インタビュー

鼓膜穿孔に関するQ&A――治療を諦めていた方も耳鼻咽喉科を受診してほしい理由や治療法について

鼓膜穿孔に関するQ&A――治療を諦めていた方も耳鼻咽喉科を受診してほしい理由や治療法について
小川 洋 先生

福島県立医科大学会津医療センター 耳鼻咽喉科学講座教授、耳鼻咽喉科部長、医療情報部部長

小川 洋 先生

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幼少期に繰り返す中耳炎や外傷をきっかけに鼓膜に穴(穿孔(せんこう))が開いてしまうと、耳垂れや聴力の低下などの症状が現れます。鼓膜穿孔をそのままにしていると難聴の発症や悪化などにつながるため、適切な治療を行うことが大切です。しかし、いざ治療を受けるとなると、病気や治療法に関する疑問ならびに治療後の生活に不安を抱く方も多いのではないでしょうか。

今回は、福島県立医科大学会津医療センター 耳鼻咽喉科(じびいんこうか)小川 洋 (おがわ ひろし)先生に鼓膜穿孔に関する疑問点ついて詳しくお話を伺いました。

何らかの理由で鼓膜に穴が開いている状態を鼓膜穿孔と呼びます。

鼓膜穿孔の原因は幼少期の中耳炎の繰り返しと、外傷の2つに大きく分けられます。

中耳炎

急性中耳炎に何度もなる、あるいは炎症が長引くと慢性中耳炎になり、鼓膜穿孔をきたします。急性中耳炎の主な原因は、かぜなどの感染症です。

外傷

外傷による鼓膜穿孔は、直接的なものと間接的なものに大別されます。直接的な外傷で特に危険なのは、綿棒や耳かき棒などが直接鼓膜に達する耳掃除中の事故です。耳かきや綿棒などで鼓膜をつついてしまった場合、内耳障害をきたしてめまい難聴を起こすことがあります。このような事故を避けるためにも、耳掃除では綿棒などは使わず、お風呂上がりに耳の入口をタオルで拭くぐらいにとどめましょう。湿った柔らかい耳垢が出る方は自分では取り除くことが難しいので、耳鼻咽喉科への受診をおすすめします。

一方で間接的な外傷による鼓膜穿孔は、気圧の急速な変化によって鼓膜の内外で圧力差が出て、鼓膜に穴が生じるものを指します。間接的な外傷による鼓膜穿孔の原因として、平手打ちや爆風、潜水などが挙げられます。

鼻かぜを治療せずにいると、上咽頭(じょういんとう)鼻腔(びくう)の奥にある耳につながる部分)の炎症が中耳に波及するため、中耳炎の悪化につながります。特にきちんと鼻をかめない小さいお子さんは鼻をすすってしまうために中耳炎になりやすいので、中耳炎を繰り返してしまいます。鼻をすすらないように注意することが大切になります。

かぜやインフルエンザといった感染症にかからないようにマスクや手洗いを徹底することは中耳炎、ひいては中耳炎に伴う鼓膜穿孔を防ぐという意味でもとても重要になります。現在は多くの方が新型コロナウイルス感染症の対策を行っていると思いますが、このことは中耳炎に伴う鼓膜穿孔の予防にも効果的といえます。

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画像提供:PIXTA

外傷性の鼓膜穿孔の場合は閉鎖しやすいため、約2週間で自然治癒することが多いのですが、適切な治療を受けずにいると鼓膜穿孔が残存してしまうことがあります。耳に対する受傷歴が明らかな場合には速やかに耳鼻咽喉科を受診しましょう。受傷歴がはっきりしない場合でも音の聞こえが悪くなる、耳がふさがった感じがする(耳閉感)などの症状が3日以上続くときは速やかに耳鼻咽喉科を受診し、適切な治療を受けましょう。

中耳炎が原因の場合には繰り返す耳垂れ、外傷による場合は突然の聴力の低下が主な症状になります。それぞれについて詳しくご説明します。

中耳炎が原因の場合

中耳炎による鼓膜穿孔の場合、受診するきっかけとしてもっとも多いのは繰り返す“耳垂れ”です。それに加えて、聞こえづらさを訴えて受診される方もいます。しかし、お子さんの場合は聞こえが悪くなっていることを本人が自覚することが難しいことがありますので、ご家族が音に対する反応の鈍さがないか注意してみてあげることが大切です。繰り返す“耳垂れ”のほか、“話しかけても反応がない”“やたらとテレビに近づいて音を聞いている”という様子がお子さんに見られたら、鼓膜穿孔や滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)(鼓膜の奥の中耳に滲出液がたまる病気)を疑いますので、耳鼻咽喉科の受診をおすすめします。

外傷が原因の場合

外傷が原因で鼓膜穿孔を生じた場合には、何らかの外傷を受けたことによって突然音の聞こえが悪くなるので、すぐに異変に気付くと思います。聴力の低下以外では、耳がふさがる感じ(耳閉感)や音がこもって聞こえるといった症状が現れることもあります。

