を合併している場合はその障害の程度によってどのくらい回復できるかが変わってきます。
日常生活において特に気を付けたいのは耳掃除です。スポーツ中のけがや事故などは避けようがありませんが、耳掃除による外傷性鼓膜穿孔は防ぐことができます。子どもが動き回っていたり、ペットが近くにいたりする環境下での耳掃除は、予期せぬ動きでぶつかることもあるので気を付けましょう。鼓膜が破れるだけでなく、アブミ骨に強い力が加わって外リンパ瘻を起こしたり、耳小骨離断を起こしたりすると、難聴の後遺症が残ってしまうことがあります。本来、耳掃除は頻繁に行う必要はなく、ときどき綿棒で耳の入り口を拭き取る程度で十分です。
近年、鼓膜再生療法という治療法が加わり、鼓膜穿孔の治療の選択肢が増えました。穿孔や聴力の状態、合併症の有無、そして患者さん自身の社会的環境に応じて、患者さんに適した治療を受けられるようになっています。
耳が聞こえにくい、耳だれが出るといった症状がみられる場合は鼓膜に穴が開いている可能性もあるため、速やかに耳鼻咽喉科を受診することが大切です。聞こえづらいと感じている方は年齢のせいなどと決めつけず、ぜひ耳鼻咽喉科医にご相談いただければと思います。私たちも患者さんの生活の質を最優先に考えてサポートできるよう、日々研鑽してまいります。
札幌医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 教授、札幌医科大学附属病院 耳鼻咽喉科
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