スマートフォンで音楽やYouTubeなどの音量を小さくして再生し、左右の耳それぞれで聞き取りをしてみることで簡単な聴力評価をすることができます。3歳以上のお子さんであれであればこの方法でチェックできると思いますので、ご家族が聞こえるぎりぎりの音量で試していただくとよいでしょう。

片耳だけ聞き取れない、左右で音の聞こえ方に差があるといった場合には何かしらの原因があると予想されますので、耳鼻咽喉科を受診して適切な治療を受けることをおすすめします。

難聴になる、もしくは難聴が悪化する恐れがあります。特に難聴のお子さんは、3歳までに適切な治療をしないと言葉の発達が遅れ、さらには学校生活や社会生活においてハンディキャップを抱えることにつながるため注意が必要になります。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会(にほんじびいんこうかとうけいぶげかがっかい)では新生児聴覚スクリーニングと3歳児健康診査を行うことで、お子さんの難聴の早期発見、早期治療に努めています。

難聴の原因が鼓膜穿孔であれば治療によって聴力の改善が得られることがあります。手術で改善が得られない難聴が明らかになった場合には、補聴器を使用していただいて音の刺激を与えることで聴覚の発達を促すことになります。お子さんの発音が悪い、言葉の言い間違えをするといった様子がみられたら、言葉の発達の遅れや発音の乱れを防ぐためにも耳鼻咽喉科の医師にご相談されることをおすすめします。

鼓膜穿孔を治療せずにいると難聴が進むことが多いため、将来的に聴力が低下するリスクが高まると考えられています。最終的には手術をしても聴力が改善しない感音難聴(内耳から大脳に至るまでの聴覚の異常が原因で音を感じにくくなる難聴)になる危険性があります。たとえ片方の鼓膜穿孔であっても、治療せずにいることは問題となります。聴力に左右差がある場合、細かい聞き取りが十分にできなくなることがあるからです。

幼児期に難聴に気付かれずそのままにしてしまった場合には、学生や大人になってから発音の修正ができない、英語の勉強に支障をきたすといったハンディキャップを抱えてしまうことにつながる危険性があります。現状の生活に支障がないからといって鼓膜穿孔を放置せず、適切な治療を受けていただきたいと思います。

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大人の場合には放置すると聴力の低下につながりますので、経過観察せずに適切な治療を受ける必要があります。しかし、小学校低学年までのお子さんの場合、いつ鼓膜穿孔の治療を行うかは医師によってさまざまな意見があります。

小さなお子さんは免疫機能が安定していないためにかぜをひきやすく、治療しても中耳炎を繰り返して鼓膜穿孔を再発することがあるからです。かぜをひきやすい、アレルギー性鼻炎があるなど抱えている事情は一人ひとり違いますので、小学校低学年(9歳未満)のお子さんについてはご家族と相談しながら経過観察を行います。

鼓膜の詳細な観察、聴力検査、パッチテスト、CT検査を行い、適応を判断しています。

鼓膜の詳細な観察

鼓膜穿孔の大きさや鼓膜輪(鼓膜の縁)の状態を確認します。

聴力検査

音の聞き取りの能力をチェックします。

パッチテスト

鼓膜の穿孔部を湿った綿などでふさぎ、どの程度聴力が改善するかをチェックします。

CT検査

鼓膜の奥にある中耳の乳突洞(耳の後ろにある空洞部分)に陰影があるかどうかを調べます。

鼓膜穿孔の治療選択肢は鼓膜形成術、鼓膜再生療法、鼓室形成術の3種類が挙げられます。鼓膜や中耳内の病変などの状態に応じて、適切な治療法を選択しています。

それぞれの治療法の概要や適応について以下でご説明します。

鼓膜形成術

鼓膜形成術とは、ご自分の組織である耳の後ろの皮下結合組織や筋膜、耳介軟骨などによって鼓膜の穿孔部をふさぐ治療法です。組織を採取するために2cm弱ほど皮膚切開を行う必要があります。

鼓膜の裏や中耳の一部である乳突洞に病変がなく、パッチテストと呼ばれる聴力検査で聴力が改善する場合には鼓膜形成術の適応となります。

鼓膜再生療法

鼓膜再生療法とは、トラフェルミンという成分が入った薬剤を用いて鼓膜を再生させる画期的な治療法です。適応条件は鼓膜形成術とほぼ同様ですが、鼓膜再生療法では鼓膜の穿孔部以外に傷をつけずに治療を行える点がメリットといえます。

1回の治療で穿孔が閉鎖しない場合には、最大4回まで同じ治療を行うことが可能です。ただし、鼓膜再生療法では穿孔が閉鎖しない場合もあります。そのため、この治療方法の適応となるかどうか十分に評価する必要があります。

MN作成

鼓室形成術

鼓室や乳突洞に何らかの病変があったり、穿孔部が大きかったりする場合には、鼓膜穿孔をふさいだだけでは聴力の改善が見込めないことがあります。こういった症例に対しては鼓室形成術が適応となります。

鼓室形成術では耳の後ろを切開して採取した組織で鼓膜を形成するとともに、鼓室の病変の除去を行います。手術の方法によっても異なりますが、大きく切開する場合には4cmほど皮膚切開を行う必要があります。病変の広がりによって、顕微鏡下に耳の後ろを切って手術を行う方法と、内視鏡下に耳の中から操作を行う方法のどちらを実施するか判断します。

鼓膜再生療法は鼓膜の穿孔部に傷をつけるのみであるため、見える部分に傷はできません。鼓膜形成術では鼓膜のもとになる部分を耳の後ろや耳珠から採取するので2cm未満の切開が、鼓室形成術では耳の後ろを大きく切開して手術する場合には4cmほどの切開が必要です。

鼓膜穿孔の状態や鼓室の病変の広がりなどによって手術内容は変わるため、傷の大きさはあくまで目安としていただければと思います。

鼓膜形成術

当院では1~2日の入院を基本としています。病院によっても入院期間は異なりますので、受診した際に医師にご相談ください。

鼓膜再生療法

鼓膜再生療法は外来で実施できる治療ですので、原則日帰りで行っています。

鼓室形成術

当院では1週間の入院を基本としています。病院によっても入院期間は異なりますので、受診した際に医師にご相談ください。

鼓膜穿孔の治療は保険診療となります。当院における鼓膜穿孔の治療費用の概算は、それぞれ以下のとおりです。なお、高額療養費制度を利用した場合、負担額は異なる場合もあります。

【3割負担の場合】

  • 鼓膜形成術:(片耳)約120,000円、(両耳)約200,000円
  • 鼓膜再生療法:(4回治療を行った場合)約73,000円
  • 鼓室形成術:(温存術)約220,000円、(再建術)約270,000円

上記は入院費用を含んだ目安です。治療費用の詳細については医事課にご確認ください。

鼻を強くかむ、鼻をすするといった鼓膜に圧力をかける行動は避けましょう。また、耳に水が入ると細菌感染をきたすリスクがあるので、鼓膜が安定するまでは水泳やダイビングはできません。鼓膜が安定すれば普通の方と変わらず水泳もダイビングもできるようになりますが、いずれも再開する時期については医師にご相談ください。

聴力の改善には個人差があるため、一概に目安をお伝えするのは難しいです。しかし、治療前のパッチテストで聴力の改善が認められた方は、治療を行うことで同等程度までは聴力の回復が期待できるといってよいでしょう。一方、治療前のパッチテストで思いのほか聴力が上がらなかった方は単純な鼓膜穿孔による難聴ではない可能性が高いため、聴力を改善させるのは鼓膜穿孔を閉鎖するだけでは難しいと考えられます。

残念ながら、鼓膜穿孔の再発は起こり得ます。再発予防のために気を付けるべき3点をご紹介します。

鼻の病気をしっかりと治療する

鼻の病気があると中耳炎を繰り返し、再発の原因になります。アレルギー性鼻炎慢性副鼻腔炎などの鼻の病気がある場合には、きちんと治療を行いましょう。

綿棒や耳かきで耳掃除をしない

綿棒や耳かきの先端が思っているよりも耳の奥に入ってしまい、治療した鼓膜を傷つけたり、ずらしたりした事例もあるため大変危険です。耳掃除はお風呂上がりに耳の入り口をタオルで拭えば十分ですので、綿棒や耳かきを用いた耳掃除は再発予防の一環としても行うべきではありません。

禁煙に取り組む

たばこの煙を吸い込むと上咽頭という鼻の奥の部分が炎症を起こすため、耳管機能(中耳腔の換気や圧力調節、分泌物の排泄を行う機能)に非常に悪影響を及ぼします。電子たばこであっても粘膜に刺激を与えますので、鼓膜穿孔の治療後は電子たばこを含むたばこ全般をやめましょう。

入院が必要であるために治療を諦めている方もいましたが、鼓膜再生療法ができたことで鼓膜穿孔の治療の幅が広がりました。鼓膜再生療法の適応であれば日帰りで治療することが可能ですので、高齢の方でも受けることができる負担の少ない治療といえます。

鼓膜穿孔の治療を諦めてしまっていた方、そして繰り返す耳垂れや聞こえづらさがある方は、聴力の低下や社会生活でハンディキャップを抱えるリスクを取り除く意味でも、ぜひ一度耳鼻咽喉科でご相談いただきたいと思います。

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  • 福島県立医科大学会津医療センター 耳鼻咽喉科学講座教授、耳鼻咽喉科部長、医療情報部部長

    小川 洋 先生

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